第2話 告白
月曜1限。
先週と同じく、移動距離や着替える時間を考慮して、気持ち速足で運動場に移動する優と春樹。その途中、優は第三校全体の違いに気が付いた。
「なあ、春樹。なんか人、少なくないか?」
学校にいる人、特に学生の数が少ないような気がした。すれ違う人が少なかったり、廊下から見た食堂にいる人がまばらだったり。優がさらに注意深く観察してみれば、上級生が少ないような気がした。
優の指摘を受けて、春樹もそういえばとあたりを見渡している。
「言われてみれば、そうだな。なにかあるのか……?」
言われてみればそんな気もするが、春樹も心当たりがない。
「そういえば今朝、駐車場に上級生たちがいたような――」
「悩める兄さんに、私が答えを教えてしんぜようっ」
学生たちに目を凝らしていた優と春樹の背後から忍び寄って来たのは小さな影だ。2人にとっては死角であり、もちろん姿は見えていない。が、優も春樹も姿を見ずとも、声や雰囲気、優を『兄』と呼称できる人物に世界で1人しか心当たりがない。
「ぜひ頼む、天」
優が振り返ったそこには案の定、大きな茶味がかった瞳を可笑しそうに細める天がいる。そして、答えを求める優と春樹に向かって小さな手のひらを向けると、
「良いけど、その前に! 私の友達を紹介しましょう!」
自身のそばに連れ立っていた人物を紹介する。いきなりだな、と思わなくもない優と春樹だが、天が思い付きで突拍子もないことをするのは普段も変わらない。よって、華麗に流すことにした。
天が示したのはクラスメイトの少女だった。滑るように光を返す黒髪と、神聖さを持ちながらも幼さを残す、
「その、お久しぶりです……」
聞き心地の良い声に多少の気の弱さを見せてぺこりと頭を下げたのは、先週、優と春樹が死線を共にした
突然の天人の登場に、面食らう男子2人。シアは天人だ。均整の取れた体つきに見る人を漏れなく魅了する顔立ちをしている。人間が本能的に美しいと感じる見た目をしているシアに、思春期男子である優と春樹が見惚れてしまうのも仕方のないことだろう。
「……話の続き、良い? ついでにさっさと体育館行くよ」
明らかに呆けている兄と幼馴染にジトリとした視線を向けつつ、天が歩き始める。体育館への道すがら、天は上級生たちが居ない理由について知っていることをかいつまんで説明した。
「つまり、今、2年生は長野方面に遠征に出かけているんだな」
「うん、そう。実戦訓練。だから兄さんが感じてた違和感は、正解ってわけ。ついでに3年生のインターンも先週あたりから本格化してるはず」
春樹が優と幼馴染ということは、妹の天とも幼馴染ということになる。付き合いの長い者同士の間にある、気の置けない雰囲気で楽しそうに話す。
そんな2人とは対照的に、少し後ろで妙な緊張感を持って歩いているのは優とシアだ。成り行きで共に戦ったとは言え、まだ顔見知りの2人。会話は自然と、先週の外地演習での出来事と、その後の話になる。
「元気そうで、良かったです。すみません、お見舞いに行けなくて……。その、何と言いますか、勇気が出なくて……」
「いえ、気にしないでください。シアさんも無事みたいで、良かったです」
そして沈黙が下りる。優は決して口が達者というわけでは無い。対するシアも啓示の影響を考えて、あまり人付き合いをしてこなかった。そのため、
思わず「お見合いか!」と言いたくなる、そんな後ろの状況を見かねた春樹と天がひとまず、助け舟を出すことにした。
「そういえば、天はなんでシアさんと一緒にいたんだ?」
春樹が優とシアにも聞こえるようにあえて少し大きな声で、天に尋ねる。もちろん天も、春樹の意図を察して“話題”というボールを受け取る。
「先週末、シアさんが『一緒にセルを組んでみませんか?』って言ってくれて。ねっ?」
受け取った
「はいっ! 昨日は女子会だってしました!」
投げられたボールに勢いよく食らいつくシアが子犬のようで、苦笑する天。そうして見た目よりも少し幼い言動をする友人を、天はからかってみることにした。
「そうそう。そしたらシアさん、『優さんが、優さんが』って兄さんを褒めちぎるから」
「神代さんっ! 嘘……とも言い切れませんけど! ここではっ」
天が不敵に笑って、嘘とも本当ともわからないことを言う。それを顔を真っ赤にして、手をあたふたさせながら必死で止めようとするシア。数日一緒にいただけで、天とシアはこうしたやり取りができる仲になっていた。それは入学当初から、互いに互いを意識し合っていたからかもしれない。友人関係の構築に一歩踏み出したシアと、面倒見の良さがある天。互いの歩み寄りによる成果と言えるだろう。
そんな仲だからこそ、こんな
「それで、ちょうどさっき兄さんたちを見かけたわけ。というわけでシアさん。思いの丈を兄さんに!」
「……え?!」
天のキラーパスを受けて、シアがたじろぐ。先週シアを人間の「興味」という混沌から助けてくれた恩人から裏切りにも近い行為。しかし、今のこの状況に、シアは心地の悪さを感じていない。それは天という
なかなか踏ん切りがつかない自分の背中を、友人が押してくれている。その勢いが消えないうちに、シアは一歩だけ踏み出してみることにした。綺麗な黒髪がさらりと揺れる。
「あの、えっと……優さんっ!」
「は、はい」
シアの勢いに、気圧される優。なんとなく、優の中に中学校の苦い思い出がフラッシュバックする。格好良さを追い求め、彼女が欲しいという勢いのまま、好きな人に告白してフラれた、あの暗い廊下。立場は逆だが、告白。そんな雰囲気があった。
身構えた彼に、拳をぎゅっと握ったシアが話し始める。
「えっと、外地演習の時は、その、自分でどうしていいかわからなくて、頼ってばかりで。あそこにいた春樹さんや子供たちを守れましたが、私の啓示が迷惑をかけて、犠牲者が出なかったのは優さんのおかげで。でも、優さんは大きな怪我をしてしまって――」
拙くも懸命に言葉を紡ぎ、深々と頭を下げたシア。彼女が先ほど、「お見舞いに行く勇気が出なかった」と言ったのは、自分のせいで優が怪我をしたのだという負い目が大きかったからだった。
「――す、すみませんでしたっ!」
バサッいう音が聞こえそうなほどの勢いで頭を下げるシア。そんな彼女の可愛らしいつむじを見ながら、本当に責任が強すぎる人だと優は思う。ともすれば、
「それと、助けていただいて、ありがとうございました!」
姿勢を戻して自分の目をまっすぐに見て笑うシアの姿に、優は閉口させられる。
どこまでもひたむきに、一生懸命感謝を伝えようとしてくれた彼女に何か言うなど野暮なことのような気がした優。結局、彼は、いつもの無表情に少しだけ苦笑を交えて、ただ一言。
「はい」
そう答えることしかできなかった。
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