第10話 比肩

 庭に目をやりながら春樹が天と、彼女の兄の優について考えていた時。


 「あ、あの……」


 そう言って話しかけてきたのは常坂だった。


 「あ、悪い。考えごとしてた。どうした、常坂さん?」

 「い、いえ。その、どこか顔がこわばっていたので……」

 「そっか。気づかなかった。心配かけたな」


 今は天が探索中で、春樹と常坂は民家のリビングで休憩中。

 かなりの人見知りだろうと、気を使って話しかけないようにしていた春樹だったが、折角だと気になっていたことを聞いてみた。


 「常坂さん、どうしてついて来てくれたんだ? 多分だけど、人見知りだろ?」

 「あ、あの、えぇっと……」

 「いや、話しづらいならいいんだ」


 その場合は連携のために魔法についてでも話そうか。そんなことを考える春樹。

 しかし、ぐっと拳を握りしめた常坂は、


 「わ、私、変わりたいんです」


 顔を上げ、春樹を真っ直ぐに見て言った。

 外にはねるクセ毛が揺れて、深い藍色の瞳が覗く。


 「変わりたい、って言うと……?」

 「その、瀬戸せとさんの言う通り、私、人見知りで――」


 はじめて名前を呼ばれたことに春樹は驚きつつも、彼女の言葉を傾聴する。


 「で、でも。特派員になったら、いろんな人と話さないといけないので……」


 そう考えていた折、タイミングよく天に誘われた、ということらしかった。


 「それに、私、魔獣が殺せなくて……」

 「……なんでか聞いていいか?」


 常坂はここに来る途中、3体もの魔獣を瞬く間に討伐していた。

 しかし、その後、彼女が見せた疲れ切った表情と言葉、何よりお面を見れば、そこに何か理由があると春樹は踏んでいる。


 「外地育ちの私にとって、魔獣も、生き物だから……です」

 「って言うと、さっきのイノシシと魔獣が同じってことになるわけか」


 言いたいことを的確に読み取るその質問に目を見開いた常坂は、


 「そ、そうです。私、どうしても彼らが“悪”だとは思えなくて」

 「まあ、曲がりなりにも生きている、とも言えるもんな」


 他者を殺し、その命を糧として生きているという点では、人間も、動物も、魔獣も変わらない。常坂はそう言いたいのだろう。


 「なら、どうして特派員に?」


 動物と同じものとして魔獣を見てしまう。だから、魔獣を殺せない。

 だとするならば、どうして魔獣を殺す特派員を目指すのか。


 そんな春樹の問いに、うつむいた常坂。

 踏み込み過ぎたか? という春樹の迷いが、謝罪の言葉として現れようとした直前。


 「それでも人を、守りたいからです」


 これまでにない程はっきりした声で、常坂は言った。


 「常坂の家に生まれたことは、私にとっての誇りです。先代たちは、人を活かすために悪を斬ってきました」

 「……そう言えば、剣術の家に生まれたんだったか?」

 「はい。名を変えて、形を変えて、300年以上、時代に合った剣術を編み出し、磨いてきたと聞いています」


 大好きなことを語る彼女は、いつになく饒舌で紡がれる言葉には、熱量がこもっている。

 その姿に春樹は、天について語る優、あるいは先日、優について語ったシアを重ねていた。


 「私も誇りある彼らに倣いたい。肩を並べたい。悪を斬って、人々を守りたい、の、です……けど」


 尻すぼみになった理由は、彼女の中で“悪”が見つかっていないからだと、春樹は推測する。

 彼女に答えを示すことは、春樹にはできない。しかし、同意はできた。


 「肩を並べたい、か……。それについては、オレもわかる気がするな」

 「え? ……ひょっとして、瀬戸君にもそういった方が――」


 言いながらふと、常坂には思い当たった。


 「神代さん、ですね?」

 「まあ、そうだな。天はもちろん優も、だけど」

 「お兄さんの方もですか?」


 常坂の素直で、不躾な反応に苦笑する春樹。

 確かに身内贔屓のバイアスはかかっているかもしれない。


 「常坂さんもいずれわかる」

 「そういうものでしょうか」

 「おう。……多分な」


 夏の暑さか、照れなのか。少し顔を赤くしながら笑う春樹の顔が眩しくて、常坂は思わず俯いてしまう。

 1人、道場で剣術の稽古を続けてきた彼女。

 これほど、しかも異性と話したのは初めてだった。


 春樹との会話の合間。静寂に、彼女が気まずさを覚えなくなったころ。


 「――誰」


 背後に感じた気配。

 ソファから瞬時に下りて、振り向きざま左膝をつく。10年以上も繰り返してきた所作に一切の淀みはない。

 そのまま居合の要領で左から右に腕を振り、〈創造〉を――


 「ストップ、ストップ!」


 しようとしたところで、背後にいた――今は正面にいる――天の声が聞こえた。

 同時に腕を止め、藤色のマナの放出を止める。


 「神代さん……、驚かさないでください」


 常坂が膝立ちの状態から立ち上がり、ひと段落と言ったところで春樹が声をかける。


 「おう、天。どうだった?」

 「何もなし、空振り。一応、アルバム? みたいなのはあったけど、それだけ。それより……」


 言って呆れた目で常坂を見る天。


 「悪、切れるんじゃん! 私、悪じゃないけど……いや、背中側に立ったのは悪かった、かな? それは、ごめんなさい」

 「あ、いえ。私こそ確認もせず切りかかっちゃって、ごめん――」


 はたと、常坂は気付いた。今の言いぶりはまるで、自分が魔獣を“悪”だと認識できないという話を知っているようで。


 「神代さん、ひょっとして瀬戸さんと私の会話……」

 「……ごめんね? それより、次行こう。私は休まなくても、大丈夫だから」

 「あ、天、待てって」


 常坂の問いに苦笑した天はそのまま、軽い足取りで外に出て行く。その後を追う春樹。


 2人に倣い、常坂も家を後にする。

 狭い家の中、聞いたというより聞こえてしまったのだろうと思う反面。

 神代天という一般人の女の子に背後を取られるほど気を抜いていた自分を反省する、クセ毛猫背の少女だった。

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