【物語】

第一幕……「そして、再び」

第1話 日常との差異

 はじめての外地演習から1週間。優はようやく、第三校に通うことが出来るようになっていた。というのも、マイクたちを内地に運び、〈身体強化〉の魔法を解除した優の全身をとんでもないだるさが襲った。第三校にある治療施設『保健センター』で診てもらうと、全身打撲と小さなケガを数え切れないほどしていたのだった。


『はい、1週間の自宅療養ね。学校にはこっちから連絡しとくから』


 常勤の医師にそう言われ、寮で魔獣や魔法の勉強に打ち込むことになった。春樹の方は頭に包帯を巻くことになったが命に別条はないと、見舞いに来た時に本人に聞いている。優としては安心しきりだった。

 一方で悪い知らせもあった。ジョンや幸助の実家があった第三校近くの家々が、先日現れた魔獣たちの襲撃を受けていたことが判明した。犠牲者は分かる範囲で6名。その中にはジョンの両親や幸助の母親も含まれていたという。


 ――やっぱり、あの魔獣は人を食べていたのか。


 優とシアが戦った犬の魔獣が魔法を使えたのも、この時に人間を捕食し、変態を済ませていたからだった。不幸中の幸いと言えるのは、マイクたちが秘密基地に来ていたことだろう。もし家に残っていれば、彼らも犠牲になっていた可能性が高かった。

 結局あの後、教師たちが討伐できた魔獣は1体だけだ。出現した魔獣は全部で6体。天、ザスタ、優とシア、進藤がそれぞれ1体を討伐しているため、残りの1体には逃げられてしまった形になる。

 これらが9期生初めての外地演習の顛末となる。初回の外地演習で1年生が魔獣と接敵・交戦したのも、学生に犠牲者を出さず、彼らを討伐したのも。第三校が創立されて以来、初めてのことだった。


 ――行ってきます。


 寮を出て、1週間ぶりに学校へ向かう優。怪我は治っているにもかからず、その足取りは重い。

 1クラスの人数は25人と少なく、第三校は団体行動が基本の特派員を目指す課程なだけあって、授業中もグループワークが多い。

 入学から1か月以上経ち、最低一言以上はクラスメイト全員と話すことはできているだろうと優は思っている。少なくとも男子学生を中心に、今のクラスにある種の一体感や居心地の良さを感じていた。

 だからこそ、久しぶりに彼らが集まる教室に行く彼の中には、例えづらい緊張感があった。


 ――気が重い……。


 寮から、遊歩道を歩き、階段と坂をいくつも上る。途中、来た道を振り返った先に見える駐車場には上級生たちが集まっていた。

 彼らであれば、療養が必要なケガをすることもなく、もっとうまく対処できたのだろうか。そんな益体も無いことを考えつつ、優は食堂前の広場を通ってさらに階段を上る。少し行くと、ようやく見えてきたのは1時間目の『魔法基礎』の授業があるC棟だ。

 秋になると紅葉が美しいと聞く坂を横に外れ、地続きになっている自動ドアをくぐるとそこはC棟2階。高低差のある第三校ならではの教室配置だ。


「ふぅ……」


 小さく息を吐いてドアノブに手をかける優。気持ち、以前よりも重たく感じる鉄のドアを引き、優は教室に入った。

 すると、先に来ていたクラスメイトたちと目が合う。思わず席へと向かう足を止め、ごくりと喉を鳴らす。そんな優に、


「よっす。体、大丈夫だったん?」

「久しぶりだな神代。大変だったんだろ? 話聞かせてくれ」


 休み前のように手を振って挨拶してくれる友人たち。変わらない彼らとのやり取りに、ようやく優は安心感を得ることが出来たのだった。

 密かな感謝も込めて挨拶を返し、奥の方で優の分も席を取ってくれていた春樹と合流する。


「なんか緊張したし、どっと疲れたんだが。いろんな人に見られてた気もする」

「みんなこないだの演習の魔獣討伐、最後の立役者に興味あるんだよ。魔力低いのにどうやって、ってな」


 春樹の頭からはもう、包帯が外れている。額にガーゼが貼られているだけだ。


「休んでた間のレジュメ、読んだか? ……数学と国語からはレポート、外語外国語からはテキストの予習の宿題も出てたぞ」

「一応、目は通した。でも、結構ギリギリになるかもな」

「まだ病み上がりだ。もし危ないようなら手伝うぞ」

「……そうだな。その時は頼む」


 ほとんどの課題は授業中に学んだことをまとめることになる。レジュメがあるとはいえ、講義を聞けなかった代償は優にとって大きい。今回は、春樹に手伝ってもらうのもありだろう。そう思いながら優は溜まった宿題などを整理する。

