第8話 偽物の努力

 モノとの深夜の語らいから1週間。優が魔力不全になってから3週間が経っても、魔力不全回復のめどは立っていなかった。その間もこれまで同様、春樹や、クラスメイトのすずり響平きょうへい湯浅ゆあさ健吾けんごなどの友人も見舞いに来てくれた。


 無色で、魔力が低い。それでも仲間と協力し、結果を残し続けてきた優。その姿に勇気を貰ってきたクラスメイト達もまた、優の再起を願ってやまない人々だ。積極的に優が立ち直るきっかけ作りに協力している。が、それでも、優が魔法を使えるようになることはない。


 優も、そんな彼らの期待に応えられない申し訳なさがまた新たな焦りの要因となってしまい、負のスパイラルに陥ってしまっていた。


 1月27日、金曜日。2週間ぶりに魔法実技Ⅰで行なわれる外地演習。運動場から続く森へと入って行く同級生たちを、運動場の外れにあるベンチに座る優は遠目に眺めていた。


「羨ましいな……」


 魔法を当たり前に使って、特派員になるという夢を追うことが出来ている同級生たち。彼ら彼女らに対して、嫉妬と自嘲が入り混じる正直な感想を漏らす優。


 彼の手に握られているタブレット端末に映るのは、授業のレポート課題だ。魔法が使えない以上、優を魔獣が潜む可能性のある場所へと向かわせることは出来ない。そのため魔法実技のように魔法を使う授業では、代替案としてレポート提出が義務付けられていた。


 かつて、内地と外地を隔てる境界線を示していたコンクリートブロック。現在も残るそれが、まるで、魔法が使えない自分と、夢を追いかける彼らとの境界線を示しているように見えてしまうあたり。いよいよ末期だなと、優は1人ため息をついた。


「……良くない。良くないよな」


 同級生たちを見ていると、どうしても嫌な感情が芽生えてしまう。優はコンクリートブロックとその向こうにいる同級生たちから視線を切り、改めて“自分”へと目を向けた。


 ――今週中に治療できなければ、いよいよ、か……。


 残すは1週間。これを過ぎれば、優はいよいよ特派員候補生ではなくなり、ただの市民となる。ヒーローではなく、守られる側の人々になってしまう。


 しかし、自分の中にそれほど焦りが無いことに、優はまた1つ、ため息をこぼす。


「俺は、どんな特派員になりたいのか、か……」


 それは、先週。難波・心斎橋魔獣災害が魔人の手引きによるものだと教えてくれた天人モノがその後の雑談で、優に尋ねたことだった。曰く、


「ねぇ、優クン。ヒーローを目指す君はどんな特派員になりたいの?」


 インナー姿で三角座り。魅惑のボディラインを見せつけるように、上目遣いで優に尋ねてきたモノ。


 仲間を頼り、多くの命を守ることができる特派員。そう答えようとした優だったが、なぜかその言葉が口から出なかった。


 仲間を頼ることの重要性は、初任務でさんざん思い知らされた。だからそれ以降、優は積極的に他者と交流し、友人を増やして、頼ることができる仲間を増やしてきたつもりだ。


 しかし、魔獣災害を受けてこうも思ってしまった。


『本当にそうだろうか?』


 仲間が居る。仲間に頼れば良い。そう思うことで、気付かないうちに、自己鍛錬を妥協するようになってしまったのではないか。確かに仲間は大切だ。ただし、自分の場合、それが弱さに繋がっているのではないか。


 事実、そのせいで、闇猫を前に恐怖し、大切な人を守れなかった――。


「大切な、人……?」


 自分の中にあったその言葉に、引っ掛かりを覚えた優が、首を傾げる。何かを見落としている。何か、大切なことを忘れている。その“何か”について思い出そうとした優だったが、しかし。


「即答できないってことは、結局。優クンの理想は、まだ曖昧だったんだね」


 そんなモノの声で、思考を中断せざるを得なかった。


「俺の理想が曖昧、ですか……?」

「そっ!」


 仲間と共に人々を守る特派員。そんな優の理想像――努力の目標――が曖昧だからこそ、努力する意味が希薄になってしまっている。そうモノは語る。


「だから優クンは、弱いまま。強くなったつもりになってしまっているの。今のままじゃ、自分も、大切な家族も、友達も。誰も守れないんじゃないかって、お姉さんは思うな~?」


