第7話 傷の在りか
優が魔法不全になってから、2週間が経った。
ここまで多くの友人がお見舞いと称して優の部屋を訪ねて来てくれている。それでも一向に改善の予兆すら見せない現状に、優の焦りは募る一方だ。
さらに優を追い込むのは、敬愛していた天との決別だ。喧嘩別れをしたあの日以降、天は優の部屋を訪ねて来ていない。
――シアさんも、だよな……。
シアに関しては、魔法不全になってから一度も顔を合わせていない。優としては当然で、“主人公”として選んでもらったにもかかわらず、魔法不全になった。もしこのままいけば、優が死ぬまで、シアの〈物語〉の権能は無用の長物になってしまう。天のこともあって、シアにも失望されているというのが優の中での確定事項だった。
ただ、春樹だけは今もなお、学校、私生活に関わらず優に献身的に話しかけてくれている。気を遣わせている申し訳なさが優の中にあるものの、それ以上に、気が楽になっているというのが本音だった。
現在、時刻は深夜0時過ぎ。その日も、優は過度の不安から、上手く寝付けずにいた。
「……はぁ」
目を閉じれば嫌なこと、暗いことばかりを考えてしまう。かといって、寝不足もまた精神の落ち込みに寄与する。そのため、可能な限り眠るようにと、優は保険医から言われているが。
「それが出来れば、苦労しないんだよな……」
カーテン越しの月明かりだけが照らす、薄暗い部屋。ベッドの上で、優はぽつりとこぼす。
ここ数日、改めて自身のストレス要因を探ってみた優。そこで気が付いたのは自身の中にある「特派員とはあんなものだったのか」と言う落胆と失望にも似た心境だ。
これまで優を支えてきた“ヒーローへの強い憧れ”。裏を返せば、期待だ。その期待が、闇猫を前にあっさりとやられてしまった特派員たちによって裏切られたように感じている自分の存在を、優は自覚した。
自分が人生をかけて目標としていた存在が、あまりにもちっぽけに思えてしまった。自分を支えていた憧れが揺らいでしまったのではないか、と言うのが優の自己分析だ。事実、今もふとした瞬間に、考えてしまう。
――子供の頃に俺と天を助けてくれたあの人たち……
優の憧れとして真っ先に脳裏に浮かぶ、2人の特派員の姿。今もなお存命でA級特派員として名簿に載っている彼らも、ひょっとすると、絶対に負けない、諦めないヒーローなどではなく“ただの人間”なのではないか。そう、思ってしまう。
もちろん優も、
『神代優は、期待することで周囲に努力を強いている』
それは他者の最大のパフォーマンスを引き出そうとする優の長所でもあり、同時に、過度な期待をしてしまうという短所でもある。精神的に追い詰められている今、短所の方が顕著に表れてしまっていた。
――どうやったら、モチベーションを保てる? どう考えたら、俺は特派員に憧れられる?
特派員への失望、目指すべき場所を見失ってしまったせいで魔力不全になってしまったのなら、どうにかして希望を探さなければならない。そう優は考えている。その考えが、誰かに寄りかかろうとする、いわば依存であることに優が気づくよりも、早く。
「よっと」
ふと、ベランダで物音と共に声がした。小さな身体に、メリハリのあるボディライン。月明かりを背景にしたそのシルエットと声。何よりも深夜に、しかもベランダから侵入しようとする非常識さを持つ人物に、優は1人だけ心当たりがあった。
「優クーン。モノお姉さんが来てあげたよー」
優の予想を肯定する声と共に、窓が控えめにノックされる。一瞬、無視することも考えた優だったが、何が魔力不全回復のきっかけになるか分からない。
「寝ちゃった~? じゃあ権能でも使って鍵を開けて、夜這いでも――」
「しないでください」
言いながら優がカーテンを開けてみれば、そこには月光のもと、銀色の髪と淡い青色の瞳を輝かせるモノの姿がある。彼女は全身のラインを強調するライダースーツのような服を着ていた。
――真冬にその格好、寒くないのか……?
