第14話 神代優の場合
「私、シアさんの様子見てくる。……大丈夫だよね、兄さん?」
「ああ、もちろんだ」
自分が試験を見ていなくても合格するよね? そう言いたげに振り返った天に、優は問題ないことを伝える。
寂しくないと言えば嘘になるが、そんな情けない姿を見せるわけにはいかなかった。代わりに、もう少しだけ話をしておく。
「天の言うズルをしたこと、シアさんに言うのか?」
「さすがに今は。でも、一息ついたら教えてあげるつもりだよ?」
「まあ、じゃないと、今度あの魔法使う時に危ないもんな。やっぱり、天は優しい」
「そんなこと……あるかも? なんてね」
それが天なりの照れ隠しだと、優は知っている。
「じゃね、兄さん。弱い兄さんが格好良く勝てるように、応援しといてあげる」
挑戦的な目で軽く言った後、背を向けた天を見送る優。
「してあげるって……。俺、一応お前の兄なんだけどな」
口ではそう言う彼だが、天は試験に合格していて、それに見合った実力もあるから不満はない。
まっすぐ応援しない、妹らしい応援を愛おしく思いつつ、
「負けられないな」
独り言ちる優だった。
「最後の組み合わせの発表です。第1会場『
そんな発表があったのはもうすぐ太陽が赤くその色を変えようかという時だった。
「お前が神代優か。シアの彼氏。ついでに、神代の兄貴か……」
優が試験監督の前に行くと、対戦相手――外町弘毅と思われる男子学生がいた。
優より少し高く、春樹より低い身長、170㎝ちょっとか。綺麗に焼けた肌。全身に程よく着いた筋肉は、水泳で鍛えられたものだった。
腕を組み、優に見定めるような目を向けている彼に、またその噂かとため息をつく優。優がシアとセルを組む風潮になってからと言うもの、尾ひれのついた噂は2人が付き合っているというものに変わっていた。
「冷静に考えてくれ。俺とシアさんじゃ釣り合わない。そんなことより、対戦よろしくな」
噂についてきちんと否定しつつ、正々堂々戦おうと握手を求める。しかし、優の手を一瞥しただけの外町は問いを続ける。
「でも、2人と仲がいいのは事実だろう?」
彼の言った2人とはシアと天の事を指す。否定しようかと思ったが、それはそれで天にもシアにも悪いような気がして、優はひとまず肯定することにした。
「……まあ、ありがたいことにな」
「それは良かった」
優の答えに薄く笑った外町。その意図が読めずに困惑する優に、言葉を続ける。
「ところで、無色のマナだそうだな。犯罪色、人殺しの色なんだろ?」
わざわざ嫌な言い方をしている外町。明らかに優を挑発していた。心を乱し、魔法の使用を阻害する。場外戦だと優はすぐに察する。ひとまず先の問いには沈黙で返すことにした。。
「今回は対人戦。お前みたいな人殺しのためにあるような試験だよな?」
「……」
大丈夫、慣れているだろ。
そう自分に言い聞かせ、自制心を保つ。
「そこで俺に提案をさせてくれよ?」
「断る。聞く義理も無い」
「実はお前の妹とさ、今度デートする予定なんだ」
さすがにその言葉を無視するわけにはいかなかった。
「は? 天と? お前が? 冗談だろ」
天がこんな男を選ぶとは思えない。中学の頃、天がクラスの男子と付き合いだしたという話を聞いたとき、
『こう、守ってあげたい、みたいな? 正直、顔じゃなくて、頑張ってる人が好きなんだ、私。一緒にいて、楽しそうだし、頑張れそうだもん』
と言っていた。大切な妹の好み。一言一句、間違いないと優は言い切ることが出来る。だから優も頑張っているわけで、だからこそ自分はまだ天に見放されていないと優は信じている。
とりあえず、優の知る限り守ってあげたい男子が天の好みのはず。その後、天が付き合った男子も皆そんな感じだった。
残念ながら、外町がそれに該当するとは思えない。が、受験前には最後の彼氏と別れたと言っていた天。そのあたりで好みが変わっている可能性もある。
「嘘だと思うなら、終わってから本人に確認すればいいよ。試験で俺に負けて、妹に合わせる顔があればいいけどな」
そんな外町の挑発も無視して、優はその内容だけに注視し冷静でいることに努める。
通常、対人戦特化の無色の優相手に、ここまで自信満々に勝てると言えるはずがない。外町が馬鹿である可能性もあるが、それならそれでいい。それよりも、裏があると考えるべきだろう。
「そろそろ試験を始める。両者、位置へ」
試験監督から声がかかった。
「じゃあ、手短に。提案って言うのは、ダブルデートだ。実は俺、シアも気になってるんだよ。お前の誘いなら、来てくれるんじゃないか? 付き合ってないなら、いいだろ? あぁ、今のところ、本命は妹の方だから安心してくれ」
「いや、お前……」
つまり、気になっている女子2人とお近づきになりたいと、外町は言っている。あまつさえ天とシア、2人の美人に二股をかけようというのだ。
思春期男子の欲情は理性をも凌駕するのだろうか。優にももちろんそうした劣情はあるが、まだ人並みだと思っている。
外町も、特派員を目指す優の同期。試験のせいで感情が高ぶっているだけで、冷静になれば
ただ、
「考えといてくれよ」
そう言って歩いていく彼に背を向け、優も距離をとる。
外町の提案はどうでもいい。が、言い方から見て彼の言う天とのデートは恐らく本当なのだろう。
まだ出会ったばかりの優自身は、彼の魅力を知らない。しかし、天も同じだとは言い切れない。
天のことだ。何かしらの意図があってデートしようとしていると優は見ているが、恋愛は本人の自由。
だが、兄として、今の外町に天を預けることはできない。
勝って外町の目を覚まさせる。
優の胸に僅かな使命感が湧く。同時に彼にとって、もともと負けるつもりが無い試験が、負けられない試験に変わるのだった。
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