第4話 収穫無し……?
9月18日の夜。昼に
「予想通り、だったな」
ノアをちらりと見やって言ったのは、優。彼の視線に気付いているノアも、
「そうだな、予想通りだ」
小さな掘立小屋と朽ちた遊具がある、20mほどの広場。足元には背の低い雑草が生い茂る。サッカー部の茶髪長髪男子、
舗装された道を駆けて来る秋原と、彼の背後に居る黄猿を腕を組んだまま自然体で見遣るモノ。
「お、来た来た。連れ出せるってことは、黄猿の方の知能は推して知るべし、かな」
服装は黒色のセーラー服だ。優が本人から聞いた話では、制服と同じ丈夫な生地で作られた特注品らしい。自分以外にも制服を改造している生徒は結構いると、モノは語っていた。
他方、モノの隣でこれといった構えも無く、
「理性よりは食欲の方が勝ってるってかんじだよね。一応、四足歩行か。平地での移動速度はそれほど、っと」
片桐の後頭部で、短い黒髪ポニーテールが風に揺れる。高い身長に長い手足で佇むその姿が、優にはとても様になっているように見えた。
そうして各々が観察している間にも、黄猿との距離は近づいてくる。
「言ったように、8期と9期で1体ずつ相手取るから。連携の確認と、黄猿1体の力量を知ることが目的ってこと、覚えておいてね。特に9期の子は、魔力が高い子がいないから」
「「はい」」
モノの指示に、優と春樹が威勢よく応える。その隣に居るノアは沈黙したまま、敵である黄猿を視線で追い続けていた。
接敵まで、30m、29m……。
「じゃあ、まずは――」
残り15m付近まで近づいたところで、モノが右手を上げる。まるでそれが合図だったかのように、誘導を引き受けていた秋原が大きく横に跳ぶ。瞬間、2体の黄猿が見えない力に弾かれたように、左右に吹き飛んだ。
実際、黄猿はモノの無色透明のマナによる魔法で吹き飛ばされたのだ。その魔法とは――。
「〈
「正解、さすが優クン!」
〈散撃〉は特定の地点にマナを凝集し、一気に拡散させることでマナによる爆発を発生させる魔法だった。少し前、コウと戦った時に苦戦を強いられた魔法名を口にした優に、モノは銀髪を揺らして笑顔で頷いた。
「じゃあ君たちは右側をお願い。私たちは左側をやるから」
「頑張ってね、みんな!」
手短に指示を出したモノが、向かって左に吹き飛んだ魔獣を目がけて駆け出す。そんなモノの後を、応援の言葉を口にした片桐も追って行った。
「じゃあ、俺たちも行くか」
「そうだな。行けるか、ホワイト……って、どこ行った?」
優の接敵の言葉に頷いた春樹が、もう1人の同級生の不在に気づく。優がハッとして探してみれば、向かって右に吹き飛ばされたもう1体の黄猿へ駆け寄るブロンド髪の少年の姿があった。
「あいつ……っ! 急ごう、春樹!」
「おう!」
独断専行したノアの背を、優と春樹も追う。黄猿との距離は10mほどになっていた。
「ひとまず、俺と春樹でホワイトを援護しよう。魔力はあいつが一番高いしな」
ノアが単独撃破を得意とするなら彼の長所を活かしつつ、自分たちがフォローに回る。それが優の作戦だった。
『ゥギキャァァァ』
吹き飛ばされたことに怒る黄猿が、接敵して来たノアの頭部目がけて右腕を横なぎにする。猿らしく長い腕を持つ黄猿。腕だけでも1.5mはありそうだ。体格を生かした広範囲の攻撃だが、
「
呟いたノアは青く冷たい印象の瞳で冷静に攻撃を見切り、屈む。黄猿の腕は舞い上がったノアの金髪を撫でるだけで、不発に終わる。加えて、怒りに任せた大ぶりの攻撃は大きな隙を生んだ。魔獣戦に慣れているノアがその隙を見逃すはずもない。
「
ノアが〈創造〉したサックスブルーの武器を振るう。彼が使うのは、全長80㎝ほどの西洋剣。両刃で刀身が太い、反りのない剣だった。
屈んだ姿勢から伸び上がるように、左下から右上にかけて振り上げられた西洋剣が、黄猿の腹部から胸についた筋肉を切り裂く。ノアの攻撃はそこで止まらない。素早く右足を引いて黄猿に背を向けたかと思うと、手にした剣を思いっきり振り下ろす。剣の軌道上には振り切ったままの黄猿の右腕があり――。
『ゥグキャァァァ!』
くぐり抜けてきた修羅場によって鍛え上げられた魔獣を殺すと言うノアのイメージは、硬い骨をものともせず、黄猿の腕を両断する。
膝をつき、痛みに悶える黄猿。本能的にあふれ出す血を止めようと、右腕の切断面を左手で抑える。そうして出来上がるのは、ノアと言う狩人を前に無防備な首を晒す魔獣の姿。
「日本の魔獣は、弱いな」
ノアが右手に持った
「で? 協力する必要、あるのか?」
そうして迎えた夜の会話が、先のそれだった。優はノアの独断専行について、予想通りだと。ノアは、個々に対応すれば事足りたことに、やはり予想通りだと言った。
優とノアの話し合いならぬ口論は続く。
「誰かを信じるより、自分を信頼する方がずっと楽だし確実だ。連携なんて、妄想なんだよ」
「今回は、敵が1体だったからだ」
「そうだな。でも、1体をあと11回殺せば、黄色い猿は全滅する。簡単なことだろう?」
「だが、敵を分散させたのは秋原先輩がいたからだ。つまり連携だろ?」
「それは準備の段階だ。ボクは戦う時は1人が良いと言っているだけで、準備を1人でするとは言っていない。神代はバカなのか?」
現状、言い返すことが出来ない優はそこで黙り込む。優自身、分かっている。人それぞれが魔獣を相手取ることが出来るのなら、個々で対応する方が効率も良い。
しかし、優にはその力がない。だから、協力しようとお願いするしかないのだ。
「……俺たちと協力して戦ってくれないか?」
「その必要はない。何度も言ってるだろ?」
ろくに連携も確認できないまま、黄猿との初対面は終わった。優と春樹に関しては、黄猿と戦ってすらいない。
――何の収穫も無かったな……。
そう溜息をつこうとした優の脳裏にふと、違和感のようなものがあった。黄猿を目にしてから、ノアが倒すまで。何か、見落としているような気がする。人に対してか、魔獣に対してなのか。それすらも分からない。ただ、なんとなく悪い予感でもないと優は感じていた。
「またモノ先輩か……?」
奥歯に物が挟まったような違和感を忘れないようにしながら、優は就寝準備に入った。
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