第5話 理想の体現者

 休んで欲しい。そんな優の言葉に渋々ながらも頷いたシアは、優の隣に腰を下ろす。そして、


「なんだか、悪いことをしている気分になります」


 自分の膝を抱えて、今にも降り出しそうな曇り空を見上げて息を吐いた。

 そうして、どこか傲慢ごうまんにも思えるほどの責任感の強さを見せるシアのことを理解しようと、優は素直に気になったことを聞いてみることにした。


「シアさんは、周りで起きること全部が自分のせいだと思ってますよね?」

「いえ、そこまでは……。でも、私は天人です。啓示を持っています。そこにいるだけで大きな影響を与えてしまいますから」


 啓示。それは天人それぞれが持つ、自身が司る概念を表したものだ。言い換えれば、天人にっての存在理由でもある。天人たちは己が存在をかけて、自身が司る概念を体現しなくてはならない。多かれ少なかれ、天人であれば誰もが持っている強迫観念だった。

 自身の周りで起きる全てを背負い込むほどの啓示とは何なのか。こればかりは聞いてみないと分からないだろうと、優は慎重に聞いてみる。


「……良ければ、啓示の内容を聞いてもいいですか?」


 その言葉に少しだけ間を置いたシアだったが、笑わないでくださいね、と前置きをしつつ


「【運命】と【物語】。その2つだけです」


 と、端的に答える。口元に浮かぶ、何とも言えない微笑みの意味を考えながら、優は感じたことを素直に言葉にする。


「運命と物語……。なんだか曖昧ですね」

「はい。私自身も、特に【物語】については分かっていないことが多いんです」


 優の曖昧だという指摘にシアは相槌を打つ。その言葉でようやく、シアの微笑みが自嘲であることを優は知る。同時に、また1つ、シアについて分かったことがあった。

 啓示は、その数が少ない程、影響力は大きいと言われる。そして、シアが持つ啓示は2つ。しかも、その内容はあまりにも漠然としたものだった。さらには、自分でも啓示の内容がわかっていないという不安もある。シアの責任感の強さの裏にはそうしたものがあるのだった。


「両親は天人である私を怖がらず、大切に育ててくれました。恩返しがしたくても、もう、いないんです。だから、せめて天人として。できれば格好良く人を助けたり、導いたりしたいと思って、特派員に」

「格好良く、ですか……」

「はい。でも、優さんや天さん、それにジョンさん達にも迷惑をかけてばかりです。お恥ずかしい話ですが……」


 あははは、と、シアが乾いた笑いをこぼす。出来もしない理想を語る自分を、優がどんな顔で見ているのだろう。恐る恐る優の方を見たシアは、彼の黒い瞳と目が合った。その顔は、シアの予想していたあざけりでも、落胆でもない。

 シアが言っている事の意味が本気で分からないという、無理解の顔だった。そして、シアがその表情の意味について考えるより早く、優が口を開く。


「シアさんは格好良いですよ?」


 シアが先週、責任を取って死を選ぼうとしていたことを知らない優。彼から見れば、魔獣を一撃で倒して見せるその魔法も、きれいなマナの色も、前回油断したことを気に病んで、今回は必死で警戒しようと努力する様も、格好良いと思っていた。

 唐突な称賛に、2度3度、瞬きをしたシアが、聞き間違いではないかを確認する。


「私が……ですか?」


 その表情と態度は先週、シアがイノシシの魔獣を倒した時に見せたものとそっくりだ。それが可笑おかしくて、笑ってしまいそうになるのを必死に堪えながら優は頷いて見せる。


「はい。全てを自分のせいだと背負い込んで、それでも立ち止まらない。そして、それを解決するための努力をしようとしてるんですから」


 優にとって“格好良い”は、そうありたいという目標であり、いわば理想だ。そしてシアは彼にとって“格好良い”のだ。自分の目指す理想を体現している。それを誇ってほしいと、優は思う。

 シアだけではない。優が格好良いと思う天や春樹は、目に見える具体的な目標なのだ。明確な目標があるからこそ彼らから学び、前に進むことが出来る。シアを褒めたのはある意味で、優のわがままでもあった。


「私が、格好良い……?」


 そんな彼の言葉を受けて、驚いた表情を見せたシア。しかし、そんなはずはないということを、誰よりもシア自身が知っている。


 ――そんなはずありません。私が格好良いなんて、ありえない。


 シアがそう言おうとしたその時、その頬を冷たい雫が伝った。


「雨?」


 シアが漏らした声に、優も空を見上げる。ついに曇天が雨天へと変わり始めたのだ。


「前の演習のこともありますし、一度戻りましょうか」

「……はい。その前に念のため、〈探査〉をしておきます」


 白く美しいマナが木々の間を走査していく様に改めて感動しながら、優も念のため空を見上げる。というのも、〈探査〉は地表付近を調べる魔法だ。探索できる高さは使用者によって変わる。先週、ザスタが使った力任せのものでようやく10mほど。一般人ならその半分の高さでも怪しい。つまり、上空や地中などは調べることが出来ないという性質を持っていた。

 と、空を見上げた優はそこに小さな影を発見する。方角は優たちから見て西――内地側になるだろう。このご時世。飛行機よりも魔獣が飛んでいる可能性の方が高い。試しに〈身体強化〉で視力を強化し、その影を見てみる。はっきりとは分からないが、少なくとも飛行機やヘリコプターではない。


 ――つまりは、魔獣だろうな。


 それがまっすぐ。第三校の敷地に向けて落ちて来ているのを、優は目視だけでどうにか確認したのだった。。


「周囲100mほど、境界線までの道に魔獣はいません」


 シアが優に報告する。対する優も、自身が見たものを伝えた。


「シアさん。恐らく、魔獣です。方角は西、第三校方向」

「本当ですか?! でも〈探査〉には……」

「今回は空からですね。魔獣も食べるために必死ですから」


 〈探査〉のについてはシアも習っている。すぐに優の言った方向の空を見上げて、魔獣らしき影が落ちてきている様を確認した。


「でも、今回は大丈夫ですよね? だってあの場所には……」


 魔獣が落ちて行く場所には進藤や教員たち正規の特派員がいる。彼らなら討伐できるだろうし、もし彼らでも倒せないのであれば自分たち学生が対処できる相手ではない。

 不安と期待、半々の顔で言ったシアの言葉に、優は苦笑するしかない。


「それこそ、信じるしかありません」

「しん、じる……。あっ」


 先週の外地演習の終わり際のやり取りを引き合いに出した優にシアがムッとした表情を浮かべる。


「優さん、やっぱりちょっと意地悪ですね」

「すみません。ですが先週のシアさんが可愛かったので」

「かわっ?! よくもそんなこと、恥ずかしげもなく言えますね?!」

「『ありがとう』と『ごめんなさい』。それから褒め言葉は口にしなさい。俺と天が両親から言われている事です」


 顔を赤くして憤慨するシアに、特段恥ずかしげもなく優は答える。いつだって公開の無いように。魔獣あふれる今だからこそ、神代家で大切されてきた基本理念だった。


「ひとまず、境界線まで引き返しましょう。外地に残るのは危険なので」

「……了解です」


 優の提案に、むくれながらも頷いたシア。〈身体強化〉を使って、ものの数秒で境界線まで引き返す。そこに居た全員が、もうすでに、落ちてくる魔獣を認識している様子だった。

 興味、もしくは不安。おおよそがそのどちらかを持って、空を見つめる学生たち。そして、魔獣の落下予想地点となる運動場では、進藤たちが準備万端で構えていた。

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