第8話 わし座を探して
夜、通話中の優と春野。
シア本人の意思を無視していいのか。悩む優に春野はとある方法を提案することにした。
『じゃあ神代くん。今からわたしが質問するから、それに答えてください』
やりたいことを明確にする手段として、問答を用いることにした。
『えぇっと、まずは……神代くんはシアさんの結婚に賛成ですか?』
結婚。まだ高校生と言って良い年齢の優には結婚の重さも、その意味も分からない。現実感が無いと言う方がしっくりくる。とは言え。
「結婚……はまだ早い気がする。せめて付き合ってからっていうのが妥当じゃないか?」
ふむふむ、と、相槌を打った春野はもう少し踏み込んで質問する。
『じゃあシアさんがコウさんと結婚することに賛成ですか?』
コウ。優も春野も、スーパープールでコウの姿を見ている。春野は現場を目撃していないが、優は激昂するシアに対して軽薄そうな笑みを浮かべていたところもしっかり見ていた。
「俺は、反対だ。なんとなくいけ好かない。イケメン過ぎるのもなんとなく嫌だが、天人のシアさんにはお似合いだと思う」
『あはは。素直ですね』
お似合い。優が言った言葉を気に留めつつ、春野は最後の質問をする。
『つまり、結局、です。神代くんは少なくとも今回、シアさんがコウさんと結婚することに反対ですか?』
いくつかの質問を経て、春野からしてみれば最初から分かり切っていた優の答えを明確にさせる。
「まあ、そうなる……か。でもそれは俺だけの意思だろ」
『そうです。それが神代くんの意思。つまり、したいこと。そうでしょ?』
通話の向こうで優が息を飲んだ音を聞きながら、春野はとある星を探すように夜空へと空いている右手を伸ばす。
『シアさんの意思を聞く。でも本音を聞くには時間が必要。だから時間を稼ぐためにひとまず、パーティーをダメにしたい。神代さんはそう言いたかったんだと思います』
憧れているからこそ聞けない天の思考。それを春野がひも解いて、教えてくれる。
そうして出した結論が、シアの本心のはずがない。優はようやく、己のやりたいこと、すべきことが自分の中で少し明確になる。
「なるほどな……。そういうことか、助かった」
『ううん、シアさんについて情報をあげられなかったから、相談に乗るくらいはします。友達ですから』
「……そうか。中学から思ってたんだが、春野は天の考えがわかるのか?」
中学の時から、親交が深いわけでもないのに春野は天の考えがわかっている風だった。そのことを思い出しながら聞いた優に春野は苦笑する。
『そりゃー、分かります。なんせ、好きなものが同じですから』
天と好きなものを同じくしているという春野に優は驚く。多趣味な天はともかく、春野の好みはかなり限られていたはず。しかし、優が春野と話していない期間もあった。天が男の好みを変えたように、春野も新たな趣味を見つけたのだろうと優は1人納得する。
「よく分からないが、分かった」
『あはは、分かんないかー。とにかく、ですね――』
少し苦笑してみせた春野はそこで小さく間を置いて、今度は自分が優にして欲しいことを伝える。たとえそれが、自分とは違う女の子の所へ向かう彼の背を押すものだとしても。かつて優が好きだと言ってくれた自分であるために。
天が意図して使っただろう言葉を借りて、春野は軽い口調で言った。
『――わたしと同じくヒーローを愛する人なら。さらわれたお姫様をどうするかなんて、決まってませんか?』
「……っ!」
その言葉に優は、そもそもどうして自分が特派員になろうとしていたのかを思い出す。なぜ、誰かを助けたいと思ったのか。なぜ、特派員になろうと思ったのか。それは、格好良いヒーローになるためだったのだから。
「ああ、そうだな。そうだよな!」
『ですです。それでこそ、神代くんです。……っと、ごめんなさい。スマホ使える時間が決まっているので、そろそろ切ります』
「そっか。ありがとな、春野」
『いえいえ!』
そのまま春野が通話を切るのを待って、優も通話画面を閉じる。そして、真っ暗な画面に映る自分の顔を見て、自分にとってシアはどのような存在なのか、優はもう一度、考える。
『親友』と呼ぶにはあまりに語らいが少ない。それでも『仲間』とだけ呼ぶにしては特別過ぎる。かといって『好きな人』と言うと別の人が浮かび、『憧れ』というにはあまりに近い存在。そんな、名状しがたい絆が自分とシアの間にはあると優は思っている。
「要は、俺もシアさんが大好きで、大切な存在なんだな」
自分をたった1人に選んでくれた。共に死線をくぐり抜けた。共に友人の死を分かち合った。そんな大切な人が幸せになって欲しいと思うことは、当然だろうと結論づける。
「俺が、コウさんとシアさんの結婚を止める」
その先、もし、シアが本気でコウとの婚姻を望んでいたとしても。
「俺達が
天と、春樹とでシアが笑っていられる場所を作りたい。それが最終的な、優のしたいことだった。こうしてみると、確かに、シアの意思など関係ない。優がそうしたいから、そうする。それが助ける者の、何かを手に入れようとする者の責任と義務。
そんな目に見えないものを人が覚悟と呼ぶのなら――。
無色として、目に見えないものを見ようとしてきた優は静かに拳を握りしめる。そこにこそ覚悟が宿ると信じて。
通話を切った春野は知らず星空に伸ばしていた手を引っ込めて、手にした携帯を胸に抱く。
先ほど優から聞いた天と春樹の会話から、昔も今も優を取り巻く人々の関係は変わらないのだと春野は思う。優の前を天が走り、優の隣で春樹が見守る。そして、ゴールで手を振っているのがシアだとすると。自分はきっと、優の背中を見ながら息を切らす、そんな頼りない存在なのだ。
そんな自分が出来ることといえば、つまずいた優を後ろから応援するくらい。
わたしの大好きな“ヒーロー”の背中を押せていたら良いな。
心の中で呟きながら、春野は改めて蒸し暑い夏の空を見上げる。
「シアさんが、羨ましいなぁ……」
例えば今、自分が同じような危機に陥ったとしても、きっと助けてくれるのは優だけだろうと春野は思う。いや、名前で呼び合うほど親密なシアという特別な存在が居る今、もしかすると優ですら――。
嫌なことを考えそうになって、春野は茶色い髪を揺らしてフルフルと首を振る。そして、もう一度、夜空を眺める。
中学時代、先輩が図書委員会として企画していた天体特集。その棚に置いてあった星座の図鑑を委員会の合間に読んだことを思い出す春野。隣には同じく特集の棚に置いてあった小説を読む優がいた。別々の本。それでも、同じように“星空”を見て、同じ時間を共有していたというのに。
「多分、あれが、こと座のはずなんだけど……」
夜天に紛れる『わし座』を探す手を止めて、春野は寮へと引き返すのだった。
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