 現在、第三校では、改編の日以前にもあった五教科と外国語に加え、魔法の授業が教育課程に組み込まれている。授業時間自体は変わらないが、科目が増えているのだ。したがって、こうして1週間分の課題をタブレット上で並べて見てみると。


「うわっ、めっちゃあるな……。よしっ、無理だ。春樹、手伝ってくれ」

「せめて少しは葛藤かっとうしてくれよ……」


 10枚近い課題の山を前に、優は早々に春樹を頼ることをにする。そもそも優は勉強が好きではなく、得意でもない。魔獣や魔法に関することならともかく、それ以外の教科にはこれと言って興味もわかない。


「正直、外語なんて本当にいるのかって思う。現状、ほとんど海外になんて行けないだろ」


 『外国語』の授業課題を見ながら、ついついそんな愚痴もこぼしてしまう。

 空を飛べる魔獣からすれば、旅客機など餌の詰まった鉄の塊でしかない。自然、民間機は飛ばなくなり、現状、海外渡航の術はほとんどなかった。

 外国語が苦手な優としては、どうしても不要なものに思えて仕方ない。言ってしまえば時間の無駄だとすら思っていた。

 そんな優の指摘に「確かにな」と頷いた春樹。あまり表情は変わらないが、むくれていることは分かる。普段は“こんな”なのに、いざ外地に出れば頼りになるのだから不思議だ。


「文句言ってても課題は終わらないぞ。まずは手を動かせ。それでも無理そうなら、手伝ってやるから」


 そんな春樹のありがたいお言葉を受けて、優も渋々、外国語――英語の課題をこなしていく。携帯で辞書を引きつつ、わからない、もしくは面倒な場所は春樹に助けてもらいながら、授業開始を待つ。

 ふと、優の目に留まったのは“daily”という単語だ。「日常」をあらわす単語だったはずだと記憶を掘り起こす。ほんの1週間前。下手をすると、この日常を失っていたのかもしれない。この先、何かの拍子で失うかもしれない。


「ほら、優。そこの助動詞、違うって」

「……めんどくさい」

「本音漏れてるぞー」


 療養中、何をしていても地に足がついていないような感覚が優の中にあった。外地演習で魔獣と戦ったことなど、ともすれば夢だったのではないか。そう、どこか他人事のように感じていた。

 しかし、なぜか今、現実味を帯びた実感が優に湧き上がる。この日々を守ったのだと。あの時、魔獣に立ち向かったことは決して無駄ではなかったと。同時に今になってようやく、魔獣を、死を前にしていたのだという恐怖が震えとなって優を襲う。


「どうした、優? 寒いのか?」

「……なんでもない。あの時の俺、どうかしてたんだな」


 どうしてあれほど落ち着いていられたのか。優は自分でも不思議だ。これからもあの恐怖と向き合わなければならない。優の心には、ぬぐい切れない不安が残った。





………………


※疑問に思われている方がいらっしゃるかもしれなので、優たちのクラスの時間割を紹介します。1つの授業50分。7時間制。合間に15分の移動時間。授業開始は8時半。昼休みは4,5限目間にあって60分です。(スマホだと少し見づらいかもしれません。すみません)


月曜日 魔法学/魔法実技/魔法実技/魔法実技/美術/美術/道徳

火曜日 公民/国語(古文)/日本史/生物基礎/外国語/数学A/地理

水曜日 世界史/数学Ⅰ/地学基礎/公民/外コミュ/国語(現代文)/化学基礎

木曜日 数学A/日本史/体育/体育/技術・家庭/技術・家庭/魔法学

金曜日 国語(古文)/国語(現代文)/数学Ⅰ/地理/魔法実技/魔法実技/HR

(※単位制の第三校ですが、1年のうちはほとんどが必修です。選択できるのは外国語の種類ぐらい)

(※まずは国内のことを、ということで世界に関する外国語、世界史の重要性が低くなっています)

(※科学の3科目については2年次より、さらに専門的な授業を学ぶことになっています)

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