第4話 あふれる想い

 魔人が投擲とうてきした小石の混じるアスファルト。

 軽いものでも当たり所が悪ければ失明したり、体に食い込んだりと今後の動きに影響することになる。


 その攻撃を凌いで安堵しつつ、優は先の常坂への魔人の動きを思い出す。〈防壁〉によってふさがれた視界を利用していた。

 シアにすぐに魔法を解除することと、警戒するように促す。頷いた彼女の意思を受けて、上部から口を開いていく白色の盾。


 まずは視界の通る上部の警戒を、と見上げた雨空に、跳躍した腕の魔人の姿があった。


 (自分の重さで押しつぶすつもりか!)


 避けるだけなら簡単だが、問題は着地時の揺れ。あの巨体だ。大きな震動が予想される。

 そして、もし、足を取られるようなことがあれば大きな隙になってしまう。思考している間にも、落下してくる魔人。


 「シアさん、すみません!」

 「え――きゃ!」


 返答を待たず〈身体強化〉した身体で彼女を横抱きにし、タイミングを計って後方に大きく飛んだ。

 目の前に落ちてきた魔人によって、地面が大きく揺れ、跳ね上がった水しぶきが視界を悪くする。

 着地した魔人はすぐさま、空中で隙だらけの優たちめがけて腹から伸縮性のある太めの腕を伸ばした。


 それに対処したのはシア。薄いワイシャツ越しに優の温かな手のひらを感じながら。

 両手で握った白い銃で、曲がりくねりながら迫る腕に狙いを定め――撃つ。


 そうして白い弾丸が腕を捉えた頃、着地した優はシアを手早く下ろした。


 「地面が震動で、転ぶと隙で、それを説明する時間が無くて、なので。……すみません」

 「あ、いえ! 全然大丈夫ですっ!」


 早口にまくしたて、己のセクハラ行為を謝罪した優。

 シアも身振り手振りを使って、必死で気にしていないことを示したのだった。




 さらに距離をとって、魔人と向かい合う優とシア。彼我の距離10mほど。


 「魔人が賢くなっているんですよね?」


 シアが時間とともに感じているその変化を口にする。

 それに頷いた優は、いよいよタイムリミットだろうと判断していた。

 自分たちはまだまだ未熟だ。間違いなく、理知的な行動をするようになったこの魔人は手に余る。

 学校に戻って、この魔人の存在を知らせるべきだろう。


 (いや、そもそも……)


 学校は彼ら魔人の存在を知らなかったのだろうか。

 第三校のすぐそばと言ってもいいこの場所に、3体もの魔人がいることを。一度、正規の特派員たちによって軽くとはいえ周辺調査がなされているというのに。


 当初は魔人が立てたシナリオだと考えていた優だが、どうもそれだけではないような気がする。


 (それも“今”を生き延びた後で考えるべきか)


 一度考えを棚上げした優にシアの声が聞こえる。


 「……優さん、私が魔人を足止めするので、皆さんを連れて学校に撤退してくれませんか?」


 雨も滴るきれいな顔で笑うシア。彼女も優と同様に状況の悪さ、そして、次善策をきちんと理解していた。


 「今こそ、私の出番だと思うんです。まだマナは残っていますし、5分……いえ、10分は時間を稼いで見せます」


 自分の価値についてそう語るシア。

 そこに儚くも美しい決死の覚悟を見て取った優は


 「無理ですね」


 即座に否定した。

 と、魔人が極小の〈魔弾〉を撃つ。薄暗い景色の中、ともすれば見逃しそうになるその凶弾を優は距離あるうちに透明の針で迎撃、爆発させる。

 爆風に乗った雨が2人の頬を打つ。


 無理。


 優が言ったその一言が、なぜかシアの心を深くえぐった。まるで、彼が自分を信頼していないかのように聞こえたのだ。


 「どうして……」


 わずかな膠着の間に、シアのつぶやきが漏れる。


 「どうして、無理なんていうんですか?」

 「……シアさん?」


 優とシア、2人ともきちんと魔人を見据えている。

 しかし、嗚咽のように漏れた彼女の言葉に、優は意識を持っていかれる。


 「天さんや春樹さん、付き合いの短い常坂さんにさえ、そんなこと言わないのに……」

 「シアさん、どうしたんですか? 何が――」

 『ようや慣れてきたデギダわ』


 会話に意識を割きつつも、魔人から目を逸らすわけにはいかない優。しかも、ついに魔人は意味の分かる言葉を発し始める。

 よってシアの表情はうかがい知れない。彼女の内心を、図ることができない


 「私だって、それぐらいはできます! それぐらいしか、できないんです!」


 叫ぶように言ったシアが、魔人が伸ばしてきた無数の触手を撃ち抜いていく。

 それでもいくつかは撃ち損ね、優にフォローされる。そのたびに唇を噛む。


 探索では優や西方に任せることしかできなかった。役に立たなければならない戦闘でも、何度もフォローされ、守られ。そして自分を守ってくれた西方も、天も――。

 シアにとってその全ては、自分に向けてくれた好意を盾として利用したのと同義だった。


 ――私のせいで。

 ――私が弱いから。


 今回の任務でも、失敗をフォローされるたびに思い知らされる無力感。せめて心配だけはかけないよう、どうにか見ないふりをして、笑っていた。

 啓示の影響を恐れて人付き合いをはじめ、多くのことを我慢してきたシア。

 自分の想いを見ないようにすることなど、幼少の頃から、何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返してきた日常。


 慣れていた、はずだった。


 しかし、もちろんその奥には様々な想いが積み重なっていることも自覚していて。

 第三校に来て、優と、亡き両親にワガママになっていいと言われて。

 人々を守り、導く。そんな夢――生きる目標を得て、新しく踏み出した矢先。


 幾度とない失敗を積み重ね、それと同じだけ理想との距離を思い知らされる。

 もうこれ以上、失わないために。そう思って口にした決意を、あまつさえ、一番信頼する人物に「無理」だと、信頼できない、足りないと言われてしまった。


 想いが、あふれ出てしまう。


 「やぁぁぁっ!」


 後悔、悲嘆、悔恨、卑下。様々な感情が魔法となって、雫となって、現れる。いくつかはきちんと的を捉えるも、何度も空を切る想い。

 その度に、自分が人々を導くに足る存在では無いことを痛感する。


 白の弾幕をかいくぐった青紫色の触手が冷静さを欠くシアの死角から迫る。その先端は手のひらではなく、鋭い牙を持った口になっていた。

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