第3話 臆病風と太陽
動くものがあれば警報が鳴る『動体センサー』を設置して、迎えた翌朝。9月17日。
同じ部屋で寝起きすることになった優、春樹、ノアの3人。そのうち、優と春樹は上級生より早く起きて朝食の準備を始めていた。
特段、頼まれたわけでは無い。しかし、運動部に所属する春樹にとって「先輩より先に」と言う考えは当然のことだった。猿の魔獣の行動時間帯を鑑みて、起床目標時刻は7時。現在は6時。ちょうど、日の出というタイミングだった。
「優はあんま料理しないから、お茶でも沸かしておいてくれ」
「くわぁ……。了解だ」
少し寝癖のついた黒髪を撫でつけながら、優はやかんに水と麦茶のパックを入れて火にかける。
「おい、優。パックは沸騰してからだ」
「あっ、おう……」
水に浸かったパックを小皿にとりだす優の横で、春樹は手早く米を洗い、炊飯器のスイッチを入れる。10合を焚くことが出来る、業務用の大きな炊飯器だ。同時に電気ポッドの許容量限界まで水を入れて、沸かし始める。このお湯で、インスタントの味噌汁を入れる予定だった。
「お、早いな。瀬戸、神代」
優と春樹が手分けして朝食の支度をしていると、学ランに着替えた
「秋原さん! おはようございます!」
「おはようございます、秋原先輩」
春樹と優が順に挨拶する横で、秋原は冷蔵庫から、昨夜の作り置きである麦茶を取り出してコップ1杯分を飲み干す。その後、優と春樹に外を見回って来る旨を告げ、秋原はそそくさと玄関を出て行った。
「偵察ってのも大変そうだな」
段ボール箱から人数分のレトルト食品を取り出し、準備する春樹がこぼす。やかんを見つめながらお湯が沸騰するのを待っていた優は相槌を返しつつも、秋原の行動をしっかりと記憶しておく。
優は、もし天とシアを含んだいつもの4人で行動する場合、自分が偵察係になると考えている。春樹が運搬交渉、シアと天が強襲係だ。となると、この任務では秋原から学ぶことが多いだろうと思っていた。
「よしっ、準備完了だな。やかんの面倒を見つつ、休憩するか」
威勢の良い春樹の声と共に、優もキッチンのすぐそばにあるダイニングテーブルに座る。午前中、秋原に偵察を行なってもらい魔獣の動向を調査する。また、必要であれば片桐が不足した物資を本部に戻って補給してくる。その間、下級生は筋トレや休養に当たることになった。
そして、秋原によってもたらされた情報をもとに、午後から本格的な魔獣討伐を行なう。その一連の流れが、モノの立案した1週間の計画だった。つまり、午前中、優たち下級生は自分を鍛えることしかできないということ。
「まだか……」
外で偵察係としての役割をしているだろう秋原の姿を少しでも見て学ぶためにも、早くやかんが沸騰しないだろうか。そんなことを考えながら、優は
その日の昼過ぎ。昼食を済ませた優たちのセルに、午前中、偵察に向かっていた秋原から
さらに、もう1つの特徴として秋原が語ったこと。それは――。
「まったく同じ見た目、ですか?」
「そうだ、神代。13体が全く同じ大きさ、見た目をしていた。……つまり?」
「分裂型ですね?」
優の推論に、男子としては少し長いサラサラした茶髪を揺らして頷く秋原。魔獣には捕食して自身の中に魔力を溜めこむものと、一定の魔力になると同じ個体に分かれるものがいる。優がこれまで出会った中では、初任務の民家で見かけたネズミの魔獣が分裂するタイプの魔獣だった。
秋原と優の見立てに、セルのリーダーであるモノが銀色の髪を揺らす。
「分裂型ってことは、およそどの個体も同じ魔力、同じ強さってことになるよね。……秋原クン、おびき出し、お願いできる?」
分裂するタイプの魔獣は、内包するマナと外見が均一に近いと言う特徴を持つ。つまり、1体の強さを確認できれば、おおよそ群れ全体の強さも把握できた。
