第8話 敵は空から降ってくる

 優、春樹、ノアによる黄猿の討伐。連携と呼ぶには意思疎通もまばらでお粗末だが、それでも、3人の中には確かに上手く行った実感があった。


「やったな、春樹」


 倒した黄猿の胴体と頭が黒い砂に変わり始めたことを確認して、優が春樹と拳を合わせる。次いで、


「ノアも。囮ととどめ、助かった」


 口の端を少し上げて、ノアに右の拳を突き出す。自身に向けられた拳を見たノアは、


「つ、次だっ。油断するなよ。……あと、ボクは囮じゃない」


 手の甲で軽く触れた後、すぐに周囲を警戒する。元々色白なため、赤くなった耳が分かりやすい。明らかに照れているノアに優と春樹は苦笑しつつ、ソーラーパネルの影になって見えていなかった2体目の黄猿へと向かう。その距離、10mほど。黄猿の方も優たちに気付いて、雄叫びを上げた。

 向かって行く途中、黄猿を挟んで向こう側に黄猿2体を同時に相手するモノと片桐の姿が見える。秋原の姿が無かったことを確認しつつ、


「さっさと倒して、先輩たちの援護に回るぞ」


 優が指示を出したとほぼ同時。黄猿によって投擲されたソーラーパネルの破片が飛んでくる。優たちの周囲はソーラーパネルが等間隔に並んでおり、一直線。つまり、逃げられる場所がない。それでも、ノアは〈身体強化〉を用いた中空への跳躍、春樹は背を逸らしながら横に跳んで回避し、優は地面すれすれに身を伏せて回避する。

 そうして回避されることは、黄猿にとって想定済みだ。黄猿は回避した後の隙を狙うつもりだった。

 黄猿が狙うのは最も隙が大きい、中空に跳び上がったノア。彼に向けて長い腕を伸ばす。掴まれば、握りつぶされるか投げ飛ばされるか、食われるかという未来が待っている。しかも現在、ノアに回避するすべはない。


「春樹!」

「おうよ、優!」


 ソーラーパネルが春樹の背後と優の頭上を通過した瞬間、まずは春樹が黄猿の腕に〈魔弾〉を放つ。その衝撃で黄猿の右腕は跳ね上がり、ノアから狙いが外れる。次に動くのは優。獲物であるノアを見るために上を向いていた黄猿の死角――足元めがけ、低い姿勢のまま駆ける。


 ――魔獣の〈感知〉よりも、速く!


 地面を強く蹴り跳躍した優は黄猿の股下を駆け抜けざまに、右足のアキレスけんへと透明のナイフを振るう。黄土色の毛が生えた足から、パンッと言う独特の音がした。


『ウギァァァ!』


溜まらず悲鳴を上げる黄猿。黄猿の意識が上空から、言うことを聞かなくなった右足へ向いた瞬間。


「はぁっ!」


 宙を舞っていたノアが黄猿の頭目がけて西洋剣を振り下ろす。しかし、黄猿が暴れたことによって狙いが外れ、右の鎖骨を切り、肋骨ろっこつに届いたところで剣が止まる。あわよくば肺まで、と思っていたノアだったが、空中で足場のない不安定な状態からの斬り下ろし。さすがに勢いが足りなかったようだ。

 体勢を整えるためにも剣から手を放し、両手両足をついて着地したノアのすぐ脇を黄緑色の光が駆け抜ける。春樹が突き出した槍だった。

 黄緑色の軌跡を残す槍先はまっすぐに進み、黄猿の左胸に突き刺さる。骨に硬い物が当たる乾いた音が響くが、それも一瞬。


「おらぁっ!」


 肋骨を突き破った槍は、黄猿の心臓を捉え、背中まで貫通する。激痛に四肢を振り回す黄猿。足は地団太を踏み、長い腕が優たちを襲う。ひとまず距離を取った優たちが静かに見つめる先で、やがて黄猿は暴れることを止め、力尽きた。


「「「よしっ!」」」


 優、春樹、ノアの声が重なる。極度の緊張と運動によって噴き出た汗が、3人の額で光る。心地よい達成意に包まれながらも、優たちは特派員だった。


「秋原先輩は?!」

「分からない。ひとまず、先輩たちの所へ急ごう」


 焦ったように言う春樹を落ち着かせようと、冷静な口調で優が次の行動を決める。ノアが頷いたことを確認して、優たちは自分たちが居た車道側とは反対、安郷川あんごうがわ方面へ向かう。索敵用の魔法〈探査〉は使わない。マナ同士が干渉しあって、戦闘の邪魔になる可能性があるからだ。

