第7話 リアル脱出ゲーム
シアと果歩を交えた神代家クリスマスイブパーティを終えた、翌日。
優の姿は、大阪環状線大阪駅の中央改札にあった。
今日の彼の装いは、深いブラウンのトップスに、黒のピッタリとしたスラックス。そこに、カーキ色のフード無しモッズコートを羽織り、首にはグレーのマフラーをしている。優が持つ数少ない服の中で、精一杯のおしゃれだった。
『クリスマス』『デート』『コーディネート』『
それら自分の携帯の検索履歴を見ながら、優は1つの検索履歴を指でなぞる。
『大阪』『告白スポット』
昨日の昼。春樹に背を押された優は今日、春野に想いを告げるつもりでいる。検索結果に表れた店はどれも値が張り、しかも予約制。クリスマスという日に空きがあるわけもなかった。
結局、優は帰り際に実行することに決めている。場所は、この後移動する予定である
「後悔、しないように」
天井を眺め、春樹とのオンライン勉強会でのキーワードを口にした優。そんな彼の呟きを拾ったのは、ちょうど今しがた到着したばかりの
「後悔?」
「おわっ!?」
突然現れた想い人に、優は飛び
「ふふっ! お久しぶりです、神代くん」
「お、おう、春野。文化祭ぶり……」
ほっと息を吐いた優は、しかし。春野の姿を改めて確認して、息を飲む。
今日の春野は、全身をニット生地でそろえた格好をしていた。ダボっとした印象のハイネックのベージュ色トップス。ブラウンのニットスカートは、くるぶしまでをしっかりと隠すロング丈。携帯や財布など、荷物を入れるためのポシェットを肩にかけた服装をしている。冬を前に、ネットで見つけた物をマネキン買いしたファッションだった。
ニット特有の柔らかそうな雰囲気。そこに、春野の女性らしい体つきが合わさって、思わず抱き着きたくなる。その衝動を抑えるために、優は再び天井を仰いだ。
「神代くん……? どうかした?」
「いや。春野の服、似合ってるなって。可愛いと思う」
「えへへ、そうかな? ありがとうございます。……って、あっ! そう言えば、わたし、やりたいことがあったんでした!」
そう言って、萌え袖になっている手をぽむっと打ち合わせた春野。優がどうしたのかと見つめる先で、咳ばらいを1つする。そして、やや頬を紅潮させながらはにかむと、
「ま、待った? 神代くん……?」
自分が知るデートの“定番”を、優に仕掛ける。
対する優もオタク趣味を持つため、もちろん、その定番の返しは知っている。しかし、アレは会話の流れで行なう挨拶であり、こうして改めて行なうものではない。
それでも、頬を赤らめながら潤んだ瞳で自分を見つめる春野の期待に負ける形で、
「い、今来たところだ……」
どうにかその言葉を絞り出す。が、久しぶりに感じた羞恥心のせいで、今にも消え入りそうな声になってしまうのだった。
「い、いざこうしてしてみると、恥ずかしくて死にそう……」
「じゃあ頼むからしないでくれ、春野」
「これを平気で行なえるのが、陽キャ……なのかな?」
「分からん」
文化祭ぶりの再会。加えて、告白を決めていた優の緊張が恥ずかしさによって塗り替えられ、程よく冷めていく。
「えっと……。そ、それじゃあ、行きましょう!」
「そうだな」
歩き出した春野の後を追う形で、優のデートは始まる。
「で、春野。どこに行くんだ?」
実は大阪駅で待ち合わせようと提案したのは、春野の方だった。当初、優はイルミネーションがある難波を待ち合わせ場所にしようとしていたのだが、
『ちょっと行きたいところがあるから』『朝10時』『大阪駅集合でどうですか?』『(?のスタンプ)』
そんなメッセージが春野から届いたのだった。その後のやり取りで、春野が午前中と昼食を。優が午後と夕食の場所を決めるという話になっている。
したがって、春野が今から何をしようとしているのか、優は知らなかった。
「ふふんっ、よくぞ聞いてくれました、神代くん!」
問いかけた優に、振り返った春野が腕を組んで胸を張る。ニットのおかげで緩和されていた胸のふくらみの主張に一瞬だけ……ほんの一瞬だけ目をやった優だが、すぐに得意げな春野の顔に目を向けた。
「今日わたしが案内するのは……じゃかじゃかじゃかじゃか、じゃん! リアル脱出ゲーム、です!」
ドラムロール、自分で入れるの可愛いな、と優が春野の言動に逐一ため息を吐く。それでも、すぐに優の興味は面白そうなイベントへと向いていた。
「リアル脱出ゲーム?」
「うん、そう! 神代くんは知ってますか、リアル脱出ゲーム?」
確認してきた春野に、優は頷いて見せる。
リアル脱出ゲームは、その名の通り、制限時間内に仕掛けられた謎や仕掛けを解いて部屋から脱出することを目指すゲームだ。
「実は前からやってみたいなって思ってて。で、昨日調べたら、ちょうど1つだけ空きがあったの。場所はフェップファイブ。そこにある大きなゲームセンターで、年末まで開催されてるやつです」
春野が言った『フェップファイブ』という施設名に、優の鼓動が高鳴る。
実はその建物の屋上には巨大な観覧車があって、大阪の定番デートスポットとして有名な場所だ。
――でも、その横……最上階にあるゲーセンを選ぶのが、春野なんだよな……。
肩ひじ張らず、自然体で。お互いが楽しむことができるような場所を選んだ春野に、優も少しだけ、肩の荷が下りた気分になる。春野と居る時のこの心地よさが、優は好きだった。
「けど、空きがあったのは10時半からので……。だから……」
優は携帯の画面に映る「10:03」の表示を見て、口元を緩める。
「ああ、ちょっとだけ、急ぐか」
「うん!」
こうして優と春野のデートが始まった。
徒歩10分。早速フェップファイブへと移動した2人。
特派員と特警の2人は込み合うエレベーターを無意識に避け、エスカレーターで上階――前面ガラス張りで巨大な観覧車を望むことが出来るフロア――まで移動した。しかし、特段、観覧車に触れることもなく、脇のエレベーターを使って薄暗いゲームセンターへと足を踏み入れる優と春野。ゲームセンターならではの薄暗さと騒がしさが、2人を迎える。
クレーンゲーム、コインゲーム、音ゲーなどなど。景品や楽しそうなデモ画面を掲げて手招きするそれらの誘惑を断ち切りながら奥へ進むと、イベントスペースがある。季節によってイベント内容は変わるのだが、今は春野の調べた通り『クリスマス 閉ざされた洋館からの脱出』が行なわれていた。
が、ここでちょっとしたハプニングが発生する。
「……あ、あれ?」
「どうかしたのか、春野?」
イベントのフライヤーを見て固まった春野に、優が声をかけた。
「わ、わたしの知らない副題が付いてる……?」
春野が指さしたのは、ポップでおしゃれな雰囲気を醸し出しているフライヤーの下部。そこには、おどろおどろしいサンタの絵と共に『~血まみれサンタもいるよ!~』という副題がついていた。
「……なるほど。制限時間内に脱出しないと、このサンタに殺されるって設定なのか」
ただの脱出ゲームではなく、ちょっとしたホラー要素もあるらしい。映画鑑賞が趣味の優にとっては、ありふれた設定で、特に恐怖のようなものは感じない。
しかし、ふと、隣の春野を見てみれば、暗い照明でも分かるほど青ざめていることが分かった。
「もしかしなくても、春野。こういうの苦手なのか?」
「ホラーは大丈夫なんだけど、スプラッターがちょっと苦手で……」
文化祭でも優と一緒にお化け屋敷などを巡っていた春野。幽霊やお化けと言ったホラー自体は苦手ではない。しかし、人が
優の質問に答えながら、春野が改めて携帯でサイトを見てみれば。
「あっ」
昨日、調べた情報の下に「しかし……」という文言のリンクがある。飛んでみれば、フライヤーに書かれている通り、近隣の村々で子供を殺し回っている血まみれサンタが洋館に逃げ込んでいるという裏設定が表示された。
「脱出ゲームの触りと予約状況だけを見てたから、見逃してた……」
「あー、ね……。じゃあ、やめとこうか。キャンセル料は俺が持つ」
そのまま、手近なクレーンゲームでもしようかと、脱出ゲームの入り口から立ち去ろうとした優を、
「だ、大丈夫!」
春野が引き留めた。
「クリアすれば、問題ない。そのはずです」
「え、でもだな……」
優は知っている。この手のお金を払って挑戦する脱出ゲームは、しっかりと仕掛けも問題も練られていることが多い。一般人では、脱出できない割合の方が高いのだ。つまり、血まみれサンタに遭遇する可能性の方が高いということ。
春野の心情を
「い、いけると思います! わたし、こういう謎解きみたいなの、得意だから!」
ぎゅっと拳を握り、優に覚悟を示して見せる。
春野としても、このまま優とゲームをするのも悪くないと思っている。
しかし、春野は、優と一緒に何かを成し遂げたという経験が欲しかった。特警になる道を選んだために、優と共に戦うことは出来ない。だからこそ、例え遊びでも、優と一緒に戦ったのだと。胸を張って言える思い出が欲しかった。
そんな春野の覚悟が込められた視線に、
「……分かった」
優も応えて見せる。
「出来る限り、サポートする」
「うんっ! 頼りにしてるね」
まるで戦いの場に行くかのように大袈裟な会話を繰り広げる優と春野の姿に、
「入り口はこちらで~す」
受付の店員が笑顔で脱出ゲームの入り口を示す。言外に「時間も押してるから、さっさと入れやこのバカップル」という意味が含まれていたことは言うまでもない。
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