第6話 想定内の予想外

 人々が避難し、静まり返ったハハ京橋きょうばし。シアを肩に担ぎあげたコウは1階の正面玄関を目指す。壮太そうた少年のおかげで優を巻いてからここまで10秒ほど。未だ追っ手ゆうの姿も見えないことから逃走できたと思っていたが、正面玄関、全面ガラス張りの自動ドアの向こうには、


「くそ、警察か」


 くるくると回る赤色灯、そして、野次馬たちを押しとどめる警察官たちの姿があった。その中に数人、色合いの違う制服を着た特殊警察の姿も見える。

 と、1階にある飲食店の影からコウに対して声がかかった。


「コウ様、シア様を連れて非常口からお逃げください! 警察はわたくし達が対処します」


 コウが紫の瞳を向けると、そこには手駒の男女3人が身を潜めている。もし警察が突入して来るのであれば、足止めするとコウに言ったのだった。


「了解、ありがとう。いつかまた会ったら、その時は君たち全員にお礼してあげるから」


 お礼という言葉にうっとりとした表情を見せた信者たちだったが、すぐに表情を引き締め頷く。分が悪いと判断したコウはすぐに身を翻し、非常口がある方を目指す。


「……もう諦めましょう。ここまで大事になれば、私もコウさんも、罰されることになるはずです」


 ふいに暴れることを止めたシアが、力なくコウを説得する。シアには施設の入り口の自動ドアと、詰めかけた大勢の警察官たちが見えていた。


「大丈夫、心配しないで。俺もシアちゃんも捕まらないように、彼らがスケープゴートかえだまになってくれるから」

「そんな!」


 魔力至上主義者、というよりは自身の信者たちを指して言ったコウ。人々を便利な道具のように扱うコウに、シアが声を荒らげる。


「彼らはあなたを信じているんですよ?! なのにその善意に付け込んで――」

「シアちゃんも。自分を助けてくれる同級生たちの善意……優くんだっけ? を利用してるんじゃない?」

「それはっ! そう、なんでしょうか……?」


 こう言ってしまえばシアが押し黙ることをコウはもう十全に理解していた。しおらしく、されるがまま運ばれるシアを抱えて、薄暗い非常口にたどり着いたコウ。脇にある安全装置を押して解錠し、外に出る。

 空調の効いた涼しい屋内とは違う、むわっと蒸し暑い外気がコウとシアを包む。非常口は、両側に狭い歩道がある一方通行の道路に面していた。

 扉を出て歩道へと踏み出したコウ。そのまま左右を見渡して逃走経路を探そうとした彼の目の前に


「う、嘘?! 本当に誰か出て来た?!」


 と、驚いた表情を浮かべる少女がいた。彼女の格好は特殊警察が着る、淡い紺色の制服姿。すぐに応援を呼ぼうと無線に手をかけようとした特警の少女の腕を、コウが掴む。そして無線を取り上げると、〈身体強化〉した握力でもって破壊した。


「何を?! 公務執行妨害で――」

「〈魅了〉っと……。ちょっと静かにしててね」


 特警らしくすぐに反応して動こうとした少女に、コウが軽く権能をかけて動きを止めさせる。そして記憶を頼りに近くにある地下鉄の入り口、もしくは大通りに出てタクシーを拾おうと歩き出したコウだったが、


「待ってください」


 権能でコウの指示に従ったはずの特警の少女が、後ろからコウの腕を取った。

 コウが使う〈魅了〉は、本来、人心を操るものでは無い。マナで相手の局部をくすぐると同時に拍動を早め、体温を上昇させることで思考能力を低下させる。そうして自分への好意だと勘違いした相手の思考を誘導する。そんな権能まほうだった。

 しかし、相手に恋人や好きな人、もしくは夢中になっているアイドルなどが居る場合、コウへの好意が発生し辛い。よって、そう言った人間に対しては〈魅了〉の効果が薄れる傾向にあった。

 今回は一瞬の時間も稼げなかったことから、特警の少女にはかなり強く想っている相手がいるようだった。


「シアちゃんの時もそうだったけど、俺、運悪いな……。〈肉欲〉の方が良かったか?」


 マナの効率を考えて〈魅了〉を使ったコウが後悔を口にする中、項垂れていたシアが何事かと顔を上げる。後ろを向いていたシアには特警の少女の顔がよく見えた。そして、


「春野さん……?!」


 そこにはシアのよく知る人物――春野楓がいた。

 たまたま応援で呼ばれていた彼女。本当はもう1人、今日のために臨時で呼ばれた天人の先輩がいたが、


『ちょっと離れるね。良い? 絶対にここで待ってて』


 そう春野に言い残して、印象的な銀色の髪を揺らしながら表の騒動に駆けつけてしまった。結果、春野は先輩の厳命を守って、1人で裏口を見張っていたのだった。

 シアの声に春野も、担がれている人物がシアだと気付く。


「シアさん?! そんなところで何を? それに、その恰好……」


 まるで花嫁のような恰好をしているシアに驚きつつも、すぐに思考を切り替える。今日、先輩から聞かされていた『絶対に、何かあるから』という話。何よりも先日、優との通話で聞いた話。それらを総合して、コウがシアを連れ去ろうとしているのだと一瞬で判断する。そして、


「動かないでください」


 すぐに職務モードに移行してコウへと鋭い声をかけ、彼の腕を掴む手に力を込めた。

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