第12話 あふれる想いに魅せられて

 8月28日。日曜日。コウを含めた魔力至上主義者たちとの決着がついた翌日。優たちは後始末に追われることになった。

 まずは朝。寝ぼけまなこをこする天と、彼女を介抱するシア。優が2人の同級生と食卓を囲んでいると、リビングに置かれたテレビではニュースが流れていた。


『昨日。大阪市の京橋駅付近の商業ビルで、天井が崩落する事故がありました。関係者によりますと、当時、この建物では魔力至上主義者の“過激派”による集会が行なわれており、信者たちの一部が暴徒化したとのことで――』


 映像とともにアナウンサーの声が聞こえてくる。ハハ京橋での騒動は、一部の魔力至上主義者と思われる人々だけが逮捕されることで幕を閉じた。朝食のサンドイッチを行儀よく口に運んでいたシアは、それが、コウの用意した替え玉であることを知っている。

 やるせなさにシアが眉を下げる横で、ニュースは中継画面へと変わっていた。報道記者の男性が、ハハ京橋と建物を囲む警察たちの姿を背景に、あらましを語る。


『こちら、昨晩の現場の様子です。警察によりますと、一連の事件は、天人の男性コウ氏の権能が暴走したことによるものだとのことです。昨今の“魔女狩り”騒動も、魔力至上主義者ではなく自分のせいだろうとコウ氏は語っており、現在、詳しい話を捜査中とのことでした』


 その報道内容に驚いたのは、シアだけでなく優も同じだった。てっきりコウは信者たちを利用して己の罪から逃げると思っていた。しかし、どういった了見か、むしろ自分から罪を告白したらしい。内容からして、権能や啓示のせいと言えば多少は罪が軽くなるだろう。そんなコウらしい、姑息な思惑も見て取れた。


『ありがとうございました。なお、現場付近では主犯の天人を取り押さえようとする高校生らしき男女の姿も捉えられており――』

「「あっ」」


 そう言って映された視聴者提供の映像に、優とシアの声が被る。「撮影かな?」「うわ、白タキシードの人イケメン!」「黒服の子、頑張れー!」という野次馬の声が入るそこには、コウに対峙する優たちの姿がある。顔にはモザイクが施されているものの、当事者として優とシアが見間違うはずも無かった。


『負傷者は6名。そのうち1名は男を取り押さえようとした特殊警察官の女性であり、軽傷とのことでした』

『これだけ大きな事故で、死者が出なくて良かったですね』

『いや、事故ではなく事件でしょう。警察ももう少し天人への法規制を――』


 コメンテーターの意見を挟みながら進んでいくニュース画面。彼らの言葉から、春野が無事であることも知ることが出来る。その事実に誰よりも安堵する優の顔を、シアはサンドイッチ片手に見つめていた。

 朝食を済ませ、次に服の弁償の話。コウにボロボロにされた優はもちろん、首里との戦闘で天もドレスを破損させている。店に問い合わせたところ、優と天。それぞれの給料が1か月分ほどの額だった。

 親としてそれくらいは出すという聡美と浩二だったが、兄妹はその申し出を固辞。近くのATMを使って指定された口座に振り込みに行くことにした。

 近場ということもあって、3人の格好は半そでに短パン、女性陣はそこに羽織る物1枚というラフな物。道中、成り行きでついて来たシアが、天に尋ねる。


「そう言えば、首里さんはどうなったんですか? 春樹さんは無事だと聞いていますが……」

「ん? あー……あの人も無事だよ。あとちょっとで私が勝ったのに」


 そう言って、天は昨日のあらましをざっくりと語る。

 首里との戦闘の幕切れは、降り注いだ瓦礫によってもたらされた。葛城美百合かつらぎみゆりの攻撃によって脆くなっていた天井が、いよいよ限界を迎えつつあったのだ。


『天、首里さん! そろそろここを出ないとヤバい!』


 気を失った葛城に肩を貸して立ち上がる春樹の言葉で、天も首里も現状を冷静に見る。交錯する天と首里の瞳。


『了解。手伝うよ、春樹くん』

『わたしが瓦礫を防ぎます。その間に』


 そう言って会場を出ると、救出に来た警察官たちが待っていた。これにより、天たちは人命救助のために会場に残っていたのだと言い張ることが出来ると気づいた天。うまく言い訳をして、おとがめは無し。むしろ、称賛されることになった。