 弱い。その言葉を強調して、優に言い聞かせるモノ。そして、先日、天からも面と向かって同じ言葉を言われていた優の心が、激しく揺れる。


「……じゃあ俺はどうすれば良いと、モノ先輩は思いますか?」


 思考を放棄し、相手に判断を委ねる。普段なら絶対にしないことをしてしまうほどに弱っている優に、モノは何度目とも分からない笑みを浮かべる。なんて可愛いんだろう、と。


 そして、この状態にある人間の思考を誘導することは、とてもたやすい。だからモノは、自身が優に求める理想を語る。


「強くなれば良い。それこそ、1人で全部が出来るくらい」

「全部、ですか?」

「そう。索敵から、討伐まで。全部を完ぺきにこなすことができるようになれば、良いんじゃない?」


 それが出来れば苦労しない。そう心の中で呟いた優を見透かして。


「出来ない? 本当に? いま、世界には願いを叶える道具……マナがあるのに?」


 それは、いつだったか。モノを交えた鍛錬の中で発された言葉だ。


「優クン。仲間の力を借りながら、みんなのために戦うヒーローになる。そんな今の理想じゃ、努力の理由には弱いんだよ。言ってしまえば、偽物」

「偽物……」


 強い言葉を繰り返して、モノは優を追い込む。


「だから君は、すぐに目標を見失って、魔法が使えなくなった。目の前でヒーローが死んで。いま自分が頼っている人々が弱いこと。自分が目指している場所が、実はそんなに高くない理想だったんじゃないかって、恐れてる」


 だから、と。冷めきったコーヒーを飲みほしたモノは、言葉を続ける。


「今、優クンがするべきことは……戦う理由を探すことだって。お姉さんは思うの。何があっても見失うことが無い。そんな絶対的な理由を、優クンは探さないといけない」


 話は終わった。そう言わんばかりに立ち上がったモノは、座ったまま動けないでいる優を見下ろして、尋ねた。


「ねぇ、優クン。君は、どんな特派員になりたい? ……ううん、どうして特派員になりたいの?」




 絶対に揺るがない努力の意味。目指すべき場所。それを探せと言った銀髪の天人と彼女の言葉を、優は思い出す。


「どうして特派員になりたいのか、か……」


 “どんな特派員になりたいのか”については、優が初任務の時に考えたことだ。その答えが、仲間を頼ること。そして、仲間に、頼ってやっても良い、力を貸しても良いと思ってもらえるような。そんな特派員になることが理想の特派員像だと、優は結論を出した。


 しかし、その答えは間違っていると、モノは言った。正確には、それでは“足りない”と、言われたのだ。


「努力の意味。俺が目指したい場所……。俺が特派員になりたい理由……」


 ヒーローになりたかったから。人々を守りたかったから。誰かに誇ってもらえるような、そんな格好良い人間になりたかったから。それら、特派員になりたい理由は、優にとって枚挙にいとまがない。


 ――けど、モノ先輩に言わせれば、それが弱いんだろうな。


 とは言え、その理由が弱いとして、どうすれば良いのか。優には分からない。絶対に揺るがない理由。努力の意味。どんな絶望にも、障害にも負けない、強い精神的支柱の作り方が、優には分からない。


 レポート課題が映るタブレット画面を見ながら、特派員になりたい理由について考え込む優だったが、不意に。


 パンッ。


 という乾いた音を聞いた。それは3週間前にも聞いた、魔獣発見を知らせる合図だ。しかも続けざまに、2度、3度……。数えきれないほどの〈魔弾〉が、上空で爆ぜた。


「魔獣!? しかも、複数体……!?」


 驚いた優がベンチから立ち上がると同時。運動場の向こう側から色とりどりの〈探査〉の波が押し寄せて来た。普段なら互いに干渉しないように順に行なわれる〈探査〉が、各地で同時多発的に行なわれている。そのことから、現場が混乱状態にあることを優は瞬時に悟る。


 また、優が気にしたのは打ち上げられた〈魔弾〉の数だ。内地化された第三校周辺の山々。2、3体ならまだ、自然発生もあり得る。しかし、これだけの数となると、異様と言わざるを得なかった。


「か、神代くん! 今すぐに僕と一緒に校舎へ避難します!」


 優のそばで声を上げたのは、男性教員だ。特派員免許を持たない彼だが、古文の教員として、第三校に勤めて3年。特派員たちの合図についても、十分に理解がある。今が緊急事態であることも、瞬時に察したのだった。


 そして、有事の際は戦わず、まずは学生の避難を最優先することは教員としての職責でもある。無意識に運動場に残ろうとしていた優の手を引き、頑丈な建物の中へと避難しようとしたところで、


「えいっ♪」


 可愛らしい声が、運動場に響いた。同時に、優の手を引いていたはずの男性教員の手から重みが消える。違和感に気付いた男性教員が自身の右腕を見てみれば、肘から先がきれいさっぱり無くなっていた。


「……あ?」


 状況が飲み込めず、自分の右手の行方を探す男性教員。少し後ろを見れば、優の腕を掴む自分の腕がある。しかし、いま、自分の右腕には肘から先が無くて――。


「先生!」

「ちょいや♪」


 優が叫んだ瞬間、腕に続いて男性教員の首が身体と別れを告げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る