第2話 天(そら)の使命

 その後も天はきっちり10秒間隔で〈探査〉を使用し、それに基づいて〈誘導〉を微調整する。緊急事態も想定して、救出部隊がわざわざ魔力を使う必要が無いよう、天はサポートの徹底に努めていた。

 定期的な〈探査〉から分かることとして、一部の遭難していたセルが天の〈誘導〉を見て、帰還しようと境界線方向に向かってきていることだ。自主的に帰還しようとするセルに対しても、天は矢印を示してあげる。

 なおも動かないセルは、動けない理由、例えば、ケガを負ったり、マナを使い過ぎたりしているのかもしれないと、天はあらゆる可能性を考えておく。同時に、魔獣がいなくて幸いだったと密かに安堵していた。

 一方で、悩みの種もある。


「無視して、動かないで欲しいなぁ……」


 マナの量からして、ザスタがいると思われるセルが〈誘導〉を無視し、〈探査〉のたびに場所が少しずつ動いていた。その度に、天が矢印を調整しなくてはならない。頻繁に向きを変える矢印に、救出部隊が混乱する様子も手に取るように分かる。


「こっちはこっちで……。シアさん、何やってんの?」


 気がかりなことはもう1つ。何故か、明らかに100mを超えた場所にもう1人の天人、シアのセルがあるのだ。しかもその数は6人。シアはスリーマンセルだったと記憶している天は、人数の誤差に首を傾げる。

 真面目そうに見えたシアが、進藤の指示を守らず100m以上離れた場所にいること。その場にいる全員を数に入れると、9期生100人を超える人数が森にいることにもなる。他にも、6つの反応のうちの3つの魔力が驚くほど少ないことも気がかりだ。マナを消耗したのか、あるいは。


「子供? でも山の中だし……」


 離れているせいで、正確な状況を掴むことはできない。それでも、シアを取り巻く状況があまりに不自然なように、天は思っていた。

 何より天を悩ませているのが、運悪くそこに向かっているのが優と春樹のセルであることだ。


「兄さんをよろしくね、春樹くん」


 なかなか安心させてくれない兄だと、天は小さくため息をつきつつ、頼れる幼馴染に兄を託すのだった。

 そうして、天が10回目の〈探査〉と〈誘導〉を使用した時だった。


「進藤先生! 数6、最も近いもので150mです!」


 天は声を張り、異常を伝える。〈探査〉で帰ってきた禍々しい魔力の反応は間違いなく魔獣だ。しかもそれが複数、広範囲にわたって感じられたのだった。


「わかった。――ここにいる学生は全員、境界線を越えて内地へ戻れ。そして、近くにいる教員に非常事態だと伝えろ」


 進藤は、心配そうに救出部隊を待っていた学生たちに指示を出して、外地に降り立つ。他方、突然のことに困惑したのは学生たちだ。


「そ、天ちゃん! なにがあったの?!」


 天と同じセルにいた女子学生が、事態の説明を求めるも天は答えない。救出部隊のサポートに集中しているということもあるが、知らせて良いものか、すぐには判断できなかったからだ。

 代わりに、進藤が答える。


「魔獣だ。数は6体。〈身体強化〉のみ、内地での魔法使用を許可する。このことを早く他の教員に伝えろ。クラスメイトの命がかかっている」


 魔獣という言葉を聞いて、学生たちは息をのむ。それでも、すぐに気を取り直し、大きな混乱を生まないあたり、特派員を目指す学生だと言えるだろう。

 すぐに進藤の指示通り、全員が内地側に引き返し、雨を切る風となって、教員たちの待つ体育館や校舎に向かう。彼ら彼女らの身体は色とりどりのマナの光に包まれている。

 〈身体強化〉。マナをセルフイメージ通りに体内に巡らせ、凝集させる操作が基本。あらゆる物の存在や情報と結びついているマナ。マナを巡らせることで、肉体はそのイメージ通りであろうとし、イメージ通りに動こうともする。その結果、ある程度、肉体の状態維持や運動能力の向上、感覚器官の強化を図ることが出来る魔法だった。

 特派員としてはまだまだ未熟な学生たちの魔法でも、強化された脚力は、かつてあった陸上競技の祭典の、世界記録に迫る速さだ。一瞬にして、境界線付近には天と進藤だけが取り残された。


「神代、だったか。お前は、森にいる学生全員に、引き返すよう〈誘導〉してくれ」

「了解です」


 進藤の指示を受け、天は創り出した矢印を逆方向にして、撤退するよう〈誘導〉の魔法を調整する。

 その横で、タイミングを見て進藤が〈探査〉を使用し、学生たちと魔獣の位置を把握する。


「救出部隊と合流できていないセルを、近いところから順に連れ戻す。魔獣との接敵はその後だ。帰ってきた学生は全員、内地に下がらせろ。他の教員が来た場合、教員をサポートしながら、学生の救出を最優先させてくれ」


 矢継ぎ早に天に言い残して、霧に煙る森に消えていく進藤。

 ひとり残された天も、自らに課された役割を全うする。自分以外のマナは反発し合う性質を持っている。その点〈探査〉は広範囲に天のマナを放出することになるため、その範囲内で使われる〈創造〉をはじめとした体外に放出したマナを操作する系統の魔法を阻害してしまう可能性があった。


「ふぅ……」


 天自身は魔力持ちで放出するマナの量は膨大。〈探査〉による影響力も大きくなりやすい。小さく息を吐いて、これまで以上に繊細なマナを操作を心掛ける。そのうえで、遭難者たちを〈誘導〉する必要があった。


「兄さんは、っと……」


 シアがいると思われる場所に向かっていた天の兄、優のセルはまだ道程の半分ほどだ。矢印を見れば、不測の事態を察して帰ってくるだろう。

 これで一安心、のはずだったのだが、


「……兄さん? 春樹くん?」


 なぜか彼らは引き返さず、森の奥へ奥へと進んでいく。ただでさえ不自然に思えたシアがいる場所の状況。加えて、突如現れた魔獣の半数、3体がその近くにいる。

 いつもは慎重な兄だが、たまに思わぬ大胆さを見せる時がある。それはいつも“誰かのため”。自分の中にある基準――格好良くあろうとする兄の、呪いのようなものだと天は思っている。

 おそらく今回も、誰かのために動くべきだと判断して行動しているのだろう。

これまでは運よく、何とかなってきた。しかし、ここは外地。加えて、彼の向かう先には魔獣がいる。

 いつもは“直感”できる解決策だが、このときは浮かばない。かといって与えられた使命を投げ出して、助けに行くわけにもいかない。ここで〈誘導〉を解除すれば、大勢の学生が魔獣の居る森に取り残され、命を危険にさらすことになるからだ。


「もう……!」


 つくづく思い通りに動いてくれない兄に、天はため息を漏らす。しかし、その顔はどこか誇らしげで、嬉しそうなものだった。

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