第7話 槍と鉾
討伐任務4日目の午後。昼食を食べて英気を養った後、優たちは再び遊具がある広場に来ていた。ここしばらく雑木林で魔獣と戦っていたこともあって、広場の視界の良さを実感する。戦いやすいこの場所を一目で選ぶ上級生たちの状況判断と、おびき出しをしてくれている秋原に感謝しきりだった。
優が物思いにふける横で、魔獣との闘いを前にノアが自身の武器と弱点を話す。
「見せたように、ボクの武器はこれだ」
そう言って、サックスブルー色をした全長80㎝ほどの西洋剣を創り出す。両刃で、刀身自体は65㎝ぐらい。
「弱点と言うより問題があるとすれば、黄猿の腕より攻撃範囲が狭いことだろうな。攻撃をするときに少なくとも一度、相手の間合に入らなければならない」
幸いなことに黄猿の俊敏さは、魔獣の中ではそれほどではない。冷静さを欠かなければ問題ないだろうと言う己の見解を、ノアは優たちに口にする。
「優はもっと近づかないと、だからな。となると、オレはある程度距離を取って戦える槍とかの方が良いな」
「武器を変える? 大丈夫なのか?」
春樹の武器を変えると言う発言に、ノアが眉根を寄せる。基本的に想像力が創造物の強度になると言われている。ころころと武器の長さや形を変えることは戦略の幅を広げる半面、同じ武器を創造して扱うよりも武器がもろくなる傾向にあるというのが現代の魔法学における通説だった。
「槍なら、大丈夫だ。なんたって、昔から近くで見て来たからな」
そう言って、春樹は最も見慣れた武器――天が扱う槍を〈創造〉する。しかし、ノアは春樹が作り出した“槍”を見てなおも疑心を深める。
「それが槍? 違うな。日本のことは嫌と言うほど勉強したが、ボクが思うにそれは『
「槍も鉾も同じだろ?」
「違う! 槍は突く武器、鉾はどちらかと言えば斬る武器だ!」
妙に武器について熱く語るノアを見遣りつつ、優も春樹が創った槍を見る。先端が奇妙に波打つ形状は確かに、天が扱う武器と同じ。違いは、長さぐらいだろうか。確かに、天がこの槍――鉾を手にして戦う際、突き刺すように使ったところを優は見たことが無い。斬り払いが全てだったはず。
突き刺すときは、基本的に上空から落下させたり、射出するような使い方をするときだけだ。
「これが、
「まったく。お前ら日本人なのにそんなことも分からないのか? そもそも古墳から出土していてだな――」
そこから自身のブロンドの髪を触りながら、鉾のうんちくを語るノア。そんな彼をよそに、春樹は
そうして騒がしくも戦いに備える優たち下級生の背後で、上級生の女子2人が腕を組む。
「……モノ」
「うん。秋原クン、ちょっと遅いかもね」
秋原がおびき出しに向かってもうすぐ10分。前回が5分だったことを考えると、心配するには十分な時間だった。と、モノの特派員用の防水・防塵・耐衝撃加工の高級携帯に通知がある。見れば
『悪い』『囲まれた』『黄猿5』
と言うメッセージと共に現在地――ゴルフ場の西部50m付近を示す座標が送られてきた。現在、モノたちが居る広場からは南方に100mと少しと言った距離だろう。
「どうする、モノ?」
画面をのぞき込んで事態を察した片桐が、短いポニーテールを風に揺らしながらモノに尋ねる。淡い青色の瞳を細め、唇に指を当てながらモノは考える。
どうやら秋原はおびき出しに失敗した様子。囲まれているものの、携帯を触る余裕はある。つまりは、無事だということ。敵の数は5体。状況次第では冷静に、見捨てることも考えなければならないが。
「よしっ。下級生たち。今からゴルフ場の近くにあるソーラーパネルの設置場所に黄猿5体をおびき寄せた秋原クンと合流します。ついて来て」
言うが早いか、モノはアスファルトの道をゴルフ場がある方面へ駆け出す。そのすぐ後ろには片桐。さらにその後方に優たちがつく。全員が〈身体強化〉を使用した全力疾走。そのまま、行きしなに通った車道を駆け抜け、広場から直線で南西100m地点を目指す。
