第4話 救われる思い

 梅雨はもう少し先だというのに、今日も太陽は姿を見せない。第三校の東側に広がる森には先週同様、どこか薄暗い雰囲気が漂っている。そんな中、9期生全員が参加する外地演習は2回目を迎えていた。


「先週、魔獣が出現したのは記憶に新しいと思います。ですが皆さんは仮にも特派員を目指す学生で――」


 学生たちが見上げる朝礼台には、3人の教員が立っている。前回魔獣が出現したこともあって、今回は監督役の教員が増員されていた。

 つつがなくセル決めも終わり、


「それでは、各員。外地演習に取り組むように」


 そんな教員の指示で、学生たちは再び外地へと足を踏み入れる。しかし、学生のほとんどが魔獣を警戒し、内地に近い境界線付近で魔法の練習をしていた。


「今度は俺が、〈探査〉してみますね」

「はい、よろしくお願いします」


 優とシア。2人のセルは、境界線から50mほどの位置にいた。

 優は前回の演習同様、青の長袖長ズボンのジャージスタイル。他方、今日のシアは黒地にいくつかの白いラインが走る、上下シンプルなジャージ姿。前回着ていた中学時代の緑ジャージは破れてしまったため、第三校のコンビニで新調したのだった。

 〈探査〉を終えた優が相方のシアへ手短に情報を伝え、少しずつ前進する。そんな2人の間に、これと言って会話は無い。〈探査〉に警戒と、あまり話をする余裕が無いこと。また、お互いまだ、距離感を測りかねていることが大きかった。


 ――これで、良かったんでしょうか。


 とはいえ、何事もないまま時間が経つにつれて心に余裕が生まれ、考えないようにしていたことが気になってくる。例えばシアの場合、優が勢いで今回、自分に命を預けることになったのではないかという、そんな懸念がふつふつと湧いて来ていた。


「……えっと、優さんは私と一緒にセルを組んで大丈夫だったんですか? 私は、その、天人なので……」


 周囲に目を配りながら、優に尋ねたシア。激しい運動をしたわけでもないが、額にはじんわりと汗がにじんでいる。緊張と気まずさが入り混じったその汗は、まさにシアの心の全てを物語っていた。


「もちろんです。啓示の影響も気にしないでください。俺から誘っておいて、シアさんと一緒は不本意だとか。そんな失礼なこと、絶対に無いですよ」


 あまり表情を変えない優が少しだけ口角を上げて言う。どこか不器用なその笑顔はむしろ、優の言葉が本心なのだとシアを安心させる。


「シアさんこそ、どうして俺と? 魔力低いですし、知っての通りマナの色も無色です」


 今度は優がシアに質問を返す。会話はキャッチボール。先ほど着替えている時に、春樹に言われた言葉を思い出したからだった。しかし、優から投げ返された質問の意図がわからず、シアは綺麗な眉根を寄せる。


「えっと、それがどうしたんですか?」

「……一応教えておくと、無色は犯罪色とも言われています」


 優のマナの色は無色のマナと呼ばれるもので、その名の通り無色透明だ。魔法を使っても視認できず、人間相手には気づかれない。〈創造〉で創り出した武器もまた、透明になる。その性質を利用して、過去、無色のマナだった人物が魔法による無差別大量殺人を行なった事件があった。

 しかも、無色のマナ持ちは総じて魔力が低く、特派員をはじめとした魔法系の職業には向かない。例外的に、各国のいわゆる暗殺者と呼ばれる人々に、無色のマナ持ちが多いことは有名な話。


 ――そうして付けられた蔑称が『犯罪色』や『殺人色』、だったか?


