第5話 はじまりの合図
一部、天井が崩れたせいでいくつか照明が使えなくなり、薄暗くなった婚約発表会場。大きく開かれた出入り口を前に、7人の男女が向かい合う。
春樹の正面に
「殺す殺す殺す殺す……殺すぅぅぅ!!!」
目を血走らせた葛城が、
「怖ぇって!」
人が向けてくる正真正銘の殺意に身をこわばらせつつも、そこは魔獣や魔人との戦闘を経験した特派員。春樹は軽く左足を引いて半身になり、包丁の軌道から逸れる。都合、目の前を通り過ぎて行く葛城の右手首と肘を横から掴むと、そのまま葛城の勢いを利用する形で巻き込み、仰向けに転ばせた。
そのまま、
「悪いけど、オレは
倒れた葛城の腹に右膝を立てて身体を押さえつけようとしたところで、
「コウ君以外が、私に触るなぁっ!」
葛城が仰向けのまま、空いた手を使って〈魔弾〉を放つ。魔力持ちが放つ強力な〈魔弾〉を正面から受け止めるわけにもいかず、春樹は距離を取って回避。いくつもの鉄色をしたマナの塊が壁や天井で爆ぜて、瓦礫を生む。
「あはっ! あはははっ! みんな潰れちゃえ! 死んじゃえ! あははは!」
狂ったように笑いながら、四方八方に〈魔弾〉を撃ちまくる葛城。天井や壁にぶつかるたび、土埃と瓦礫を生む。
首里と見合っていた天が、唐突に生み出された惨状に溜まらず声を上げる。
「ちょっ、春樹くんっ! その人止めないと、壁とか天井が崩れる」
「いやっ、そう言われても……っ! おわっ」
天の忠告に応えていた春樹を、天井から降って来たタイルの1枚が襲う。間一髪、後方に飛んで回避した春樹は、
「くそっ」
悪態をつきつつも、尻もち状態で〈魔弾〉を連射する葛城へと迫る。〈魔弾〉で春樹を迎撃する葛城だったが、突き出された手から直線で放たれる〈魔弾〉の軌道は読みやすい。右へ左へと避けて葛城に接近した春樹が、
「悪いな」
一言謝って、サッカーで鍛えている自慢の脚力で葛城の腹部を蹴りつける。地面を滑った葛城はそのまま、パイプ椅子をなぎ倒して止まったのだった。
〈身体強化〉の光に包まれていた葛城の身体から、マナの光が消え去る。同時に、鉄色の弾幕が終わりを告げた。
やり過ぎた、か……?
倒れたパイプ椅子にもたれかかった状態でピクリとも動かない葛城に肝を冷やす春樹。しかし、彼の中には明確な優先順位がある。1に天と優の命。2にその他全員の命。女性に手加減する男としての矜持は、それらに優先するほどのものでは無かった。
今なお瓦礫を落とす壁や天井。首里を含めた学生たちが降ってくる瓦礫を避けることに必死になる中、
「いいね、美百合さん! ――ほら、こっちにおいで、シアちゃん?」
「きゃぁ!」「シアさん!」
優たちの目線が逸れた今が好機と、コウがシアを正面から担ぎ上げ、そのまま〈身体強化〉を使って強引に出入り口へと連れ去ろうとした。
コウの背中側にシアの顔がくる形。シアは無意識に、優に手を伸ばす。そうして伸ばされたシアの手を取ろうとした優の手は――むなしく空振りに終わる。
「くそっ! 天、春樹っ!」
「分かってる! 行って兄さん。首里さんやっつけたらすぐ行く」
「オレも女の人 介抱したらすぐ行く!」
何も言わずとも優の意思を察してくれる仲間を頼もしく思いつつ、優は薄暗い会場を後にした。
薄暗かったパーティー会場とは一転。白い蛍光灯で照らされたハハ京橋の屋内。各階層、それぞれのテナントが入っている。普段、休日ともなれば、それなりに人が居る。しかし、上階で起きた騒ぎに気付いた人々はもう既に、店員の案内のもと、避難していた。
静まり返ったハハ
「は、離してください!」
シアがコウの肩の上で暴れる。目の前で上下する白いハイヒールを見ながら、コウは笑った。もちろん、非常停止してただの階段と化したエスカレーターを下りる足は止めない。
「良いの? シアちゃんが逃げればまた、数えきれないぐらいの人に迷惑がかかるけど」
「そ、それは困りますけど……。でも――」
「追いついた」
コウとシアが話しているところに、優が追い付く。場所は3階。古本屋が入っているフロアだった。エスカレーターで戦うのは自身もシアも危ない。そう判断したコウは一度足を止め、エスカレーターの踊り場からフロアへと移動する。そんな彼を追うように、優も3階フロアに下り立った。
「シアさんを離してくださ――」
「やぁっ!」
コウに向き直った優が早速、臨戦態勢を取ろうとした直前。古本屋から1人の少年が飛び出して来て、優を押し倒した。体から明るい青色の光を漏らしながら、優を押さえつける少年。
「ちょっ、離してください!」
「コウ様、今のうちに!」
少年を引きはがそうと優がもがく中、少年はコウに叫ぶ。紫の瞳で童顔な少年の顔を見たコウは、
「君は……
「いえっ! 覚えていてくださって、光栄です!」
数日前、適当に
コウとシアの姿がエスカレーターの下に見えなくなる直前。優の目は、こちらを心配そうに見つめる紺色の瞳をしっかりと捉えていた。
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