「敵の数は少なくとも5体。私たちがひとまず3体を受け持つ。9期の子たちは2体を引き受けて」
「「了解」」
モノによる指示に、優と春樹が答える。その後は黙って舗装された道を走ること15秒ちょっと。見えてくるのは見晴らしのいい丁字路だ。優たちから見て左と正面に道が続いている。
そんな道路の左手が、秋原が示した場所だった。もとは稲作地だった場所なのだろう。背の低い雑草は生えているものの見晴らし自体は良い。奥には
そして、優たちが走る道のすぐそば。田畑の一部を開発して作られたコンクリートの地面にはソーラーパネルが並んでおり、その影に隠れているだろう秋原を探す黄猿の姿が見えた。その数は2体。それぞれ道路がある手前側に1体と、安郷川のある奥に1体ずつだった。
「周囲に少なくともあと3体! 下級生、警戒!」
まずは見える敵から、と、先行するモノと片桐が目視できている黄猿のうち、奥――河原の方にいる1体に向かって駆けていく。その姿を横目に、優たちも手前にいるもう1体の黄猿へ駆ける。
「この前と同じだ。ボクが行く」
「了解、俺と春樹で援護する」
言葉を交わして互いを意識しつつ、まずはノアが黄猿の正面に立つ。170㎝あるかないかのノアにとって、黄猿の顔は見上げるような場所にある。腕や足を覆う黄土色の毛。毛が無い場所は顔と胸の2か所でくすんだ灰色。
『ゥギィ……?』
醜悪な顔と目つきでノアを見下ろし、いつでも動けるよう胸筋を躍動させる。
そうしてノアが黄猿と対面するその間に春樹がノアの後方へ、優が黄猿の背後にあるソーラーパネルの影へと急ぐ。
「
『ゥグィ?』
「はんっ、学が無いな! まさにアホ面だ!」
ノアの挑発的な言動に、魔獣はそれでも冷静だ。自身の武器である腕が届くギリギリの距離を保つ。ノアが手にする青い剣を視界に入れつつ、右腕を振るった。その黄猿の攻撃に対し、ノアも軽く後ろに跳んで黄猿の腕の攻撃範囲外へ逃げる。着地と同時に膝を溜め、腕が降り切られたタイミングで黄猿へ向けて突貫する。
前回同様に胸を切り上げようとするが、黄猿は冷静に振り切った右手の甲でノアを狙う。
「ちっ」
小さく舌打ちして、やむなくもう一度後退したノア。彼と入れ替わるように、今度は春樹が前に出る。手にしているのは全長2mほどある黄緑色の槍。憧れと尊敬、恋慕と共に幼馴染の少女の姿を思い出しつつ、槍を黄猿の右上から左下へ、袈裟掛けに振り下ろす。
そうして自身に迫る槍を、黄猿は刃が無い
そうしているうちに体勢を立て直したノアが再度、黄猿に向かおうとしたところで、黄猿の背後に人影があることに気付く。背後に回り込んでいた優だった。
「ふぅっ――」
身体からマナを常に漏出している魔獣がすべからく持っている魔法的感覚。〈感知〉と呼ばれるその魔法は、背後など死角になっている場所に放出したマナの反応から、死角にある“何か”を感じるものだ。〈感知〉の範囲内に何かがあれば、蜘蛛の巣や薄い布を触るような感覚が使用者に返って来る。そのため、魔獣の不意をつくには囮に注目させたうえで、魔獣が反応するよりも早く奇襲を仕掛ける必要があった。〈感知〉出来る範囲は魔獣によって異なるが、今回は――。
優が、無色ゆえに何も持っていないように見える腕を振るう。実際にはその右手に、刃渡り30㎝の
『ウギィゥッ……?』
痛みと共に体が動かなくなったことを不思議そうにしながら、魔獣が前のめりに倒れる。しかし、空中で出血量を確認した優は、
――浅かったか!
奇襲を優先するあまり、目測を誤ったことを知る。首の中ほどまでを切り裂いたつもりが、骨を断ち切るだけになってしまった。魔獣や魔人の中には、再生能力と言っても良い程の速さで傷を修復するものもいる。
早くとどめを。そう思って優が駆け出そうとしたところで。
「
四肢が動かず崩れ落ちる黄猿の太い首を、ノアが手にした青い西洋剣がきれいに切り落としたのだった。
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