第18話 孤独の中で

 日も暮れた保健センター。小さな部屋に4つ並んだベッドの1つでシアは目を覚ます。彼女以外、人は見当たらない。


 「ふぁ……」


 ベッドから身を起こし、大きなあくびを1つ。すぐに、はしたなかったと口に手を当てて周囲を見てみたが、彼女以外に人影は無い。腕には点滴の針が刺さっており、試験で着ていた上着はそばに置いてある椅子に畳まれた状態で置いてあった。


 見渡した景色やにおいから、ここが病室であることを悟ったシア。そして、ここに運ばれた経緯を思い出し、自分が試験に落ちたことを自覚する。


 張り切りすぎた。


 頑張っているのだと、強くなっているとみんなに――彼に――示そうとして、調子に乗った。

 その結果、敗北。これではみんなから信頼してもらえる人だとは到底言えないだろう。

 運悪くザスタと当たったことが敗因だと、シアは考えない。外地に赴けば相手など選んでいられないのだ。


 「はぁ……」


 負けたショックに思わずため息をこぼす。目覚めの低血圧、加えて病室独特の空気感がシアの気分を暗くしていく。

 ここ1か月ほどは無縁だった孤独という感情が、久しぶりに彼女の中にやってくる。人とのつながりというものは麻薬のようなものだ。一度知ってしまうと、もう、戻れない。

 1人でいる今の状況が良くないと感じたシアは、枕元にあったナースコールに手を伸ばした。




 看護師の報せを受けてやってきた教員と、ザスタ、シアの3人は保健センター入り口にある待合室で試験の結果を確認する。

 授業が終わってしばらく経っていたこともあり、ザスタは黒い薄手のパーカーにスウェットという、部屋着スタイルだった。


 試験監督をしていた教員は合否判定を記したタブレットを見せ、受験者であるシアとザスタにサインを求める。

それに応じながら2人は少し、話すことにした。


 「そういえば、どうして私の魔法が完成するまで、待っていてくれたんですか?」


 シアは、ザスタが見せた謎の行動について聞いてみる。


 「昼のあれは、殺し合いではなく試験だった。それに俺は……? ここに書けばいいのか?」

 「はい」


 字を書くことにあまり慣れていないのか、それともタブレットへの署名に慣れていないのか。おっかなびっくりといった様子で、時間をかけてサインしたザスタ。

 その様を、まるでお義父とうさんみたい、とシアは微笑ましく見る。少し年を食っていた育ての父は、こうした電子機器の扱いがとても苦手だった。


 その点、シアは小中学校に通っていたので慣れたもの。彼に続いて、ササっとサインをし終える。“学生”あるいは“人”としての生活に関しては、ザスタよりもシアに一家言あるようだった。


 「俺の啓示には【試練】が含まれている。本能というか、反射的にお前を……いや、今回は違うな。俺の力を試したくなった」

 「今回は、というと、いつもはその人の力を試すために、こんなことをしているんですか……?」

 「そう多くはないが」


 そこにいるだけで影響がある自分たち天人が、あまつさえ自分から迷惑をかけに行くとは。試される側が迷惑する様子が、シアの目に浮かぶ。しかし、


 「はあ、啓示、ですか……」


 呆れつつも、シアに彼を糾弾することはできない。

 啓示は天人にとって、呪いのようなもの。同じ天人として啓示のせいだと言われると、何も言えない。仕方がないと、そう思えてしまうシアだった。


 やがて試験後の処理が終わったシアは、面倒を見てくれた保健センターの人たちにお礼を言って、寮までの短い帰路に就く。


 「【試練】ですか……」


 ムシムシとした夜道で1人、先ほどザスタが明かした啓示について考える。困難な試練を、主人公が突破する物語。あるいは、人々に試練が降りかかる運命。

 ザスタが持つ他の啓示次第ではあるが、彼と一緒にいるのは良くない気がしてならない。案外、自分とザスタがいたせいで、外地演習のイレギュラーが多発したのかもしれない。

 そう、シアが思える程度には、彼女とザスタの啓示は悪い方向で、相性が良さそうに見えた。


 良い人なのは間違いない。けれども、ザスタとはなるべく関わらないようにしないと。


 そう、小さく決意を刻む彼女。そして、もう1つ。差し当たっての試練がそこにあった。


 「補習……ですね」


 シアはこれまで、勉学においては優等生で通ってきている。補習というものも初めてだった。


 「頑張らないと」


 小さく拳を握り、己を鼓舞する彼女。しかし、それは前向きと呼ぶには多分に、焦りを含んだものだった。

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