などと眉を潜めつつ、鍵と窓を開けた優に対して、夜風に銀髪を揺らしたモノは、
「こんばんは、神代優クン。遊びに来てあげたよ?」
嬉しそうに笑ってみせるのだった。
ひとまずモノを部屋にあげた優。来客用にコーヒーを入れて戻ってみれば、そこにはライダースーツを脱いでインナー姿になっていたモノが座卓の前でくつろいでいた。
「…………」
「どうしたの、優クン。あ、もしかしてついに私の魅力に気付いちゃった? 欲情した?」
「しません」
「即答!? ……さすがだね」
適当なことばかり言うモノの前に、少し乱雑にカップを置いた優。いつものようにベッドの上に座ると上から目線で失礼になるかもしれないと、ラグマットの上に座ることにする。
「それで、モノ先輩。今日は何の用件です?」
猫舌ゆえに懸命にフーフーするモノをじっとりと眺めながら、優が尋ねる。
しかし、モノが自分のペースを乱すことはない。しばらく吐息でコーヒーを冷ましてから、口をつけた後、それでも熱々だったコーヒーから「あちっ」と唇を離したところで、優の方を見た。
「用件がなきゃ、来ちゃダメ?」
「無いんですか? じゃあお引き取りを――」
「あん、つれないな~、優クンは。言っとくけど、これでもお姉さん、モテるんだよ?」
「でしょうね。シアさんと同じで、天人ですから」
「そこで別の女の名前を出すところが、優クンだよね」
と、もはや恒例になりつつある言葉の応酬をした後。ようやく飲める温度になったコーヒーを一口含んでから、モノは追い出される前に用件を切り出すことにした。
「まずは、うん。文化祭の話。クレアちゃんのこと、黙ってくれてるよね?」
スッと目を細めて、優のことを青い瞳で見るモノ。彼女が言った“クレアのこと”とは、人工の天人の存在。そして、改編の日の真実のことだ。優もそのことはきちんと分かっていて、
「……はい」
短く答える。
【不正】【公正】と、正しさを司るモノは、あらゆる嘘を見抜く。そして、優が言ったことが真実であることを目で見てきちんと確認した。
「うん、なら、よし! じゃあ次。……難波・心斎橋魔獣災害」
モノが口にしたその言葉に、優の全身が否応なく緊張する。
「アレのこと、どう思う?」
「……どう、とは?」
質問の意図が読めず、聞き返した優。
「あの事件。魔人ちゃん達が糸引いてたんだよって。優クンは知ってるのかなって」
モノが明かした情報は、優も知っている。事件からもうすぐ1か月。もう多くの情報が出尽くしていて、
「箱根にある『魔人の巣』に居た魔人たち、ですよね」
「そうそう。中でも、特警も特派員もマークしてた12体の強力な魔人たちが、主犯格って言われてるね」
それも、優の知る内容だ。
「そのうち2体が討伐されたって聞きました」
「その通り。残りの10体と闇猫は行方不明。目下、特警と特派員が協力して捜索中、と……」
これだけの被害を出しながら、主犯を殺せていない。そんな現状に、特警と特派員に対する世間の風当たりは強まる一方だ。
「第三校にも連日、抗議の電話とかメッセージが来てるんだって。……内地に居る人って、ほんとに暇だよね?」
皮肉が込められたモノの言葉に、優は頷けない。守られることが当たり前だと思われるのは不愉快だが、給料をもらっている以上、結果を求められているのも事実。そして、何より。彼らが憤慨する理由が、今の優には分かる。
――魔獣が、魔人が、怖いんだな……。
魔法を失って、守られる立場になって、気付く。圧倒的な身体能力を持って襲い掛かって来る、魔獣たちへの恐怖。自分たちでは対処できないからこそ、特警と特派員たちに期待する。その恐怖が、期待が、人々を駆り立てているのだと、今の優には分かった。
――今までの……。戦うことが当たり前だった俺では、気付けなかったことだよな……。
そして、ひょっとすると。もう2週間もすれば、自分も守られる側に回ることになる。
「……っ」
悔しさに奥歯を噛みしめる。そんな優を、まるで愛玩動物でも見るかのように、モノは座卓に両肘をついて見つめる。
――ねぇ、優クン。気づいてる? 君が無意識に、あの子のことを考えないようにしてること。
シアが一緒に戦う“仲間”になった今。優が唯一弱みを見せ、相談することが出来ていた少女。どうにかしてその存在を排除しようと考えていたモノからすれば、彼女……
本来、モノは今回の魔獣災害で、正義感の強い優の敵意を魔人に向ける予定だった。しかし、まさか魔獣災害そのものに、優と、さらには春野までもが巻き込まれるとは、考えてもみなかった。
――未来が視えてるはずのアマネが、何も言って無かった。ってことは、
いったい誰が。それについては、今後調べることとして、現状、優はかつてない程に弱っている。今なら彼の心を徹底的に壊すことも、出来るかもしれない。そうモノは、薄く笑う。
――相談相手を奪って袋小路を作ったその次は、足場を崩さないと!
モノは、計画をさらに1段階前に進めることをアマネ・ノオミ両名に進言することにする。闇猫の動きは不明だが、魔人はある程度、自由に動かすことができるらしい。
「あはっ♪」
愉悦のこもった女神の微笑みが、自己嫌悪と自己分析で一杯いっぱいの優の耳に届くことは無かった。
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