「見ている神がいないなら、この物語は『 』です」

第4話 デリカシー

　優と春樹、西方の3人で最初の対人実技試験の組み合わせに耳を澄ませる。挙がった名前の中には――。

　「――僕だ！　第4会場みたいだね。それじゃあ、行ってくる」

　「相手は……三船美鈴（みふねみすず）ってやつらしい」

　春樹が言った名前を優は覚えていた。外地演習で優を信用してくれ、短時間ながら行動を共にした女子学生だ。真面目そうな雰囲気が印象的な人物だったと記憶している。

　彼女と会ってすぐに死にかけたため、そう言えばまだ魔法を使っているところをちゃんと見たことがない。そう思い返していた優に、春樹から声がかかった。

　「折角だから、応戦しに行こうぜ」

　「そうだな」

　知り合い同士の戦い。同級生からでも学べることは多いはず。どちらかではなく、どちらも応援しようと決めて、優は運動場の北東に作られた第4会場へ歩を進めるのだった。

　運動場に4つある円形の会場のうち、北東にある第4会場に着く。優たちがいるのは会場の南側。正面と右――北と東には木々が見え、東側には境界線を作っているコンクリートブロックも見える場所だった。

　最初の試験ということもあって、会場にはギャラリーの姿が多くある。

　「知らない顔も多いし……先輩たちも多いな」

　「後期からは先輩たちとの絡みも増えるからな。優秀な後輩を探そうって考えだろ。お、先輩だ。挨拶してくる」

　恐らくサッカー部の先輩と思われる上級生を見つけて、春樹が離れて行く。優は自分の番に備えて、会場を観察しておくことにした。

　白線で区切られた円形の会場は直径25mほどだろうか。その周囲を取り囲むように野次馬たちがいる。有事の際は彼らも証人になるだろう。

　その中心では西方と三船が教員の説明を受けている姿が見えた。

　「大きさは、最初にシアさんと戦った小屋のところより、少し狭いぐらいか？　雨でもないし、足場もいいからこっちの方がマシだな」

　「私がどうかしましたか？」

　「うわ、シアさん？！」

　独り言ちながら考えていた優に声をかけてきたのはシアだった。

　印象的な艶やかな黒髪はまばゆい太陽の下でもよく映える。その一本一本が、優にとっては迷惑なだけだった日の光を7色に分解し、美しいものにしてくれる。

　白い肌に薄っすらと浮かぶ汗すらも、老若男女問わず見る者を魅了する宝石になるだろう。

　「はい、シアですけど……？」

　「――すみません、びっくりしただけです。どうしてここに？」

　「三船さんの名前が呼ばれていたので、応援しようと。優さんもじゃないんですか？」

　「俺はあそこにいる2人ともが一応、……知り合いなので」

　友達、というにはまだ付き合いが浅い気がして、優はそう表現した。

　「そういえば、天は？」

　優はシアの周りに天がいないことを確認する。

　よく一緒にいるところを見かけていたため、今日もそうだと思っていたのだが、

　「さすがにいつも一緒というわけでは無いですよ？　少しずつお友達も、増えてきましたっ」

　最初は少し不服そうに、後半は嬉しそうに言うシア。

　「そうだったんですね。シアさんが楽しそうで、良かったです」

　「ふふ、優さん、なんだかお父さん見たいですね」

　そう言われて、いつの間にか保護者のような目線になってしまっていたことを自覚する優。同級生に対して何様だと密かに反省しつつ、

　「それにしても、長袖、暑くないんですか？」

　気になっていたことを指摘した。

　シアは所々に白のラインが入った、黒いジャージを着ている。それも、上下長袖長ズボン。前のファスナーが開けられているとはいえ、この気温では熱中症になってしまうだろうと優は思った。

　「暑いですけど、少し我慢ですね。早く順番回ってこないでしょうか？」

　「終わったら自由解散ですんもんね。それでも熱中症になるかもしれないので、上ぐらいは脱いでもいいのでは……？」

　「ああ、えっと、それはそうなんですけど……」

　言いよどむシア。その理由を測りかねていた優の肩に、腕が回される。先輩への挨拶を済ませた春樹だった。

　「いいよ、シアさん。優にはオレが言うから。……優、多分、そういうところだぞ」

　「どういうところだ？」

　2人はシアに背を向ける形になって、小声で会話する。

　「デリカシーだ、デリカシー。だから楓（かえで）ちゃんにフラれたんだろ？」

　「楓ちゃん」こと春野楓（はるのかえで）は中学時代、優が告白してフラれた相手だ。中二病という病から目を覚まさせてくれた恩人ともいえるが、優にとっては恥ずかしい過去でもあった。

　「その話はやめてくれ。めっちゃ刺さる。それより、デリカシー？」

　「そう。この季節だ。汗で下着のラインが浮くのを気にする女子もいるってこと」

　そう言われてようやく優は気付く。

　「ただでさえシアさんは天人だし、目立つ。結構、良くない目で見られてきたんじゃないか？」

　「なるほどな。確かに。人は案外、見られてるっていうのがわかるって聞いたこともある。それがストレスになるってことも」

　「……ちょっと違う気もするが、そういうことだ。とりあえず、デリカシーな」

　シアに向き直り、配慮の足りなさを詫びた優。

　「気にしないでください。それより、試験、始まりますよ」

　そう言ったシアの目線を追うと、そこでは、西方と三船が教員を挟んで対峙していた。