第13話 先輩

 黒い光と衝撃が止んだ頃。ザスタは自身の魔法に巻き込まれないよう創り出したドーム状の盾――〈防壁〉を解除し、追撃を仕掛けようと駆ける。

 砂ぼこりが舞い視界は悪い。しかし、シアが〈爆砕〉の前にいた場所は覚えている。己が感覚を頼りに彼女の位置を特定し、大剣を振り下ろす――その直前で。


 「待って」


 声が聞こえ、その手を止めた。シアではないその声に聞き覚えがあったからこそ、止まったとも言える。

 砂ぼこりが収まると、そこには運動場に倒れているシアともう1人。ザスタの攻撃から彼女を庇うように立つ少女がいた。


 「もうこの子は戦えないよ。試験は終了。ついでに、君の【試練】も終了だね」


 そう言って銀髪の少女が青い瞳で示した先。ぐったりと倒れるシアは気を失っている。幸い、目立った外傷はない。着ていた黒いジャージも砂で汚れている程度。


 「最後の最後まで踏ん張って、耐えきったみたい。頑張ったね、偉い、偉い」


 保健センターに連れていくために、少女がシアの身体を抱き上げる。


 「君、楽しむのは良いけど、やりすぎ。後輩女神をいじめるなんて、感心しないな?」


 髪留めでまとめられた前髪の奥。透き通た空をそのまま収めたような青い瞳がザスタをとらえる。そこには多分に、非難の色が見て取れた。


 「……モノか。こんなところで何をしている?」

 「礼儀がなって無いぞ、後輩君。学校ですることなんて決まってる。学生、でしょ?」

 「まあ、そうだが。俺が聞いているのは、そういうことでは――」

 「なら学生らしく、先輩である私にも敬語を使ってよ。それに……」


 シアを、いわゆるお姫様抱っこしたモノと呼ばれた銀髪碧眼の少女は言葉を一度区切り、


 「私がどこで何をしようと、君には関係ない。というより、誰にも関係ない。――そうだよね?」


 ザスタに確認する。問いかけのようにも聞こえるが、別に彼女は答えを求めていない。同意しようと否定しようと、それこそ関係ないのだ。


 「……ああ、そうだな」


 これがザスタのよく知る神々。傲慢で気まぐれで、自由奔放。ザスタ自身も、シアとの戦闘が楽しくて、多少、頭に血が上っていた。


 「それじゃ、私は可愛い後輩を保健センターに連れていくね。君も学生だってこと、努々ゆめゆめ忘れないように」


 学生としても、神としても。ザスタにとって先輩にあたる女神――モノは去って行った。




 そんな試験の一連の流れを見ていた優は、シアを庇った銀髪の少女を見つめていた。


 「あの人……。あの時の……」


 彼女は間違いなく、茜差す3カフェのテラスで見かけたあの天人だった。幽霊や見間違いでなかったことに一安心する。

 今日も彼女はセーラー服のようなものを着ている。女性らしい体つきに、シアと同じか少しだけ低い身長。

 今は夕日ではなく、青空を映す細い銀髪。動くたびにきらきらと流れる水のように舞い、また違った色合いと魅力を放っていた。


 「おい、あれって」

 「ああ、モノ様だな! 今日も美しい!」

 「モノ先輩ぃ~!」


 ようやく彼女の名前がモノだと判明する。優の先輩だということも確定した。

 しばらくザスタと何か話していたようだが、その内容はガヤのせいで聞こえなかった。


 シアを抱えて運動場を後にする、その去り際。優はなんとなく、彼女に見られた気がした。その口元が動いていて。


 「『ま、た、ね』?」


 優に向けて、そう言ったように見えた。そうして優がモノを目で追うその隣で、天はあることを確認していた。


 「やっぱり……」


 彼女にとって疑問だったのは、白線で描かれた円の存在。もう1つは、試験を始めるタイミングをそろえていること。

 試験の勝敗に、「相手を円から出す」という条件は無かった。つまりあの円には別の意味があると天は睨んでいた。それに、各会場、試験が終われば勝手に次の試験を行なった方が効率的。にもかかわらず、そうしていない。


 ここが特派員を育成する教育機関であることを考えると、それらが生徒たちの安全を守るためのものだと予測はできていた。


 そして先ほどザスタが使用した〈爆砕〉。シアのものと違って、彼は全方位にマナを拡散させた。その衝撃は通常であれば、観客である学生たちにも届いたはず。


 しかし、実際は何も被害はなかった。

 まるでその時だけ見えない壁に阻まれるように、マナの衝撃も、砂ぼこりも、天たちには届かなかった。


 おそらくそれを行なったのが、あのモノという先輩。今まで試験を見ていて気づかなかったということは……。


 「良かったね、兄さん」

 「何がだ?」

 「あの人、兄さんと同じで、無色のマナだ」


 しかも、天人。無色のマナ最大の欠点である魔力の低さを克服していると見ていい。


 「無色の、天人……。先輩っぽいし魔獣との戦い方とか聞いてみるべき、だよな?」


 そう聞いてくる優に、天は一考する。

 彼女の存在は間違いなく、兄にとって良い刺激になるはず。天人とは言え、学ぶことは多いだろう。それは優の特派員としての資質、ひいては生存率を上げることになるはず。

 しかし、なぜだか信頼してはいけない人物であるような気もした。


 「少しなら参考にはなると思うよ? 美人さんだし、ついでに口説いてみれば?」

 「いや、無理だろ」

 「うん、知ってる。だって兄さん、シアさんの時もそうだったけど及び腰チキンだもんね」

 「いや、否定は……できないが」


 天に異性を口説けないだろうことを素直に認められ、モヤモヤする優。それはそれとして、優が彼女と一度は話してみたいのも事実。


 「それにしても、モノ先輩か」


 『またね』と言ったように見えた彼女。話をする機会は、そう遠くないうちにある。そんな気がする優だった。

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