第9話 己が罪を抱いて
時が止まったような白黒の世界で、優とシア。そして西方だけが色を持ち、動いている。その人が生きて来た人生を、“在り方”を記録しているマナを通して垣間見るシアの権能。それが彼女の強い感情とリンクして、死者と会話するという奇跡を起こしていた。
感謝を伝え、袖を濡らす優の姿に微笑む西方。そんな彼に、シアも声をかける。
「西方さん……」
『シアさん。泣いてくれて、ありがとうございます』
「当たり前じゃないですか! だって、私のせいで西方さんが……。私が、あなたを……」
拳を握り、
『そう思ってくれるんでしたら、良ければ僕の事、覚えていてください』
「……え?」
『シアさんは【物語】を司っているみたいだから。僕が生きた
それが西方がシアに与えた罰。そこには想い人の中に少しでも長くとどまっていたいという、秘密の狙いもあった。
もちろん自罰の意識に飲まれるシアがそんな西方の最期の狙いに気付くはずもなく。
「わかりました。【運命】と【物語】を司る
シアは力強く頷いて見せる。それからもう1つ。彼女には伝えなければならないことがあった。
それはうやむやになってしまった西方への“答え”。これが最期であるというのなら、きちんと彼には答えを示したかったのだ。
天井を見上げ、涙を
西方に歩み寄り、そっと耳打ちをする。
「……それから、好きだと言ってくれてありがとうございました」
好きな人。そうでなくても美人への免疫が無い西方が耳まで赤くして頷く。同時に、その先に待つ答えに耳を傾ける。おおよそ見当がついてしまう、悲しいまでのその返答を。
「ですが、ごめんなさい。西方さんの想いには、お応えできません」
案の定、だった。振られた理由は聞かない。聞きたくないし、恐らく聞いても明確な答えは無いのだろうと、西方は申し訳なさそうにしている少女を見て思う。
『あはは……残念です。でも、わかりました。答えをくれて、ありがとうございました! あ、でもこれだけは最後に言わせてください――』
しかし、これだけは言っておきたかった。あるいは、この未練こそ、自分がこうしてここにいる理由である気がしたから。事実、モノクロの世界が揺らぎ、崩壊し始めている。夢から覚める時間だ。
「はい。何ですか?」
吐き出されるだろう糾弾の言葉を、それでも受け止めて見せる。そう思っているだろう、真っ直ぐに自分を見つめ返す紺色の瞳に向かって。残されたわずかな時間を使って、自分が彼女の中に少しでも残っていられるように足掻くのだ。
終わり行く意識が途切れる寸前という、最高のタイミング、シチュエーションで。
「シアさん。心の底から、大好きでした!」
棺が火葬炉に入っていくのを見届けた優たち。結局、世界が色と時間を取り戻した時、そこに西方の姿は無かった。意識だけ不思議な世界に言っていたような。まさしく夢のような出来事。
それでも、権能が起こしたその“奇跡”のおかげで、優もシアもどこか晴れやかな気持ちになる。何より、きちんと現実を受け入れたうえで決意を決められた。
崩れ落ちた状態から立ち上がったシアが見せた、困ったように泣き笑う顔は、その場にいる誰をも魅了するものだった。
時間もかかるため、納骨は親族だけで執り行われることになった。火葬場の玄関をくぐり、タクシーを拾って最寄り駅まで、という時。
「待ってください」
乗り込もうとする優とシアを呼び止める声があった。
「西方の、お父さんとお母さん……」
「はい、父の
優の確認に、父親である陽介が答える。
40代くらいだろうか。品のよさそうな西方の両親だった。
「ほんの少しだけ、お話よろしいでしょうか?」
優と、そしてシアの方を見た彼が厳かに告げる。一度シアと目を合わせた優は覚悟を決めて、頷いた。タクシーには少し待っていてもらい、西方の両親と対面する優とシア。
「「この度は、本当に、申し訳ありませんでした」」
優とシア順に入った後、改めて頭を下げる。
実は葬儀の前、ここにきて顔を合わせた時に常坂も含めた5人で親族には謝罪している。その時、両親はきちんと受け入れ、彼らを許していた。
しかし、話があると呼び止められたのだ。理由は糾弾に違いない。そう覚悟を決め、きちんと受け止める姿勢を見せる優とシアに両親は苦笑する。
「顔を上げて。あなた達にありがとうって言いに来ただけですよ」
「「……え?」」
母親である晴香が温かみのある声で告げた言葉に、学生2人は顔を上げる。
「春陽を無事に連れ帰ってくれて、ありがとうございました」
「君たちが居たおかげで、息子は五体満足で、帰って来てくれました」
「……ですが」
それはあくまで不幸中の幸いでしかない。そう言おうとする優を、首を振って静止する両親。
彼らも息子が特派員になると決めた時点できちんと覚悟は決めていた。息子の死を悔やむことはあっても、誰かを恨むことは無いというのが本心。むしろ、不登校で人生すら投げやりになっていた彼が目を輝かせて夢を語る姿に救われる思いだった。
「春陽ったら編入してから毎日、楽しそうに学校のことを話していたんです」
「君が神代優君だろう? 自分と似ていて、なのにすごく尊敬できる人が居るんだと息子は嬉しそうに言っていました」
褒められ慣れていないのか、少年はきょとんとしている。“学校”が嫌になっていた息子が第三校で楽しく過ごせたのは、目の前の2人をはじめとした友人たちのおかげだと、陽介も春香も思っていた。
「あなたがシアさんね? シフレちゃんと一緒で、きれいな子です」
「そうだな。息子が一目ぼれするのもよくわかる」
「あの、どうしてそれを?!」
息子が編入してすぐにかけてきた電話。その時に
優が各種行動から見抜いた西方の恋心を、彼の両親は顔もあわていないたった一回の電話で見抜いていた。
そこからは優は主に西方の学校生活を、シアが任務中の姿を語る、そんな和やかな時間が過ぎる。クラクションで急かされるその時まで、談笑は続いた。
そして、別れ際。
「後ろの子たちにも。それから、学校のお友達にも。今まで春陽をありがとうと私たちが言っていたこと、お伝えください」
「
母、父の順に深々と下げられた頭。彼らからの信頼と、感謝を胸に。
「「はい!」」
生き残った優たちは、前を向く。託された命で、より多くの命を救うために。己が罪を受け入れ、認めて。
仲間と共に進んでいく。
……………………
※おまけ……「西方との会話をファンタジー、あるいは奇跡と割り切れない私のような方のために」
優とシアが話した西方春陽は、正確にはマナの記録から生まれた西方の記憶と人格を持つマナの塊です。しかし、彼の記憶を持ち、彼と全く同じ言動をするソレ。果たしてそこに西方春陽という人間との違いがあるのか。それは哲学や倫理の話です。優とシアはそんな小難しい話を考えてはいません。彼らにとって大切なことは『自分が納得できるか』、そしてきちんと彼と決別し、罪を背負う覚悟をするきっかけが欲しかっただけなのです。それこそ、エゴ――何をしたいのかという、2人が根底のところで大切にしている考え方につながります。
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