 人を殺すことに特化した色だというのが、世間の認識だった。

 そんな理由もあって、犯罪色を持つ優は色々と避けられてきた。小中学校ではクラスメイトたちの警戒を解くのにまず数か月、という感じだ。クラス替えをして、授業で魔法を使う度に同じことの繰り返し。中学の頃には大丈夫なのだと伝えて歩み寄ることを半ば諦めてもいた。


 ――だからって中二病に走った俺……。格好悪すぎだな。


 やるせなさから格好良さを勘違いし、患った中二病。奇行を繰り返していた苦い思い出を振り返っていた優に、


「でも、その人はその人ですよね? 優さんは、優さんです。私はあなたと一緒にセルを組んでみたいと思ったんですよ、神代優さん」


 当たり前のことだと、シアは言い切る。シアの脳裏に思い出されるのは、先週の外地演習だ。自身の啓示が作り出したと思われる絶望的な状況を、優が変えてくれた。

 諦めて、死を選ぼうとしていたシアの手を取ってくれたあの温かな手。しかも優は、シアが一緒にセルを組んでみたいと思っていた天の兄だったのだ。


 ――これこそ、自分が密かに憧れていた“運命の出会い”なのかもしれない。


 それを確かめる機会があればいいな、と、そう思っていたのだった。けれどもそれを口にはしないし、できない。この年にもなって運命の出会いに焦がれているなど、シアは恥ずかしすぎて誰にも言えなかった。


「なるほど……?」


 結果、優からすれば一緒にセルを組もうとしていた理由はイマイチ謎のままに終わる。それでも、コンプレックスでもある無色のマナを気にしていないシアの態度に、ふっと心が軽くなる。そうして肩の力が抜けた優の脳内で、


『優さんは優さんです』


 先ほどシアが断言した言葉が反響する。無色のマナだからと警戒されてきた優。一方でシアも、天人だからと敬遠されたり、言葉や行動の裏を深読みされたりしてきたのかもしれない。自分がされてきたようなことを、優自身もしていた。シアを1人の“人”ではなく天人としてまとめ、見ていたのだ。


 ――結局俺も、同じことをしてしまっていたんだな。


 そう、自嘲じちょうしそうになった自分を、優は首を振って否定する。

 これまでも優は、数えきれない失敗をしてきた。反省こそすれ、同じ失敗を繰り返さないことの方が大切だということも知っている。思い描く理想に届いていない自分に、格好悪く、後悔して立ち止まっている時間は無い。


 ――じゃあ今、俺がするべきこと、したいことはなんだ?


 改めて、優は考える。一緒にセルを組んだなら、シアという人物をもっと知りたい、知るべきだろうと。


「開始から30分経ちましたし、休憩にしましょう」

「……はい」


 シアが同意したことを確認して、優は木陰に腰を下ろし、体を休める。このまま優は話し合う場を作って、もう少しだけ『シア』という人物を知ろうと思っていた。

 ところが、優とは対照的に、少ししてもシアは立ったままだ。


「シアさんも、定期的に休憩を取った方がいいですよ」

「はい。優さんはそのまま休んでいてください。私はまだ大丈夫です」


 外地に来て以来、シアはずっと緊張感を持って行動している。会話をするときも、時々優の顔を見て話す以外は必ず周囲に目を向けていた。

 緊張とは集中しているということでもある。可能なら常に集中していたいところだが、えてして上手くいかない。だからこそ、メリハリが大事なのだと優は考えている。休むべき時に休んで、必要な時に備えておく。


 ――やっぱりシアさんは、責任感が強すぎる……よな。


 優が見るに、シアは前回の魔獣の出現が自分のせいだと責任を感じている節がある。このまま気負った状態を続けて、いざという時に正しく行動ができるとは思えなかった。

 どう言えば、シアは休んでくれるだろうか。優は思考を巡らせる。

 誰かに何かを伝えるときは内容以上に、その伝え方が大事なのだと母親の聡美さとみが言っていた。たとえ正しいことを言っても、伝え方次第では聞いてもらえない。それは辛いことだし、勿体ないことだとも言っていた。

 どういえば、優の気持ちがシアに届くか。不器用ながら懸命に考えて、優は口を開いた。


「やっぱり、俺の気が休まりません。何かあった時に正しい判断をするためにも、休んでくれませんか?」


 意識すべきはシアの良心に訴えること。自分のせいで。そう考えがちな彼女の気質を、悪いと思いながらも利用することにした。そうしてまでも、優は彼女に休んで欲しかった。

 そんな優のが、結果的には功を奏する。


「……わかりました。では、少しだけ」


 一度静かに目を閉じたシアが、ようやく緊張を解く。そして、申し訳なさそうに優の近くに腰を下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る