第5話 任務開始!

 時刻は午前9時少し前。

 第三校東北東500m付近。任務地の中央にある会館に拠点を構えた優たちは、いよいよ探索に移ろうとしていた。


 先々月の外地演習の際に現れた複数体の魔獣。その際に一度、軽く調査はされており、計6名の命が犠牲になっていることがわかっている。

 彼らが現れた方角から見て、長嶋宅周辺はその時に襲われたというのが第三校の見立てだった。

 しかし、そこに長嶋の親族――両親の姿は無く現在も安否不明。


 任務はあくまでも周辺地区の探索。

 しかし、優の中では、今回の任務における最重要の目標は、長嶋の両親の痕跡を探すことだった。




 吹き抜けになっている中央会館の2階。照明が点かず薄暗いものの、陽光が各所から差し込んで視界は十分。

 水分と携帯食料。遺品などを持ち帰るための小型のポーチなど、最低限の荷物を持って、あとは拠点に置いておく。

 有事の際、身軽さを確保するためだった。


 細かな段取りや注意事項を確認したのち。


 「じゃあ俺とシアさん、西方のセル」

 「オレが天と、常坂さんと組めばいいんだな?」


 6人が事前の取り決め通り、スリーマンセル2つに分かれる。

 メンバーの魔力をもとに、より長く、多様に探索・戦闘が出来るよう決めていた。


 そうして3人ずつに分かれ、優たちが北西を、春樹たちが南西を探索する。


 「全員、12時にまた、ここで」


 優の言葉に全員が力強くうなずいて、会館を後にした。




 探索を始めて少し。

 中央会館から西北西に150mほど。優たちは、集落の西端まで来ていた。

 振り返れば、のびのび育った背の高い雑草と、その奥に広がる雑木林が見える。

 ここから中心に向けて1つ1つ、空き家となった民家を探索していく。

 マナを温存できている状態で、拠点から離れた場所から。そんな優の判断だった。


 まずは魔獣の有無を、〈探査〉で調べる。


 「それじゃあ……。シアさん、お願いします」

 「はい。――やっ!」


 締まらないシアの掛け声で広がって行くのはしかし、神秘的な真っ白のマナ。

 範囲を絞って、高さを出して広がって行くそのマナは雪壁せっぺきのようだ。


 「きれい……」


 始めてみるその様に、西方が感嘆の声を漏らす。

 すぐそばを走る高速道路も巻き込みながら、やがて霧散した。


 「……200mほど、でしょうか。人も魔獣もいません」

 「ありがとうございます、シアさん。さすがですね」


 シアの言葉に優が感謝と尊敬の言葉を述べる。


 「それじゃあ、大丈夫な家を順に見て行きましょう。西方もそれでいいか?」

 「……」

 「西方?」

 「あ、うん、大丈夫!」


 どうやら魔法に見惚れていたらしい西方に、優は心の中で同意する。

 無色よりもさらに珍しい純白のマナを初めて見た時、優も同じように感動していた。


 早速、3人で手近な民家を順に見ていく。

 シアが、ここを地元とするジョンや下野しものに聞いた話では、ここ10年ほどは内地のようにほとんど魔獣の襲撃が無かったという。


 それもあって、原型を保っている家が多い。

 大型の魔獣ではなく、小型の魔獣の群れに襲われたのだろう。壁に穴が開いていたり、半壊したりしているが、完全に崩れているものは少ない。


 「すみません! 第三校所属、特派員のものです!」


 まだ人が住んでいる可能性も無いとは言い切れない。

 そのため、身分を示しながら何度か問いかける優。

 反応が無いことを確認し、中に踏み入る。


 時間にも余裕があり、マナを温存するためになるべく魔法は使用しない。

 そのため、1人が出入り口を見張り、隠れ潜む魔獣に備えて2人一緒に内部を捜索することにしていた。


 慎重に、ゆっくりと探索作業を繰り返すこと5軒ほど。

 集中力を維持するために、優たちは探索を終えた一軒家の1つで小休憩を取ることにした。


 「安藤さん宅、何もなし」


 地図と、表札をもとに状況を携帯で記録し、都度、寮に置いているタブレットに転送していく。

 その家から人が居なくなったのが、先々月の襲撃の際か、それよりも前なのか。

 それは調べてみないと分からない。

 今回の安藤家は、かなり前、それこそ世界中に魔獣が現れてすぐ――10年以上前に放棄されたらしい。家財道具などもほとんど残っていなかった。


 内地に避難したのであれば、きちんとした住民基本台帳等がある。

 優たちとしては、彼らが無事に生きていることを祈るしかない。


 「そう言えば。長嶋さんの家から調べなくて良かったんですか?」


 玄関が見える位置にある階段に行儀よく座って、携帯パウチに入れ替えた緑茶を口にするシアが優に尋ねる。

 くつろぐ、とまではいかないものの、程よくリラックスできている。

 少なくとも、気負いのようなものは優の目からは見られなかった。


 「はい。今回は長嶋さんの意向をくむ形ですが、あくまで国からの任務です。長嶋さんの家も、調べる家の1つですから」

 「それにモチベーションの意味もあるよね。みんなの思い入れがある場所を先に調べちゃうと、あとはおざなりになる可能性もあるから」


 優の考えを鋭く見抜いたのは西方。

 長嶋を知っている優と天、その事情を知るシアと春樹にとって、長嶋の家の捜索はこの任務の小目標となる。

 よって、モチベーションの維持という意味でも、長嶋の家の捜索は午後の探索に回していた。


 「確かに……。私ならどれだけ意識しても、気が抜けちゃいそうです」

 「天は大丈夫でしょうけど、俺がそうなる可能性が怖かったので。一応、そういう方針に」


 自分のためと、全体のために。双方のことを思っての判断だった。


 「よし。そろそろ、次に行こう」


 腕時計を確認して立ち上がった優に、シアと西方が続く。


 玄関先の割れた写真立てには、3人家族が写っている。


 「お邪魔しました」


 彼らへの敬意と、生きていることの願いを込めて言って、間借りしていた2階建ての民家を後にする優たち。


 その後もしばらく続いた探索に動きがあったのは、午前中に調べる範囲もちょうど折り返しという時だった。

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