第17話 天人が見ているもの

 銀色の髪に黄昏を映す天人、モノ。シアを保健センターに預けた彼女は1人、運動場へ向かっていた。

 モノは受験者が魔法を暴走させた時など、もしもの時のための防波堤として学校から安全確保を依頼されている。

 彼女の手で創られる透明かつ強靭な創造物は、試験を見て学ぶ学生たちを妨げることなく、安全を確保できるだろうという学校側の配慮だった。


 「あの、シアさんはもう保健センターですか?」


 と、正面から歩いてきた1人の女子学生がモノに話しかけてきた。ところどころに混じる少し明るい色の髪。小さな背丈。日本人にしては少し赤味がかった彼女の瞳が、モノの青い瞳をまっすぐに捉える。


 「君、あの子の知り合い? 彼女なら君の言う通り、保健センターに運んでおいたよ?」

 「神代天と言います。友人を助けてくれたこと、お礼を言っておきたくて。ありがとうございました」


 小さく体を折った彼女を、モノは見つめる。

 モノは、目を見ればおおよそその人間の人となりや本質が見える。それは天人相手でも変わらない。

 そうして先ほど見えた神代天と名乗った彼女は――


 「君――」

 「引き留めてしまってすみません。先輩が戻らないと、試験、始まらないですよね?」


 偶然か、それとも意図的か。思い出したように言った天がモノの言葉を遮る。


 「うん、そうだね。その前に1つ聞いてもいい?」

 「なんでしょうか?」

 「君、彼の妹さんだよね。彼は勝てると思う?」


 彼、という曖昧な言い方。それでも天は的確にその言葉が優であることを読み取る。

 モノの問いかけに人差し指を口元に当てた天は、


 「私、勘みたいなものが良くて。その通りに、一応、兄さんが頑張れるように手は打ってます。勝てるかどうかは兄さん次第ですけど」


 先日、とある男子生徒からの誘いを直感に従って受けたことを思い出しながら、天は言う。


 対戦相手を聞くその瞬間までは優を見守るために、わざわざ暑い運動場に残っていた天。まさか彼がこんな形で兄と関わることになるとは。

 恐らく何らかの形で優が頑張ることのできる状況になっているはずだ。その「予想外」が面白くてついつい思い出し笑いをしてしまう。


 そうして笑顔を見せる少女に、モノは1つ納得する。


 「そう。――こういう時だけ、君は楽しめるんだ?」


 モノの言葉に、天が一瞬、驚いたような顔を見せる。退屈がはりついたような赤茶色の瞳で揺れたわずかな感情。


 「ちょっと違うかなぁ? こういう時しか君は楽しくないのかも」


 先の読めない展開。刺激。天がそれを求めていることを、モノは見抜く。


 「――何のことですか?」


 すぐに表情を取り繕い、とぼける彼女。それでも、恐らくそれが彼女の本質の一端だと、モノは確信していた。でも、まだ底が見えない。


「彼と違って、君は悪い子だよね? 自分に嘘をついてる」


 目が合った時に感じたその事実を聞いて、確かめてみることにしたが、


 「何のことでしょう? さっぱり、です」


 今度は「完璧な苦笑」をして見せた天の内心を、モノは読み取れない。

 とぼけているのか。それとも己の中にあるものを自覚していないのか。

 権能を使えば恐らく、わかること。しかし、それは今ではないような気がして。


 「では、失礼しますね。お仕事、頑張ってください、モノ先輩」


 会釈して去って行った神代天という少女を一瞥だけして、モノは運動場へと急ぐことにした。




 場所と時間を移した夕暮れの運動場。


 「へぇー……彼、面白い戦い方するなぁ」


 決着がついた優の試験を見ながら、独り言ちるモノ。


 対人実技である以上、何をどう取り繕っても、圧倒的に無色のマナが有利。

 今回、彼――優は無色であることが露見していたとはいえ、優位な立場にあったことには変わりない。なんでもいいからリーチのある得物を〈創造〉して、それを振るうだけで容易に勝てる。相手が負傷するリスクをかえりみないのであれば、それこそ見えない武器でやりたい放題出来る。


 しかし彼は、牽制こそしたものの、一切、攻撃の素振りを見せない。あくまで対戦相手の焦りを誘い、マナを浪費させることに終始していた。

 そのため危うく押し込まれそうになっていたが、結局は対戦相手が魔力切れをして試験終了。無色の特性を生かし切らず、それでいて、殺しもしない戦いの運び方。


 「殺人色……って言葉を意識してるのかな?」


 無色である自分が、人に魔法を向けてはならない。あるいは、向けたくない。

 勝敗とは別に、そんな覚悟のようなものが見て取れる戦い方だった。

 難題を自らに課し、乗り越えて見せた少年。


 「やっぱり……。神代優クン。君は、優しいんだね」


 テラスで読み取った彼の本質に間違いはなかったことを確認する。


 「君が彼らの存在を知った時。どうするんだろう?」


 恐らく彼は内地で育ってきたのだろう。だからこそ、あそこまで優しく、まっすぐに悩み、葛藤できている。

 でも、もし。外地にいる、人が魔獣となった存在――魔人に出会った時。

 彼はソレを討伐――殺害することが出来るのだろうか。


 これにて特派員仮免許取得をかけた対人実技試験は終了。

 学生たちを待っているのは暑くて長い夏休み。


 外地に自由に行くことが出来るようになった向上心のある彼ら彼女らは、我先にと行動を開始し始めることだろう。

 広がる知見。


 「そして、葛藤する可愛い子供たち、か。楽しみだなぁ……」


 そう言ってモノが見上げる茜空には、天高くそびえる黒い雲がやってきていた。

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