第6話 後輩と先輩
討伐任務が始まって4日目の朝。6時ごろ。いつものように優と春樹で朝食の準備をしていると、ノアがキッチンに現れた。これまでは先輩の秋原が6時30分ごろに現れ、ノアが7時30分、8時前に同室の先輩女子2人という順番だったことを考えると、ノアは1時間以上早く起きたことになる。
「おはよう、ノア」
「よっす、ノア。今日は早いな」
優、春樹の順番でノアに挨拶する。早速、協力的な態度を見せてくれるのかと期待した優だったが、
「……なんだ瀬戸。嫌味か?」
「そう聞こえたなら、悪かったな」
青く鋭い視線を春樹に向けた後、ダイニングテーブルに肘をつくノア。特段調理を手伝うでもなく、携帯を触る彼の態度に優が呆れるその一方で、春樹は少なくともノアが歩み寄ろうとしているのだと思うことにする。
「ノア。悪いんだが、段ボール
ひとまず1週間を見越して用意された缶詰やレトルトの食品と生活品。4日目ともなると、過不足も分かるようになってくる。もし足りないものがあれば、多少のリスクを負っても、私鉄の奈良駅前に設営されている作戦本部まで取りに行く必要があった。
春樹の頼みに、ノアは携帯から視線を外して春樹と見合う。クレアと約束した以上、ノアは可能な限り協力すると決めた。
「……分かった」
ぶっきらぼうに言ったノアは椅子から立ち上ると、段ボールの中の物資と帳簿を見比べ始める。
そもそもノアは日本と言う異国の地に来て、何をして良いのか、悪いのかを見極めようとしていた。自身が余計な行動をすれば、日本の学生たちの輪を乱してしまうかもしれない。価値観も考え方も違う部外者の自分が集団行動、さらに言うと集団での戦闘に加われば、日本の学生たちの邪魔になる。結果、魔獣との戦いで彼らが命を落としてしまうかもしれない。
――だったらいつも通り、ボクが1人で魔獣と戦って、殺すか死ぬかをすれば良い。
個々で戦った方が良いと言ったノアの言葉に、嘘は無い。しかし、ノアもノアで、他者と協力せずに全ての魔獣を討滅できるとも思っていない。
未来を担う日本の若い兵士の死。魔法を学びに来ただけの自分達留学生が原因だと、そんなことを思われるわけにはいかなかった。ただでさえ新興国のクーリアは、まだまだ危うい立場にある。その王女として
「段ボールが終わったら、次は冷蔵庫の中を頼む。その後は、土間に置いてある分な」
「……そうだ、ノア。ついでに俺の携帯、充電器に差しといてくれ。あとは――」
「おい、待て! 瀬戸はともかく、神代。お前、調子乗ってるだろ?!」
「悪い。冗談だ」
朝からやいのやいのと言い合いつつ、優たちは自分たちでも出来ることをしていく。そうして、いつもより騒がしいダイニングの隣、玄関がある土間には3つの影がある。とっくに目を覚ましていた8期生だ。
引き戸の隙間からダイニングの様子を伺うモノと片桐が、下級生達の様子を伺う。
「昨日までより良い感じだね。特に、留学生の子。優クン達の態度も軟化してるかも」
ノアよりも淡く、少し緑が入る青い瞳をぱちくりさせながら、モノが微笑ましいと言わんばかりの表情をする。そんな、小柄な彼女の頭上にはもう1つ顔がある。30分以上前に起きてメイクを済ませた片桐桃子だ。家の中ということで、普段はポニーテールにしている髪を下ろしている。
「うん、モノの言う通りだね。何かあったのかな。男子ってすぐあんな感じになるよね、秋原君?」
「俺に聞くな……」
片桐が背後を見遣ると、学ランに着替え、土間の壁に背中を預けてダイニングに入るタイミングを伺う秋原の姿がある。1日目。同じサッカー部である春樹が自分よりも早く起きようとすることが分かったため、少しでも睡眠時間を取ってもらおうと、ダイニングを訪れる時間を遅くしていた。もちろん、モノも片桐も、後輩が負い目を感じないようになるべく遅く、ダイニングに行くようにしていた。
日の出から30分の6時30分が偵察係である秋原にとって許容できるギリギリ。これ以上遅くなると、逆に職務怠慢になりかねない。
「そろそろ行くけど、今日はどんな予定にするんだ、モノ?」
リーダーとして作戦立案をしているモノに、壁から背を離した秋原が尋ねる。予定の内容いかんによっては、朝の偵察の仕方が変わって来る。
「そうだなぁ。折角仲良くなったみたいだし、あの子たちにもう1回チャンスをあげたいな」
「つまり、また黄猿を連れて来いと? 言っておくと、あいつらにも知能はある。おびき出しはせいぜいあと1回か2回が限界だ」
「いいよ。ここら辺の魔獣もあらかた片付いたし、明日か明後日には赤猿のとこ行こうと思うから」
魔獣を放置していてもメリットは無い。狩るなら早い方が良いと、モノは考えていた。その前段階として今日、下級生である優たちが連携を確認できればそれで良いとも思っていた。
「……了解だ。片桐は今日、補給に行ってもらうかもしれない」
「ま、それがうちの役割だからね。本当は、広範囲の〈探査〉が出来るモノが一緒だと嬉しんだけど?」
「ごめんね、私は優クン達を優先しないと」
「達」と言うまでに少しだけ間があったが、秋原も片桐も特段気にすることは無い。
「じゃあ時間だし、俺はダイニングに行く」
「了解。じゃあうち達はいったん部屋に戻ろうか、モノ」
こうして、土間で毎朝行なわれている上級生同士のミーティングが終わる。が、今日は少しだけ様子が違う。
「そうだ、片桐、モノ」
「「ん?」」
立ち止まった秋原を、同じく立ち止まって振り返った女子2人が見る。
「服、もう少し露出を控えてくれ。俺も、多分あいつらも。目のやり場に困る。特にモノ」
そう言って、秋原が少し気まずそうに目線を逸らす。あいつら、とは優たちのことだ。
と言うのも、片桐とモノは下着に肩を出したキャミソール。股下10㎝歩かないかと言うズボンという非常に露出の多い格好をしている。普段は部屋着としてTシャツ姿であることが多いが、風呂に入った後の寝間着はこのスタイルだった。
ゆえに、彼女たちが動けば下着のラインが見えるのだ。加えてモノは凹凸のある身体をしている。下着も黒系統が多く、よく目立つ。片桐の方もすらりと健康的な体つきで、人によっては魅力的に映るだろう。
寝苦しさの解消はもちろん、有事の際、上から制服を着ても違和感がないように。また、荷物がかさばらないようになど、性能的な理由もあると、秋原は理解しているつもりだ。それに個々人がどのような格好をしようが自由ではあるのだが。
「一応、俺もあいつらも思春期の男子だ。いつものセルメンバーで泊りがけの任務をしているときはどうか分からないけど、今回は気を遣ってくれると助かるな」
「あ、なるほど! だから優クンは私がお風呂に入った後、逃げるのか。可愛いなぁ、もう」
「あー……ね。あはは、そうだよね。うん、気を付ける」
男女一緒の共同生活ならではの悩みもこれで多少は解決するだろうかと秋原は苦笑をこぼし、ダイニングに続く引き戸を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます