第4話 星座のように

 どっぷりと日も暮れた第三校すぐそばの国道。

 帰るべき場所がすぐそこにあるのに。安全な場所が、そこにあるのに。

 優たちは、決死の戦いを迫られていた。


 天が倒れ、もはや十分に戦えるのは春樹だけ。

 しかし、当然、彼1人で魔人を相手取るにはマナも技術も、経験も足りていない。

 触手の魔人との戦いで彼が戦えたのも、奇跡のようなものだった。


 理由のない奇跡など、ありはしない。

 もしあるのなら、西方は生きているはずだと優は思う。あるいは理由さえあれば奇跡が起こり、西方は生き返るのではないかと。

 長嶋一夜ながしまひとよが生き延びたこと、果歩の無事。奇跡に見えるその全てには、裏があった。


 人事を尽くして天命を待つ。

 奇跡には理由が必要なのだ。ゆえに優は今できること全て――諦めず、手を伸ばし、考えることを止めない。




 「常坂さんは果歩ちゃんを連れて今すぐ〈身体強化〉で第三校へ。全速力で助けを呼んできてください」


 こんな時でも戦えと言わない優しい仲間に、強く己が身を抱き締める常坂。

 彼の言葉は事実上、逃げろと言っているのと同じ。しかも、あえてその言葉を使わず、罪悪感を覚えないように言ってくれている。


 「常坂さん、早く!」


 言った少年が無謀にも駆け出す。彼にもう、マナなど残っていない。


 「行くぞ、優! オレが先行する!」


 口下手な自分を何度も気遣ってくれた優しい少年も、立ち向かう。憧れだと語った存在と肩を並べて。


 「わたしじゃない、私は……」


 戦えない。だから仕方ない。自分に言い聞かせる常坂の背を、


 「大丈夫です! 優さんと春樹さん、それに天人の私だっているんです! ……だから果歩ちゃんを連れて、行ってください」


 気丈にふるまう天人の友人が押してくれる。護りたい、小さな手を渡しながら。

 魔力切れから目覚めてすぐの強行軍。シアの笑顔には無理がにじんでいる。

 しかし、諦めの色は一切無い。優を、春樹を、常坂を。仲間を信じて疑わない、そんな決然とした表情だった。


 常坂がいつもの癖で伸ばした腕が、腰に垂れ下がる割れたお面を撫でる。

 水たまりに映っていた、情けない自分。それを変えたくて、変わりたくて特派員になったのに。

 こうして命懸けの任務を共にした仲間が死に瀕していても、自分は変われない。

 魔獣を、魔人を、殺せない。


 でも――。


 今の自分にも価値があると、できることがあると、言ってくれた人が居るから。


 「行ってください! 早く!」

 「嫌だ!」

 「どうしてですか?! 早くしないと、皆さんが――」


 シアの叫びに首を振る常坂。乾いて外にはね始めた彼女のくせ毛が揺れる。わがままを言う子供に言い聞かせるように、シアが常坂の顔を覗き込む。

 交錯する濃紺色の藍色の瞳。

 思えば、いつもは伏し目がちな常坂と、お面を挟まずに目を合わせるのは初めてだった。そして、ようやく見えるようになった常坂の素顔には、何か考えがあるように見えた。


 すぐに目線を切られてしまったが、シアは常坂の答えを待つことにする。


 「わ、私がここから、助けを呼ぶから……っ!」

 「ここから、ですか? でも、どうやって――」


 シアから身を離し、小さく息を吐いてイメージを固める常坂。


 常坂は魔獣や魔人を、動物や人と変わりなく思っている。だから彼らを悪と思えず、斬ることが出来ない。

 裏を返せば、それらを前にしても特段、焦りは無いのだ。加えて、外地で暮らしていたことや、マナを残していることが現状を冷静かつ俯瞰的に見せてくれていた。


 つまり、優たちには見えていない方法や景色を、彼女だけは見ることが出来ている。

 たとえ今の自分に“悪”を斬ることが出来なくても。

 もう1人の自分のように戦場に立ち、格好良く立ち回ることが出来なくても。

 それでも、戦場から一歩引いて俯瞰した自分だからこそ、できることがある。そう、教わったから。


 万感の思いを込めながら目一杯吸い込んだ息を、精一杯の想いと共に吐き出す。


 「――〈探査〉ぁぁぁ!」


 全力全開の藤色のマナが周囲一帯のみならず空高くまで瞬く間に広がり、霧散した。


 常坂が行なったのは、ただの〈探査〉。特派員にとっては日常であり、緊急事態を知らせるには至らない。

 それが外地であれば。


 「そうか! ここはもう――」


 驚きの声を上げたのは優。

 長い時間、外地にいたせいで見落としていた。第三校に向かう登り坂があるということは、今自分たちがいるのは内地。

 内地で魔法を使うことは原則、禁じられている。


 ただし、唯一、例外として認められているのは緊急事態。つまり、魔獣との戦闘のときだった。

 そして、ここは優秀な特派員たちを育成する第三校のすぐそばで――。


 「――何かありましたかー?」


 最初に駆けつけてきたのは、坂の途中にある、車で来た来客者用の詰め所にいる職員たち。

 その後に続くように、以上を察した教職員たちがマナの光を纏いながら、駆けてくる。そしてさらに、その後方には――


 「いたよ! シアさん達!」

 「瀬戸、迎えに来たぞ」

 「神代、大丈夫かー?」


 〈身体強化〉を使用した学生たちも駆けてくる。

 優たちが今日、任務に行くことを知っていた友人たちだった。


 彼ら彼女ら全員が、頼れる特派員たち。魔人1人を相手するにはあまりに過剰で、頼りになりすぎる人々だ。

 優たちの姿を認め、緊急事態を察した彼ら。すぐに〈魔弾〉を使って魔人をけん制し、その間に臨戦態勢を整える。


 『まぁたた、ここれかよよよ!』


 森で優と天と戦った時も、今回も。増援のせいで“お預け”を食らうことになった魔人がてんを仰いだ。


 「今度こそ、俺たちの勝ちだ!」


 この場にいる全員が諦めなかったおかげで勝ち取った結果に、叫ぶ。

 あとは、魔人を彼らに任せよう。そう思って振り向いた優。けれどもそこにはもう、魔人の姿は無い。


 (また、逃げられたか……。でも今は――)


 「シアさん、よくぞ御無事で!」

 「瀬戸、遅かったな。何かあったんか?」

 「やっと帰って来たのか。心配してたんだぞ?」


 口々に言って出迎えてくれた友人たちに感謝するべきだろう。


 優たちが今日、任務に赴くことを知っていた友人たち。

 なかなか帰ってこない彼らを心配して、教務課任務係の夜間受付に詰めかけていたようだった。


 自分だけでなく、全員が紡いできた“繋がり”。

 その数の多さと心強さはこれ以上ない。


 見上げた夜空には瞬く星々。

 1つ1つが支え合うように集まって、大きな光の潮流――天の川を作っている。


 「綺麗だな」


 届かないと分かっていても、手を伸ばす。

 大切な時に仲間を頼ることができる特派員になろうと、改めて誓う優だった。

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