第10話 誘拐、再び

 優とシア。2つの魔法によって強化された拳を真正面から受けとめたコウ。同時にこれが幕引きだと言わんばかりに、〈物語〉の権能が解除される。途端、優の身体から力が抜けて後方へよろめいた。そのままではタイル張りの地面に頭を打ち付けることなるが、


「あ、ちょっと、大丈夫?!」


 背後に居た女子高校生が咄嗟に優を支えたおかげで、難を逃れた。すぐに身を離そうとする優だが、力が入らない。コウの攻撃から女子高校生を守るために限界を超えて動かした身体が、痛みという悲鳴を上げていた。

 そうして結局、女子高校生に抱き止められるという、優としては何とも情けない状態になってしまった。


「優さんっ」


 と、白のドレスを揺らしてシアが駆けて来た。


「シアさん。無事ですか?」

「大丈夫です。それよりも優さんこそ……」


 言いながら、シアは優の腕を取って己の肩に回す。そして、さりげなく女子高校生から身を離させると、優をその場に座らせた。

 そこでようやく、優はコウへと目を向ける。すでに起き上がっていたコウだったが、逃げる様子も、優とシアを攻撃してくる様子もない。ただ、都会では見ることの出来ない満天の星を探すように空を見上げ、黒い短髪を夏の風に揺らしていた。




 その後、すぐに駆け付けた特殊警察によってコウは確保。優もシアも交番に任意同行されることになった。

 3時間ほど事情聴取を受けた2人が解放される頃には、時刻は23時を回ろうかという時刻。特派員免許を持つとは言え未成年者であるために、優の母親、聡美さとみが迎えに来ることになった。

 なお、天人であり身体的にも成熟したシアは成人として扱われる。しかし、優が聡美の到着を待つ間、話し相手として残ることにする。話したいことがあるから残っているとも言えた。


「天さんたち、大丈夫でしょうか……?」


 この場にいない天と春樹、春野や首里を心配してシアが声を漏らす。その問いに答えたのは、コウとの戦闘で画面が割れた携帯を見つめる優。


「ハハ京橋の方は、ほぼ何もなく終わったみたいです。コウが逃げた時点で、信者の人たちが投降したとかどうとか」


 天と春樹からのメッセージに自分もシアも無事であることを返しつつ、優は事の顛末をまとめる。現状、事件は「信者たちによる魔法の暴発」ということで処理されているらしかった。より詳しい情報は、明日にでも明かされることになる。


「特警の人が来て天たちは保護されて……。今は病院で診てもらったところらしいです」


 そう言って、優は携帯から目を離した。彼の脳裏に浮かぶのは、唯一安否不明な春野のこと。


「春野の方は……正直、分かりません」


 明らかに憔悴しょうすいしていた春野をほうって、シアを助けに向かった優。警察官に聞いても「分からない」の一点張りだった。


「でも春野は、自分は大丈夫だとも言っていました。今はその言葉を信じましょう」


 シアを見て、優は変わらない平坦な口調で言い切る。しかし、彼の黒い瞳に揺れる不安を、今のシアは敏感に察知することが出来た。自分とは違う“運命の人”の身を案じる優の姿を見ていられず、シアは目を背けてしまう。

 そんなシアの心の機微を感じ取れるほど、優は器用ではない。それでも。


「ですが、ひとまず。シアさんが無事で良かったです」

「……ぇ」


 不器用だからこそ恥も外聞も気にしないようにして、想いを素直に口にする。

 そして、優の言葉に小さく声を漏らして顔を上げたシアの無事を確認するように全身を見る。そこには汚れの無いきれいな白のドレスで飾られた少女がいた。優はふと、かつて初任務に向かう際、天に言われた言葉を思い出す。思えば、プールでも春樹に同じようなことを言われていた。

 もう失敗は繰り返さないと、自分を見つめるシアの紺色の瞳を真っ直ぐに見返して、優は笑う。


「シアさん。そのドレス、めちゃめちゃ似合ってます。すごく、綺麗です」

「――ぅぁっ」


 その言葉に、声にならない悲鳴を上げたシアが目を見開く。同時に、つい先ほど自覚したばかりの優への想いがぶり返してきて、全身が紅潮する。

 またも優から目を逸らし、己の膝小僧を包む純白のドレスのスカートへと視線を向ける。


 優には“運命の人はるの”が居る。喜んではいけないと自分に言い聞かせるも、顔がにやけそうになる。これ以上はまずいと思ったシアは、


「あんまり、見ないでください……!」


 少し突き放す言い方で言って、自身の身体を抱いた。


「そうですか? 似合ってると思うんですが。まあ、コウが選んだっていうのが少し残念ですが……はっ!」


 そこまで言って、優は間違った真相にたどり着く。シアは単に恥ずかしがっているだけなのだが、優はコウに着せられた服を褒められたことを嫌がっているのだと思い至った。


「す、すみません……」

「あっ、いえ、やっぱり」


 もっと見てください、もっと褒めてください。そんなことをシアが口にできるはずもなく。結果、お互いにうつむいたまま、奇妙な沈黙が続く。“お見合い”のような気まずさに、そばで黙って聞いていた警察官2人も苦笑するしかない。

 しかし、そんな微妙な雰囲気は、


「優くんっ、シアちゃんっ。迎えに来たわよ!」


 優の母、聡美の登場によって霧散する。


「無事で良かったわ! 何があったの? 暴発? 崩落? 何かに巻き込まれたって聞いたけど。あ、それは車の中で話しましょ。警察の皆さん、うちの子たちがご迷惑をおかけしました」


 警察すらも圧倒する愛と勢いで手続きを済ませ、あれよあれよという間に車に乗せられた優とシア。そのまま2人は優の実家へと誘拐されたのだった。

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