第7話 祭りの前に

 季節は流れて11月3日。山の頂に位置する第三校周辺の木々が衣替えを始める。翌日に三校祭を控えたその日の放課後。優は湯浅ゆあさ健吾けんご含む同級生男子と一緒に、机の搬入・搬出を行なっていた。その理由はもちろん、明後日に開かれるメイド喫茶のためだ。


「神代、改めてありがとうな。シアさんを誘ってくれて」


 優と一緒に長机を運ぶ湯浅が、色々な意味で強力な助っ人になるシアを引き入れた優に感謝の言葉を口にする。


「いや、そのお礼はシアさんに言ってくれ。参加すると決めたのはシアさんだからな。……指挟むなよ」


 廊下に搬出した机を置きながら、自分の手柄ではないことを優は示す。


「もちろん本人にも言ったし、後で改めて言っておく。それでも、多分お前じゃないとシアさんを呼べなかっただろうからな」

「……まぁ、同じセルだしな」


 自惚うぬぼれではなく、事実として。優はシアに“主人公”として選んでもらっている立場だ。他の同級生に比べて、自分がシアに対して影響力があることを自覚している。むしろ、シアの権能を引き出せる唯一の存在であることを自覚して、日々努力を重ねなければならなかった。

 まだ6台残っている机を運び出すために、教室へと戻る優と湯浅。


「本当に付き合ってないんだよな?」

「俺がシアさんと? 何度も言うが、あり得ない。それに俺にも好きな人くらい居る」


 聞き飽きた湯浅の問いかけに、優は春野の姿を思い浮かべながら答える。こうして優が積極的に文化祭に参加したいと思うのも、見栄を張って春野についた嘘がきっかけだ。


「シアさんと妹さんが居るのにか? 贅沢な奴め」

「いや、天とは兄妹だろ」


 やれやれと言う態度を見せる湯浅に対して、優の方も大きくため息をつく。そうして改めて冷めた目で湯浅健吾という男子学生を見る。坊主頭に腕を中心としてついた筋肉。身長こそ優と変わらないものの、体格は優より1回り以上がっしりとした印象の青年だった。


「というより、俺の方こそ企画に参加させてくれてありがとうな。彼女さん……由比ゆいさんにも伝えておいてくれ」

「おう。いやまぁ、シアさんの参加を俺以上に喜んでたのがあいつだからな」

「アタシがどうかしたの?」

「「おわっ?!」」


 噂をすれば影が差す。話に出ていた本人の登場に、驚いて危うく机を落としそうになった優と湯浅。そんな2人の様子がおかしかったのか、由比が腹を抱えて笑う。派手な色に染めた髪に、派手な色合いのネイル。私服としてどこかのブレザー制服を着こなす彼女は、由比ゆい莉奈りな。今回のメイド喫茶の企画人であり、被服部に所属する女子学生だった。


「あははっ、2人ともキョドりすぎでしょっ」

「いや、莉奈りなこそ笑いすぎな! ……てか、何しに来たんだよ? 女子は採寸と仕上げだろ?」

「ん? みんなが着替えてる間暇だから、見に来た感じ。一応ほら、私、『責任者』だし?」


 恋人の関係にある湯浅と由比のやり取りを、優は心の距離を置きながら見つめる。全体的に派手かつ大雑把な由比ゆいという女子学生を、優は少しだけ苦手としていた。


「それで、莉奈。配置はどうするよ? 長机も椅子も、どれくらい残すのか知っておきたい」

「ん? あ、そっか。言い忘れてた! ちょい待ち」


 おい責任者、報連相は特派員の基本だろ。そうツッコミたい気持ちを全力で抑え込む優の葛藤などつゆ知らず、当日の机と椅子の配置を書いた紙を由比がリュックの中から取り出す。


「あった、これこれ」


 若干ヨレヨレになった状態で由比の黄色いリュックから出て来たのは企画書だ。そこには当日の教室内の机の配置などが記載されているのだが、教務棟で貸し出されている正方形の机が10台ほど書かれていた。


「待て、莉奈。これって長机じゃないのか?」


 この場には無い形をしている机を指で示しながら、男子を代表して湯浅が由比に尋ねる。


「違うよ? 四角いヤツ。あ、机はちゃんと申請してるから、そこは安心してね~」

「そうか、それは良かった。。……じゃないんだよな。これ、今から取りに行くのか?」

「……ごめんねっ? 任せた、男子!」

「「……」」


 手を合わせてあざとく片目をつむって言った由比に、その場にいた男子全員が沈黙を返す。

 教務棟とA棟は渡り廊下で繋がっている。とは言え、優たちが居るのはかなり教務棟から離れた場所だ。優と湯浅、ほか被服部の男子は全員で6名。1人で1つ運んだとしても、かなりの手間と時間がかかる。男子陣がげんなりした顔を浮かべたのは言うまでもない。