モノの頼みに、秋原が頷く。おびき出しもまた、偵察係の役割の1つだった。
「まあ、やってみるよ。挑発に釣られるのか、知能レベルも見ておきたいしな」
「感謝。ついでに、まずは8期、9期。それぞれで連携の確認しておこう。じゃあみんな着替えて、着替えて」
昼の話し合いは終わりだと立ち上がる上級生たち3人と、ノア。しかし、春樹から待ったの声がかかる。
「待ってください。おびき出しって? それから連携って……。まるで今から魔獣と戦うみたいな――」
「そうだよ、瀬戸クン。今から私たちは魔獣と戦う。異論は、ある?」
モノの透き通った淡い青色の瞳が春樹を捉える。口調も表情も威圧的なものではない。ただ単純に何か意見があるのかを尋ねる問いかけなのだが、春樹はゆっくりと首を振ることしかできない。
「じゃ、着替えよう。プロテクターも忘れないでね。集合は5分後、庭で」
「どこにおびき寄せる?」
「
モノと秋原の会話と共に、リビングから人が居なくなっていく。
出遅れる形になった春樹は、またこれだ、と、立ち尽くす。まるでピクニックやキャンプにでも行くように、これから魔獣と戦いに行くと言う。魔獣に殺されるかもしれないと言うのに。果たして1年後、自分が今見ている先輩のように、死地に向かうことを当たり前だと思えるだろうか。春樹は自分に問いかける。
「春樹、行くぞ」
「……優は怖くないのか?」
先輩同様、これといった気構えも無いように見える優に、春樹は尋ねる。死ぬのは怖くないのか、魔獣は怖くないのか、と。これまでと違って、天もシアも居ない。“足りない”自分と、優しかいない。何とも言えない心細さが、春樹に臆病風を吹かせる。
そんな春樹に対して、しかし、優は堂々と答える。
「怖くないな。だって、仲間が居て、先輩もいる。誰より、春樹がいる」
春樹をまっすぐに見る、優の黒い瞳。恥ずかしげもなく言った優の言葉がお世辞でもなんでもないことを、春樹は知っていた。
「大丈夫だ、春樹。例え俺だけだと力不足でも、先輩と、多分ノアもどうにかしてくれる。だから――」
そう春樹に向かって手を差し伸べた優は、
「行こう」
リビングで立ち尽くしていた春樹の手を取って、強引に連れ出す。かつて教室で1人だった春樹を連れ出した時のように。
春樹の手を握る優の手から伝わる体温が、「1年の距離」に震えていた春樹の心を温かく照らす。そうして春樹は、自分が特派員になった理由を思い出す。いつだって自分を照らしてくれる優を守りたい。その信頼に応えたい。
――だからオレは、ここに居る。
仲間をまずは無条件で信じているからこそ発せられる優の「大丈夫だ」という言葉。その言葉に救われてしまう自分の
同時に、改めて自分の幼馴染の偉大さを感じていたのだが、
「着替えるのも、時間がかかるしな」
この余計な一言が、優に格好をつけさせない。いつも通り、やっぱり少し残念な幼馴染に春樹は思わず吹き出してしまう。
「ぶふっ、そうだな!」
「おい、笑う要素なかっただろ」
「いや、あった。確実に……ははっ」
自室に着くと、もう既に着替えを済ませたノアの姿がある。優と春樹を
かつて子供たちのために作られただろう遊具がある広場に優たちが着くと、ちょうどゴルフ場方面から駆けて来る秋原の姿が見える。その背後には、黄土色の毛を持つ大きな猿が2体居た。
※昨日、バレンタインと言うことで、それにちなんだ掌編『特別な形』を近況ノートにて公開しています。天とシアのチョコレート作りの風景、楽しんで頂ければ幸いです。(https://kakuyomu.jp/users/misakaqda/news/16817330653226898757)
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