第3話 恋って何ですか?

 シアに抱いている想いを自覚した西方。

 どうすればいいのか尋ねる彼に、“いずれ”想いを伝えるべきだろうと話した優。

 しかし、それを“今すぐ”と勘違いした西方は、果歩かほと談笑するシアのもとへと向かった。




 数瞬遅れで彼が何をしようとしているのかを悟った優。

 今は任務中。

 些細な人間関係の変化すらも、有事の際の連係ミス、判断の遅れにつながる。


 「待て、西方!」


 言ってみるが、告白前の緊張のせいで聞こえていない様子。

 優は知っている。今の西方が取るものも手につかないような状態であることを。

 きっと、耳の奥では心音がうるさく鳴り響いているはずだ。


 フラれた後の、尋常じゃないほどの気まずさも知っている。

 それこそ、性格や考え方が変容するほどの心境の変化があることを。

 そして、それを乗り越えるにはそれなりの時間と、きっかけが必要なことを。


 上手くいったとしても、人間関係の変化は避けられない。

 想いの告白とは、そういうものだ。


 (いずれにしても、今じゃない!)


 「し、シアさん!」

 「……西方さん? どうかしましたか?」


 シアがそんな彼を見上げ、小首をかしげる。

 そんな仕草すら、恋する思春期男子を沸騰させる。そうして発生した想いという蒸気は、


 「ぼ、僕、シアさんの事……」

 「待て、西方――」


 止めようとした優の手をあっさりとすり抜け、


 「好きです!」


 シアに届いてしまった。


 耳を真っ赤にした西方。

 目を見開き、うつむいてしまったシア。

 もうどうしようもないため、立ち尽くす優。


 恐ろしい程の沈黙。


 時間にすると数秒だっただろう。

 しかし、優には永遠に感じられたその微妙な雰囲気を破ってくれたのは、


 「私もシアお姉ちゃん大好き!」


 果歩の無邪気な告白だった。

 ハッとひらめいた優は、まだ間に合うと軌道修正を図る。


 「俺も。俺もシアさんが好きだ。な、西方」

 「ええ?! 神代君も?!」


 これでみんなの“好き”を均一化できたはず。

 あとはシアがその流れに乗ってくれることを祈るだけ。


 「良かったですね、シアさん。モテモテで――」


 と言って優が見つめた先では。

 腰を下ろしたままのシアが優を見上げ、顔を赤く染めていた。


 「シアさん?」

 「あ、はい! そうです、そうですよね! わー、嬉しいなー」

 「お姉ちゃんも果歩のこと好き?」

 「はい、大好きですよー!」


 まだ火照りの残る顔で、シアが果歩をそれはもう強く抱きしめる。


 「お姉ちゃん苦しいよー」


 キャッキャッと、くすぐったそうに果歩が身をよじってどうにかこうにか場は流れた。


 すぐに優は西方を連行。

 自分のしたことの危うさを伝えた。


 「ご、ごめん! 勘違いしてた……」


 と、西方が頭をかいて一件落着。


 (――な訳ないよな……)


 顔を赤くしていたシア。元が色白なために、余計によくわかる。

 彼女はきちんと意味を理解し、そのうえで、大人な対応をしてくれたのだ。

 小中と、天人らしくモテモテだっただろう彼女が恐ろしくうぶな反応を返したことが、優にとっては意外だったものの、


 (さすがシアさんだな。感謝しないと)


 なるべく禍根を残さない形で収めようとしてくれたことに感謝する優だった。






 「し、シアさん!」


 赤面した西方が近づいてきた時点で、シアはなんとなく察しがついていた。


 しかし、今も、昔も。

 シアは“恋心”というものが分からない。


 例えば、友人たちが嬉しそうに話しているのは微笑ましく、その熱量は羨ましいと思う。

 啓示のおかげか、“運命の出会い”とも思える出来事がシアの周囲ではよく見られた。


 しかし、シア自身はその感情を理解できずにいた。

 加えて、小中学校のシアは自分に近づけば啓示の影響が出てしまうことを極度に恐れていた。

 今も、恐れていないと言えば嘘になる。だから優の様に、巻き込んでしまったなら、責任を取るつもりだった。

 よって、色恋の話は全て。


 『私は天人なので、誰ともお付き合いできません。ごめんなさい』


 その一辺倒で済ませてきた。

 告白という非日常にドキドキ出来たのも、最初の数回だけ。

 雰囲気を察することが出来るようになってからは、断ることに対する申し訳なさの方が強かった。

 何より、それに伴う混沌とした“人間関係の変化”が苦手だった。


 それでも。


 彼、彼女に懸想していた友人たちが、敵意を向けてきたとしても。

 その人の想いに応えるために、彼女は全て聞き入れ、正面から断って来た。

 それこそが責任だろうと、天人の務めだろうと、向き合ってきた。


 (好き、本物の恋とは、どういう感情ですか?)


 数多読んできたどんな参考書にも、物語にも、ヒントがあるだけで、答えは書いていなかった。

 子孫を残すための生殖活動に紐づく想いなのだとしたら。

 それが必要ない天人である自分には、きっとわからない――。


 「……西方さん? どうかしましたか?」


 何食わぬ顔で、その後に続くだろう言葉を聞き届ける。


 「ぼ、僕、シアさんの事……」

 「待て、西方――」


 その時、不意に止めに入った優の言葉がやけにはっきりと聞こえた。


 (――どうして優さんは、止めようとするのでしょうか?)


 そんな思考が、シアの中にふとよぎった。


 きっと自分と同じで、微妙な空気になり、セルの連携が乱れることを恐れているのだろう。

 そんな理性的な自分の裏で。

 かつて読んだ少女漫画の様に、“主人公”である彼も自分に想いを寄せていて、抜け駆けされることを恐れているのではないか。

 そんな、お花畑のような思考が――期待が――シアの脳裏をよぎる。


 そして、彼女の胸にふと灯った熱があった。


 「好きです!」


 しかし、生まれた温もりは西方の想いに誠実に応えようとする理性によって、無意識のうちに吹き消される。

 冷え切った心はまたしても目に前にある熱――西方の想いを際立たせ、それを理解できない自分も浮き彫りにする。


 (また、ですね……。私だけ、置いてけぼり――)


 「――俺もシアさんのことが好きだ」


 落ち込むシアの耳に、果歩に続いて優が発した言葉が聞こえた。

 途端に、再燃する熱。それは体中を駆け巡り、一気に体温を引き上げる。

 その理由が分からず困惑するシアは、答えを求めるように優を見上げる。


 「良かったですね、シアさん。モテモテで――シアさん?」

 「あ、はい! そうです、そうですよね!」


 熱に浮かされた脳でその後何と言ったのか、シアは覚えていなかった。

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