第5話 響いた悲鳴

 やけに手応えの無いカエルの魔獣を魔法で創り出したサバイバルナイフで倒した優。

 もとより魔法の練習をしていて、その上、魔獣との戦闘。想定以上にマナを消費してしまった。


 (一度、寮に帰るか……)


 幸い、優が今いる場所は第三校、すぐ東の森。

 演習の授業でもよく訪れた、外地で最も慣れ親しんだ場所とも言える。

 魔獣が現れることもほとんどなく、もし現れたとしても、外地を追われてきた弱い魔獣しかいない。

 1人でも、ある程度の精神的余裕を持つことができ、最悪、すぐに内地に引き返せる。

 だからこそ、優は、1人で特訓する場所としてここを選んだのだ。


 「ふっ!」


 折角なので最後に〈身体強化〉を使い、帰路を全力で駆けてみよう。

 そう思って、魔法を使用する。

 全身が軽くなった感覚は、ずっと走り続けた時に感じるランナーズハイやゾーンと言われるものに近い。

 想像通りに動く身体、全てを見聞きしているような全能感。


 西に徒歩で向かえば数分でたどり着く第三校の運動場への道のりも、数十秒で走破できる。

 いざ、と、駆け出そうとした優の鋭敏な聴覚が、


 「キャァァァー!」


 誰かの悲鳴を捉えた。

 方角は学校とは反対の方角、南東方向。


 (どうする……? 俺が行ったとして、何ができる?)


 優は自身の無力さを知っている。

 魔法の練習のせいで、マナも減ってしまっている。

 そんな自分が行って何ができる――。


「いや、どうしたい?」


 手遅れかもしれない。無駄かもしれないし、自分の身を危険にさらす行為だ。

それでも。

 ちらりと見たのは今の服装。特派員の制服である学ラン。

 たとえ候補生でも、憧れに近づいている証でもある。


 迷ったのは一瞬だった。


 学校へ向かおうとした足を逆に向け、駆け出す。

 同時に、優が使用したのは〈探査〉の魔法。

 マナが反発し合う性質を利用し、自身のマナを薄く波紋のように放出し、返って来た違和感から範囲内の地形や、そこにいる生物のマナの量・状態をある程度探ることの出来る魔法だ。


 特派員であれば、通常、半径100m、地表1mほどを調べることが出来、放出したマナの量で範囲や高さを調整できる。また、使用者に近い程、明瞭に調べられる。


 魔力が低い優で半径80mほど。


 (――いた)


 感知できた生物は2体。

 返って来たマナの反応から1つが人間、禍々しいもう1つの反応が魔獣だと分かる。

 魔獣特有のマナの不自然さは小学校の頃から、魔法の授業で幾度となく学ぶ。そうでなくても、今この世界に生きている人たちであれば、大半は返ってくるその異様な手応えに覚えがあるはずだ。

 そうでない者は皆、殺され、食われているのだから。


 反応を追い、数秒で駆けつける優。

 そこで見たのは、人間と魔獣――ではなく、2人の人間だった。


 もっと正確に言うと、1人の人間の男が、倒れているもう1人の人間の女性を貪っていた。




 魔獣が人を襲う理由は、もちろん、捕食するため。

 生物として異様な彼らは常にその身からマナを放出してしまうため、常に空腹状態。

 何も食べずに放置していれば彼らが消滅する理由も、やがて体内からマナが無くなり、それに伴って肉体が活動を停止、死亡するためだと考えられている。


 そして、生物の中で最もマナを有するのが天人と人間――つまりは、人。

 摂取効率の面からも、魔獣は人間を好んで襲う習性を持っていた。


 人がマナを多く持っている事、また、人の思い通り動かせ、感情や想いとも深い関係がみられることから、マナは心の在りか、あるいは、心そのものとも言う人も居る。




 口元を赤く染め女性の柔らかい腹部を食べているらしい男。

 ジャパニーズサブカルチャーを嗜んでいる優も人食カニバル自体は知っている。

 加えて、幾度となく異形の魔獣と相対してきた。


 しかし、優の脳がその現実を理解した時。


 さすがの彼でも、人が人を食べているその様には胃からこみ上げるものがある。


 (堪えろ! 隙になる……!)


 〈探査〉で分かっているのは人間に見えるソレが魔獣であること。

 数は少ないが、何らかの理由で人が魔獣化したか、多くの人を食った魔獣が人の形になったかの2択。


 いずれにしても、人を食べている以上、魔法を使えると考えていい。

 となると、先ほどのカエルの魔獣とは比べ物にならない脅威。

 とても優1人で対処するべき事態では無かった。


 (ひとまず、学校に報告を――)


 ヴゥゥゥ……、ヴゥゥゥ……。


 と、携帯が優の膝元――ポケットの中で震えた。


 魔獣との戦闘の際、衝撃で壊れる可能性が高く、買い直すコストも馬鹿にならない。

 連絡を取らずとも〈探査〉がある以上、合流自体は難しくない。

 そのため、演習の授業を含め、普段は携帯を置いてきている優。


 実際、彼のように携帯を持ち歩かない外地では学生がほとんど。

 正規の特派員には特製の携帯端末が支給されるのだが、今の日本政府には見習いの特派員にまで、それを支給する余裕は無かった。


 授業でもない自主練。

 体育館にある更衣室で着替えた後、天と春樹とやり取りを少しした。

 彼らの中で自分は今、筋トレをしている事になっているはずで――、


(そのまま、携帯を置き忘れたのか)


 後悔とともに彼が一瞬、震えたポケットを見る。

 が、すぐに人型の魔獣に視線を戻す。

 そこには倒れたままの女性と、彼女に食らいつく魔獣が――。


 (――いない?!)


 ほんの一瞬で魔獣が姿を消した。

 外地での思考停止は死につながる。

 冷静に〈探査〉を使用し、近くに魔獣が1体いることを確認。

 それを何度か繰り返す、その度に、女性の反応はそのままに、魔獣だけがその位置を変える。

 が、優と一定の距離をとるだけで逃げる様子はない。

 すぐに襲い掛かってくる様子も、ない。


 考える優。

 このまま逃げる、が最善手。

 女性はもう……。


 そう思って優が女性を見てみれば、その顔が苦しそうに歪んでいる。

 顔色も真っ青で――。


 (……? まさか!)


 違和感を覚え、注意深く女性の胸元に注視する。

 少しだけ上下している。

 すかさず、もう一度〈探査〉をしてみれば、マナの反応から見ても女性はまだ生きていた。





……………


※基本的に、魔法 = マナの操作 = 放出or凝集のみ です。

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