第二幕……「人々の想い、私の願い」

第1話 魔法の呪文

 多くの学生が前回のイレギュラーな事態に尻込みし、境界線付近にとどまっていた。そんな理由もあって、優たちがコンクリートブロックで作られた境界線に着いた時、9期生のほぼ全員がいた。

 学生たちの反応は様々だ。ある者は特派員の戦闘、またある者は初めて生で見る魔獣へ、それぞれ想いと視線を巡らせている。


 ――天と春樹はどこだ……?


 天と春樹が見当たらないことに一抹の不安を覚えると同時に、学生たちの様子にどことなく違和感を覚えた優。その正体を探っていると、シアが答えをくれた。


「どこか他人事ひとごと、みたいです。いつか、それこそ今すぐに。自分たちが魔獣と戦うことになるかもしれないのに……」


 その言には、啓示の影響を恐れるシアの当事者意識の強さが含まれている。今回はそれが良い方向に働いた形だ。


「なるほど。確かに、そうですね。魔獣がいる場所に必ず強い人がいるわけじゃ無い……」


 危うく自分も特派員候補生――弱者だからと胡坐あぐらをかいて、傍観者になりかけていたことに優は気付かされる。少なくとも今、自分がするべきことは警戒と、進藤たち正規の特派員から1つでも多く学ぶことだ。我関せずと傍観しているわけにはいかないと、優は意識を改めることになった。


「……シアさんにとっては、これも啓示のせいなんですか?」


 これまでほとんどなかった魔獣の襲撃が、立て続けに起きている。その事実を気に病んでいるのではないか。そう尋ねた優に、シアは真剣な面持ちで頷く。


「その可能性があるかも、とは思います」


 曖昧な自身の啓示によって肥大化した責任感。そんなシアの肩の荷が少しでも軽くなればいい。そう思って、


「――なら、もし、何かあったとき。シアさんが望んだ方向に運命を変えてしまうのはどうですか?」

「……はい?!」


 軽く言った優。しかし、優の予想以上にシアは驚いた顔を見せた。考えてもみなかった、と言わんばかりだ。


「運命を、変える……。私が、ですか?」

「はい。マナとその人の想いは密接に関係していると言われています。シアさんがこうしたいと強く願えば、啓示もその方向に傾くかもしれないですよ?」


 しばらく優の提案を吟味したシアは、しかし、


「ですが、それは我がままです。これでも私は天人なので、誰かの運命を自分の思い通りにしてしまうのは良くありません。それに、私の力で何かができるとは思えません」


 自己評価の低さが伺える、そんな言葉を返した。


 ――頑固だな……。


 優から見れば、シアは他者を頼ることを嫌っているように見える。それは先週、彼女が信じることを良く思っていない旨の発言をしていたことからも伺えた。

 それでも知らず知らずのうちに、彼女は人を頼ることが出来ていた。本人がどう思っていようと、彼女には人を信じる素質がきちんとある。


「1人で解決する必要はないんです。もし1人で無理そうなら、周りの人に助けてもらえばいい。きっとシアさんになら、みんな力を貸してくれるはずです」

「それは……どう、でしょうか……」


 煮え切らないシアの態度に、優は少しだけ感情を逆撫でられる。自分が格好良いと思っている人物が、自分を卑下している。その現実が、優にらしくない行動をとらせる。


「【運命】を司るシアさんが悪く考えれば、状況も悪くなるかもしれないということですよ?」

「それは、そう、かもしれません……」


 反論もせず、きゅっと唇を引き結ぶシアを一瞥だけして、


「……魔獣が来ました。戦い方を勉強しましょう」


 優は運動場に目を向けた。

 その横で、シアは自分がどうすべきかを考える。自分の願いが周囲に影響を与えるかもしれない。それは分かっていたこと。だからこそ、自分は何も望まず、運命をただ受け入れてきた。

 自分は天人だ。与えられた啓示を、身をもって示すことだけがたった1つの存在理由なのだ。その啓示をシア自身の恣意しいで歪めることは、生み出した人間たちへの冒涜のようにシアには思える。


「私は、天人……」


 想いと願いを押し殺すを唱えて、シアも進藤たち正規の特派員による魔獣討伐に目を向けた。




 頭部を下に向け、回転しながら落ちてくる魔獣。距離が近くなり、その姿が鮮明になる。

 まず驚くのはその大きさだ。まっすぐ運動場めがけて落ちてくる細長い体は20m以上あるだろう。時折光を乱反射させる鱗が全身を覆い、細長い胴体がクネクネと波打つ。どうやら蛇の魔獣ようだった。

 背中には半透明をした大きな虫の羽が8枚ついていて、それを使って飛行しているらしい。腹部には数えきれないほどの節足が向き関係なくついていて、ある種体毛のようにも見える。しかし、時折意思をもってカサカサと動かされるその足は、見る者に嫌悪感を与えた。


「おいっ、アレが顔かよ……」


 学生の1人が指さした先には魔獣の頭部があり、赤く光る複眼がついている。口元には蛇本来の、鋭い牙が生えた口。その上あごにはとげがついていて、獲物を刺したり切ったりできそうな鋭さがあった。

 首元にえらのような、襟巻のような飾りがついていることから、水生生物を捕食したことも想像できる。


 ――ササササササササ……。


 風に乗って聞こえてくるのは無数に生えた節足、あるいは魔獣がはばたく際に発された気味の悪い擦過音さっかおんだった。


「相変わらずですね」

「うっ……はい」


 顔をゆがめた優の言葉に、シアが口元を押さえて同意する。明らかに生物として歪な彼らは、ただ見ているだけで生理的な嫌悪感をもたらす。直近で魔獣の醜悪な姿を見た優とシアでも嫌悪感がぬぐい切れないのだ。


「「おえぇっ……」」


 数人の生徒が魔獣のおぞましい姿に吐き気を催し、近くの森に駆けて行った。

 優としては1つでも多くのことを学ぶためにも、進藤や教員、魔獣の動きを見逃したくはない。〈身体強化〉で視力を強化し戦況を観察する。その時には、接敵までもう数秒と言う状況になっていた。

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