 目と耳でまだ見えていないもう1体の魔獣を探しながら駆けること5秒ほど。戦闘の余波で壊れたソーラーパネル軍を抜け、低い土手がある河原に出る。

 そこには、黄猿3体を同時に相手にするモノと片桐、秋原の姿がある。周囲には2体分の黒い砂の山が出来ていることから、秋原が把握していた以上の数が周囲に居たことが分かる。加えて、細い川を挟んだ向こうにある雑木林、つまりゴルフ場の方面から1体の黄猿が4足歩行で向かってきていた。


「9期の子たち、援護お願い! 向こうから来てる援軍を相手して。1体ずつはそれほど脅威じゃないから落ち着いて、冷静にね……おっと」


 優たちの姿を認めたモノが、少し小さい黄猿2体を相手にしながら指示を出す。秋原と片桐の2人で、少し体格の大きい黄猿1体を相手していた。しかし、よく見れば秋原の動きが鈍い。どこかしら負傷している可能性があった。

 モノの指示を受けて、優たちは早速動き出す。浅いとは言え、川の中で戦うことは様々な面でリスクが大きい。よって、優たちは敵の援軍である黄猿1体を川岸で迎え撃つ。ザブザブと川をかき分け、勢いよく迫って来る黄猿との距離は5mほどになっていた。


「さっきの奴らよりちょっと大きいぞ。攻撃レンジに注意だ」


 ノアの一瞬の見立てに優と春樹が頷きを返す。直後、黄猿が立ち止まったかと思うと、川底にあった大きな石を投げつけて来た。石の大きさだけでなく、速さも相当なもの。ぶつかればただでは済まない。

 背後には先輩たちが居て、安易に避けるわけにもいかない。結果、次々と飛んでくる石を丁寧に防いで叩き落すしかない。黄猿は、魔獣である自身の圧倒的な膂力りょりょくを使って攻撃すれば良い。一方、優たちは魔力を使って迎え撃たなければならない。このままではジリ貧だった。


『ギャッ、ギャッ』


 自身の優位性に気付き始めた黄猿が愉快そうに笑った、その時。黄猿の横っ面を見えない何かが殴り飛ばす。体勢を崩し、川を転がる黄猿。いつか見た光景からすぐにモノの無色の魔法だと気づいた優が彼女を見ると、ウィンクが返ってきた。いつの間にか、モノが相手をする黄猿が1体に減っている。

 頼りになる先輩に背中を預け、優は先行したノアと春樹に続く。動き辛いとはいえ、すでに体勢を崩した黄猿相手に苦労する3人ではない。起き上がろうと手をつく黄猿のその腕にノアが〈魔弾〉を命中させ、再度体勢を崩させる。続いた春樹が槍を心臓に突き立てようとして、魔獣が水面を叩いて目くらましを行なう。


「のわっ?!」


 飛んでくる水滴に視界を奪われつつも、春樹は黄猿に黄緑色の槍を突き立てる。帰って来た硬い感触は、水底の石を割ったときのもの。春樹が突き立てた槍は、黄猿の左脇すれすれに突き刺さっていた。攻撃を外し、水が目に入って隙だらけの春樹。左腕で彼を捕まえようとした黄猿は、


「させない」


 目の前で発された声で動きを止めることになる。何事かと声の出どころを見てみれば、自分の胸に見えない何かが刺さっている。そして、それを突き刺した当人――優は慢心せず、黄猿の心臓に突き立てたナイフを引き抜き、今度は首へと振るう。左胸と首から噴水のように流れ出た血が、川を赤く染める。

 溺れるような叫び声をあげた黄猿はそのまま、絶命した。

 足場にしている黄猿が黒い砂になり始めたことを確認し、優は返り血をぬぐいながら周囲を見る。ちょうど、片桐が荒い息を吐きながら、鮮やかな赤紫色――牡丹ぼたん色をした1mほどもある大きな斧を消滅させたところだった。彼女の目の前には、首のない黄猿の身体がある。その身体も、徐々に黒い砂になり始めていた。

 優の目に映る範囲に、もう敵は居ない。あとは誰かが〈探査〉を行なえば――、


「みんなっ、上! その場から退避!」

「「上……?」」


 戦闘後の弛緩した空気に響く、モノの叫びにも似た指示。それを聞いた全員が上、つまり上空を見る。そこにはゴルフ場の敷地内外を分けるために植えられた木が気持ちよさそうに葉を広げ、緑の天井を作っている。

 人々に木陰をもたらしてくれる天然の天井を背に、大きな人の足が見えた。その足が、跳び上がった巨大な猿のものだと気づき、優を含めた全員がその場から一斉に距離を取った。その刹那。


 赤銅色の毛を持つ猿が降って来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る