第2話 魔剣一刀流

 自分1人で十分だと言い切った常坂。

 狐のお面を被った彼女からは、普段とは違う、どこか張り詰めた雰囲気が漂っていた。


 まずは、後方にいたイノシシの魔獣。かつて優とシアが対面したそれより1回りほど小さな個体。体高50㎝、体長1mほどか。


 常坂が左足を引き、無手の右手を左から右へ水平に走らせる。


 「――〈紅藤べにふじ〉」


 藤色の〈探査〉が通り抜け、キィンという耳鳴りのような音が聞こえた、刹那。

 同じく藤色をした横一文字が魔獣の身体に刻まれた。


 「――次!」


 結果を見届けることも無く言った常坂は転身して駆け出し、同様に腕を振るう。

 すると同じ結果が、天や春樹の前にいた、こちらもイノシシ型の魔獣に訪れる。


 「と、常坂さん……?」


 常坂の変貌に困惑し、目で追うシアの目の前に立った常坂。

 やはり何も持っていないように見える手をシアに向けて振り上げ、


 「――〈せん〉」


 表情の見えないお面の中。魔法名らしきつぶやきとともに振り下ろす。


 「きゃっ!」


 その圧に圧倒されて尻餅をつくシア。

 その目の前に、斜面を駆け下り、策を飛び越えた猿型の魔獣が落ちてきた。


 「ぅぁ……?」


 異様な静けさに、シアの巣頓狂な疑問の声が響く。

 常坂と、そして彼女とセルを組んだことがある天以外、何が起きたのかわからない。


 最初に動き出したのは、本能で動く魔獣だった。


 「やばっ」


 とは誰の叫びか。

 優たちの前方と後方、そして中心からそれぞれ人という獲物に襲い掛かろうとした――ところで。


 イノシシの魔獣は背中側と足側を、猿の魔獣はその身を左右に割る形で、その身がズレて2分された。




 断面から血を吹き出しながら絶命し、黒い砂になっていく魔獣たち。

 それを静かに見降ろしていた常坂が、被ったままだったお面に手をかけ、外す。


 「ぁ……」

 「常坂さん!」


 途端、倒れそうになった常坂を、目の前にいたシアが咄嗟に支えた。

 シアの腕の中。苦しそうな顔を浮かべていた常坂が目を開き、


 「ま、魔獣は……?」


 そう言って、確認する。


 「えっと、常坂さんが倒しました……よね。多分、ですけど」


 色々と状況がつかめず、曖昧な答えを返すしかないシア。


 「良かった……。がお役に立てたようで、何よりです」


 シアから離れ、持っていたお面を腰に結んだ常坂。


 優も、何が何だかよくわからない。

 常坂がしたことは全て、しっかりと目で追えていた。

 つまり、あくまで人間可能な運動能力で行なわれた一連の動作。

 しかし。


 「何を、したんだ……?」


 それでもなお、常坂が何をしたのかが分からなかった。

 彼女が見せた動きは、普段とはかけ離れたもの。

 素早く、無駄のない、どこまでも洗練された動きだった。


 優のつぶやきが自分に向けられたものだと思った常坂。


 「わ、が、魔獣を殺しました」


 何をしたのかを説明する。

 その姿は先ほどと打って変わって、たどたどしく、頼りないものだった。




 常坂流という剣術道場の娘である常坂久遠ときさかくおん

 先ほど彼女が使ったのは〈探査〉〈身体強化〉と、〈創造〉のみ。

 それを必要最低限の動きとともに高速で行なう。それが、常坂家が一人娘の久遠くおんを使って作り上げた『魔剣一刀流』の1つ、〈せん〉。

 それと〈紅藤べにふじ〉という居合いの剣技が、常坂のよく使う魔法だった。


 「敵が見えていて、障害物さえなければ、殺すことが出来ます」


 いわゆる“門外不出”であるため多くは語れないものの、最終的にそう締めくくった常坂。

 格好良いを追い求め、中二病すらこじらせた優。


 「めちゃくちゃ、格好良い……」


 彼が常坂に尊敬の念を抱かないわけが無かった。


 「私でもマネしようとすると、結構練習が必要かも」


 そう言ったのは“魔法の申し子”であるところの天。

 それでも「出来ない」と言わないあたり、天の隠れた負けず嫌いかはたまたプライドか。

 しかし、人にはその人に合ったやり方がある。

 今のところ自分には必要無いだろうとも、天は考えていた。


 「私は、魔力が低いので……」


 最短、最速、最低限のマナ。魔力が低い人でも魔獣と戦うことが出来るように。

 活人剣を是とする常坂家が魔法とともに編み出した剣術。

 常坂はその体現者だった。


 自分も今から学んでみようか。

 魔力の低さに悩む優の、そんな考え方を見抜くように。


 「やるかどうかは兄さんの自由だけど、無色の兄さんには合って無いと思うよ?」

 「どうしてだ? 優も頑張れば――」

 「魔法は、イメージがその強弱になるでしょ?」


 春樹が言おうとして、天が反論する。

 魔法の強弱は込められたマナ、当人の技術、そしてイメージする力で決まる。

 そのイメージする力は基本的に、繰り返しの作業と、その成功体験で身につく物。


 「で、常坂さんは外地に住んでた。何度も、何度も魔獣を斬って来ただろうし、創ったもの……日本刀? 大太刀? が見えるから、結果を強くイメージできる」


 しかし、優は無色。創り出した武器が目に見えず、想像通りに作ることが出来ているのか、正確には分からない。それは疑念となって、イメージする力を弱めてしまう。

 無色のマナがそもそも魔法使用に向いていないと言われるゆえんだ。


 「それよりは他に、兄さんにあったやり方を探す方が賢明だと思うけど?」

 「……例えば?」


 不服そうにそう聞いてくる兄。

 同じ無色のモノ先輩に聞けば? というのは簡単だがヒントだけにしておく。


 「そんなの“無色じゃないから”、知らないー。甘えてばかりじゃなくて、自分で考えて?」

 「……無責任な」


 優としては努力しようとした矢先、それは違うと否定されて、そのくせどうすればいいのかを示さない天の、意地悪のように見える。


 そうして兄妹ゲンカのようになってしまったため、


 「ほら、行くぞ! 早くしないと、また別の日に任務に行くことになるだろ?」


 いつものように春樹が止める。


 「そうです。それに、ここは外地なんですから……」


 とはシアの言。


 「集団行動する猿の魔獣でしたから。近くに仲間がいるかもね」


 冷静に可能性を示唆した西方の言葉で、一同は歩みを再開することになった。


……………


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