第2話 猿の魔獣

 県道754号線に入り、途中の道を右折して同369号線に入る。あとは曲がりくねった片側1車線の道をひたすらに行く。


「モノ、〈探査〉お願い。結果次第で秋原君は索敵」

「はーい」「了解だ」


 運転手である短めのポニーテール女子、片桐桃子かたぎりももこの指示で、モノが〈探査〉を行ない、秋原が目視で魔獣の影を追う。かれこれ20分、車で移動しながら、同じようなことを繰り返していた。


「前方350m範囲、敵反応なし。桃ちゃん、どんどん行っちゃって」

「了解。……モノは9期の子たちを見てあげて」


 バックミラー越しに片桐が見た後部座席。そこには、グネグネと曲がりくねった道と、至近距離で放たれる天人の〈探査〉の波に酔った優たちの姿があった。


「袋、いる?」


 見惚れそうなほど美しい銀髪を揺らしながら、可愛らしく小首をかしげるモノ。彼女の提案に、下級生男子3人は意地を張って首を振る。


「俺たちなら、大丈夫です」

「だな。……うっぷ。大丈夫です」

「ボクは、酔って、いない」


 明らかに顔色を悪くしながら、それでも酔いと戦う決意を固める3人。そんな下級生の姿に、淡い青の瞳を細めて頬を緩めるモノと、ため息をつく片桐。


「もう、可愛いなぁ、君たちは」

「お願いだから、車の中で吐かないでね。帰りもこの車使うってこと、忘れないでよ」


 そうして魔獣の襲撃を警戒しながらさらに進むこと10分ほど。優たちが乗る車は奈良の中心部にある本拠点から見て東北東5㎞地点にある町、平清水ひらしみず町にたどり着く。南側から東側にかけて、町の半分近くをゴルフ場が占めており、周囲を山に囲まれた場所だった。

 そんな、のどかな平清水町の北部。40世帯ほどが暮らしていた場所がある。今は避難区域になっているその場所にある立派な日本家屋の前に、優たちを乗せた白いワンボックスカーが止まる。同時に勢いよく飛び出した優、春樹、ノアが意地で我慢していたものを吐き出した。


「今日はひとまず、荷物の搬入と掃除、作戦会議にしよっか。秋原クンは、出来そうなら周辺の探索で」


 下級生が落ち着いた頃、モノの指示に従って優たちは動き出す。まずは入念に、拠点となる日本家屋内の〈探査〉と探索を行なう。手分けしながら30分ほどかけて安全確認を済ませた後、使う部屋を決めて掃除をしていく。その間、偵察を請け負う秋原は外に出て、警戒と探索を行なっていた。

 掃除を終え、部屋割りが決まる頃には午後6時。10月を前に少しずつ短くなっていく昼の時間。もう既に、平清水町は黄昏時たそがれどきを迎えていた。


「今日は初日ですし、豪華にカレーにしますね。レトルトっすけど」


 保存食のレトルトカレーとパックご飯をレンジで温めながら言った春樹が、掃除の際に洗っておいたお皿に盛りつけていく。優が配膳を行ない、ノアは大規模討伐任務の作戦書を読み込んでいた。そんなこんなでフローリングのダイニングで6人揃って夕食を取った後。


「じゃあ、まずは簡単に作戦会議といこう」


 畳が敷かれた10畳ほどのリビングで作戦会議が始まる。座卓を囲むように置かれたL字ソファにモノと片桐の女子2人、畳に男子4人が座る形だ。なお、全員が制服を脱いで部屋着に着替えている。知らない人たちと、油断した格好で話し合う。そんな状況に、優は密かに新鮮さを感じていた。

 最初に口を開いたのは、午後の間偵察を行なっていた秋原理人あきはらりひと。耳にかかる茶髪、ガタイのわりに小さな瞳が印象的な上級生だった。


「まず、俺から。近くの建物に魔獣被害の形跡は無かった。電柱も無かったし、電線は地下に通されているんだと思う」


 中心に置かれたこたつ兼座卓に支給品のホワイトボードを置いたモノが、秋原が語った情報を簡潔にまとめていく。


「了解。そういうことなら、インフラ関係は大丈夫そうかな。携帯も通じたし、不便はなさそう。ゴルフ場は?」

「さすがにまだ行ってないな。魔獣に見つかって、拠点となるこの場所が露見する方がまずいと判断した」

「うちも秋原君に同意。赤猿あかざる、黄猿については急がなくても良いかも」


 秋原の慎重な意見に、片桐が同意する。ポニーテールは解かれていて、片桐が動く度に肩口までの細く滑らかな黒髪がゆらゆら揺れていた。


「なるほど。とりあえず、こっちが手を出すまでは向こうから来ることは無さそうかな。じゃあ1週間を目処に計画を立てるとして――」


 とんとん拍子で進んでいく会議。優と春樹としても上級生たちの意見にこれといって反対意見はなく、むしろ話し合いに参加できずに申し訳なさすら覚えている。また、ノアは話し合いを聞いているものの、結局は個々の現場判断が優先されるだろうと、話半分で聞いていた。


「よし、じゃあ現状はこれで。ひとまず明日、可能なら敵情視察をするんだけど。優クンたちは猿系の魔獣と戦ったことってある?」


 そう言って、モノはソファの上から青い瞳で下級生を見下す。モノの問いに記憶を探る優と春樹は、初任務の時、国道沿いを歩いていた時に接敵したことを思い出した。しかし、同道した常坂久遠ときさかくおんの魔法によって、一刀両断されている。


「会ったは会ったんですけど」

「仲間が一瞬で倒したので、どんな生態なのか、クセがあるのかとかは正直分かりません」


 優、春樹の順で正直に己の無知を告げる。他方、ノアは何度も接敵し、追い払ったことがある。その経験から学んだことを口にした。


「ボクが知る限り、猿の魔獣は基本群れで行動していたな。しかも人間に近い知能レベルを持っている。セルフイメージが強いから、姿形も猿に近い」

「そうだね。基本的に行動時間も人間とほぼ変わりない。朝起きて、日暮れと同時に眠る。だから、夜の警戒は最小限で良いかも」


 ノアの説明に相槌を打ちつつ、モノが夜警の必要のなさを伝える。他にも、知能が高いことから人を相手にするのと同じような警戒をしながら戦わなければならないと言う注意も行なわれた。


「例え人を食べていなくても、魔法を使ってくるかもしれないこと。急所がうち達と似てることも覚えておかないとね」


 片桐が温かい麦茶を片手に補足する。魔獣ゆえに、常にマナを対外に放出しているため死角がないこと。しかも膂力りょりょくは人間を凌駕する。そのうえ魔法まで使う。


「猿の魔獣を相手にするのは、正直、キツイ……」


 プライドの高いノアをしてそう言わしめるほど、猿の魔獣は厄介だった。

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