「みんな、悪い。本人に悪気は無いんだ」

「あはは、ごめんね~。でもほら、困ったときはお互い様だから」

「……本当に、悪気は、無いんだ」


 必死で彼女ゆいを庇う湯浅の方に同情する形で、男子も渋々作業を再開する。時刻は7時をとうに回っており、空はとっくに暗くなっている。教務棟から机を受け取るために優が校内を歩いてみると、意外に多くの学生と教職員・研究者が文化祭の準備に励んでいた。


「大変そうだな」


 優のその感想は、遅くまで残って準備をしている人々に向けたものだ。しかし、隣に居た湯浅は由比の奔放さに向けた愚痴だと受け取る。


「あれでもいい奴なんだぞ? 手先も器用で、可愛い」


 唐突に始まった湯浅の惚気のろけに「どうした?」と心の中で思いつつも、ひとまず優は聞き流すことにする。


「しゃーないな。莉奈が悪く思われたままなのも嫌だし、良いところを教えてやるか」

「いや、聞いてない。聞きたくない」


 これと言って興味もない話をされても困る優は、見えない言葉のナイフでバッサリと話を断ち切る。それでも話し始めた湯浅に食傷気味になりながら、教務棟前の文化祭設営本部で机を含めた備品を受け取る。


「ああ見えて特派員としては真面目でさ。夏休み中も――」


 うんぬんかんぬん。熱血漢なところがある湯浅の止まらない惚気を優は一方的に垂れ流される。いつもこうなのか尋ねようと周囲を見た優だが、同じく机を取りに行っていたはずの他の男子の姿はない。


「あいつら、逃げたな」


 優よりも湯浅との付き合いが長い他の男子は、こうなることを予測してさっさと逃げおおせていたのだった。


「聞いてるか、神代。莉奈も実は真面目でさ」

「それは分かってる。ネイルをしていても爪は短く整えられてたし、ピアスの穴もあったけどピアスはしてなかった。柔軟剤の匂いはしたけど、香水もつけてない。ちゃんとしてるのは分かってる」

「お、おう……。そうか」


 恋人をよく言われて満足した湯浅が、そこでようやく黙る。ほっと息を吐いた優は、改めて先ほど見た由比莉奈という女子学生の姿を思い出す。少し派手な外見の由比だが、任務に支障のない範囲でのおしゃれであり、最低限、特派員として守るべきところは守っているように見えた。

 第三校に来て以来、天に口酸っぱく言われてきた容姿の観察。


『特に女子に対しては。見えない努力も見てあげて。兄さん、無色だからそういうの得意でしょ?』


 そう言われ続けてはや半年。ようやく優にも、服装などに気を向けるデリカシーが身につき始めていた。

 15分ほどかけて机を運び込むと、今度は丁寧に書き込まれた由比の企画書に従って机と椅子を配置していく。従業員が休憩したり、コーヒーを淹れたりする裏方のスペースは暗幕で区切る。作業用の机は教室にあった長机を、客が使う机には四角い机を。1テーブルにつき椅子は4つなどなど。


「これは、こっちか。窓際に2人席を4つで……」

水戸みとは黒板をキレイにしといてくれ。『朝デコるからよろ』らしいぞ~」


 企画書に書かれた軽い文言以外は、きちんと書き込まれている。湯浅が言っていた由比の真面目さがでているのかもしれないと、優も指示通り机の微調整をしていく。


「神代ー! 悪いけどそこのガムテープガムテ取ってー」

「了解。……暗幕って結構重そうだが、テープだけで止められそうか?」

「待って、試してみる。……うわ、壁だと無理だ」

「じゃあ、窓枠とかはどうだ? 多分粘着力が高まると思うんだが――」


 優が話しているのは別のクラスの男子学生だ。気まずさを覚えたのは最初だけで、後は同じ9期生としての一体感と男子同士の気の置けなさで、今では気楽に接することが出来る。文化祭に参加しようと思わなければあり得なかっただろう出会い。それだけで、優は文化祭に主催者側として参加して良かったと思う。


 ――背中を押してくれた春野と、一緒に参加してくれたシアさんには感謝だな。


「ちょ、神代……。はよ、ガムテープ……」

「あ、悪い」


 椅子の上で背伸びをしたままプルプル震えている新しい友人の姿に苦笑しつつ、優は文化祭の準備を満喫するのだった。

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