「ずるいな、天。俺たちは3時間くらい警察から取り調べと説教があったぞ」

「ずる賢いって褒めて欲しいな。もしくは、器用。兄さんもシアさんも、不器用すぎ」


 そんな話をしていると、コンビニにたどり着く。最初に天が、続いて優がATMに向かい、送金の手続きを済ませていく。

 優がATM操作に悪戦苦闘する中、天とシアは涼しい店内でアイスやお菓子を物色する。ふと、天は今朝から気になっていたことをシアに尋ねた。


「シアさん、兄さんと何かあった?」

「ぅえ?! な、何かですか?」

「うん。なんていうか、そんな感じする」


 直感ではなく、なんとなくの勘で言っている天。その問いかけには、シアの友人として、彼女を助けた優への心境の変化があったのではないかという好奇心もあった。


 まぁ、この前の感じだと望み薄だけど。


 お泊りの時に聞いた感じでは恋愛に発展する気配はみじんも無かったが。


「な、何もありませんっ! 本当になのも無いですよ?!」

「なのもって、何……」


 手をあたふたと振り回しながら、しどろもどろに答えるシア。耳まで赤くするその態度に、天が「もしかして」と問いを続ける。


「どうだった、自分を助けに来てくれた兄さん。……格好良くなかった?」


 以前のシアであれば、多少の恥じらい程度でこの問いを肯定していたはず。なんせ、父親こうじを『優とと同じで格好良い』と言える精神性だったのだ。

 しかし、今は。


「あ、えっと、それは……その……。か、格好良かったです……っ」


 顔を真っ赤にしながら自身のきれいな黒髪をくしゃりと掴んで、消え入りそうな声で言う。そんなシアを見て、天はにやりと笑った。ようやくシアが、自身の想いと向き合い始めたそのことが友人として嬉しい。それはつまり、シアの中にまた1つ願望が生まれたということでもある。責任感の強いシアが、自分を大切にするきっかけと理由にもなるだろう。


「可愛いなぁ、もうっ」

「天さんっ?!」


 まるで小学生のように初々しいシアの反応に、思わずシアを抱き締める天。動転する友人シアの胸の中で、


「その想い、大切にしてね……」


 天はそっと、願いをつぶやく。友人シアが自分自身を大切に出来るように。そして、願わくは。人生で唯一、自分を完膚なきまでに打ち負かしたあの同級生に兄が盗られることのないように。


「悪い、待たせた……って、何してるんだ天。シアさんが困ってるだろ」

「んふふ、良いのー。ね、シアちゃん?」

「え、天さん……今、なんて」


 パチパチと目をしばたかせるシアを、天が抱き着いたまま甘えるように上目遣いで見上げる。


「え、迷惑だった? シアちゃん……?」

「~~~~~~っ!」


 なかなか踏み込めないでいた最後の距離を天の方から詰めてくれたこと。シアはそれが嬉しくて悶える。そして胸元にいる親友を見下ろすと、頬を赤くしながら自らも一歩踏み出す。


「いえ、むしろ大歓迎ですっ! その……、そ、天ちゃんっ!」

「えへへ、だよねー!」


 ひと夏を経てさらに仲を深めたらしいそら特別な人シアに、優が優しい笑顔を見せた。

 アイスを片手に、3人は猛暑の外気を浴びる。蝉の声とかしましい女性陣の声を背後に、優は天を見上げる。9月に入れば後期が始まる。三校祭、上級生・留学生との交流、ハロウィンにクリスマス。イベントが目白押しだ。

 春樹も加えて、出来れば4人で。そう思う優だが、決して口にはしない。ここには運命と物語を司る女神様がいる。言葉にすれば、運命フラグになる。だから彼は余計なことは口にせず、静かに平和を願うのだった。


 優とシア。それぞれが自身の想いに魅せられて、陽炎のように曖昧だった関係に名前をつけた。それは、2人の間により強い絆を生み、生きる意味になる。大切な物をまた1つ手に入れた夏が、終わっていく――。




………………

※ここで【魅了】の章は完結です。ご覧頂き、ありがとうございました! この章の感想・評価などがもしあれば、よろしくお願いします。


※近日中にカクヨムのキャンペーンに合わせて、夏休みの各キャラ達の姿を幕間として描こうと思います。もし、メイン・サブ関わらず興味のあるキャラがいらっしゃれば、覗いてみてくださいね。また、書いてみてほしいキャラがもしいらっしゃれば、短編として書いてみますのでコメント等によろしくお願いします。具体的なシチュエーションの指定も有りです! 私の執筆技術の向上、キャラ理解などに役立てようと思います。なお、現状、春樹と首里、ザスタの様子を書くつもりです。

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