第15話 新興住宅地

 第三校東北東500m地点。半径およそ200mの廃村。

 優たちが午後に探索するその部分は新興住宅地として、家族向けの一軒家が密集する地域になっている。

 多くが3階建て。1階がガレージ兼玄関、2、3階が主な居住スペースという造りになっていた。




 時刻は13時過ぎ。西から背の高い雲が忍び寄っているものの、まだまだ晴天。

 うだるような暑さに陽炎が揺らめき、そこで探索を続ける若者たちの体力を奪っていた。


 「暑い、ですね」


 上気した頬を伝う汗をぬぐいながら、シアが呟く。


 「はい。熱中症や脱水症状にならないよう、こまめに休憩を入れましょう」

 「神代君に賛成……」


 どちらかと言えばインドア派な3人。

 太陽に対する抵抗値が、天や春樹に比べると明らかに低かった。


 3人がいるのは木下きのした家の3階部分。

 2階の窓が外側から割られていて、玄関のカギが開いていた。

 室内も荒らされていることから、恐らく物取りに入られたのだろうと優は見ている。

 つまりは人間だ。

 このような家が、これまでもいくつか散見されていた。


 「生きるために仕方ないのかもしれないが、納得はできないな」

 「むしろ、こうでもしないと、外地では暮らせないのかもね」

 「私たちは全員、内地育ちですからね……」


 無法地帯、とまでは言わないまでも。

 法の手が届きにくいのも事実。

 金目のものを奪っていったのだろう。


 「一軒だけってことは無いだろうから、この辺りは人のせいで荒らされてるかもな」


 そう言って優が道路を挟んで見つめる先、向かい側の家の窓も破られている。

 午前中に調べた場所と違い、大きな庭が無いこの地区。魔法が無ければ、侵入経路は鍵のかかった玄関しかない。

 当然、動物は中に入れず、室内はきれいに保たれていたはず。

 “売り物”を探すにはうってつけだろう。


 環境が人の悪意を作り上げるのか、悪意ある人間が元からいるのか。

 益体も無いそんな話を思い出すあたり、優も暑さにやられているのかもしれない。


 「次が終わったら休憩していいですか?」

 「うん。なるほど、次で、か」


 ”次”を終えれば休憩しようと促す優に、西方が意味深に笑う。

 そんな2人の様子に閃いたらしいシアが手をポムと打った。


 「次と言えば……、長嶋さんのお宅ですね?!」

 「はい。最後に集中して調べて、それから休憩しましょう」


 この家の隣。

 紺色の外壁が特徴的な3階建てのその家こそ、長嶋一夜ながしまひとよの両親が暮らしていた実家だった。




 インターホンには反応がない。

 3階は見えないが、2階の窓ガラスは無事であるように見える。

 玄関のカギを預かった鍵でけ、慎重に扉をひらく。


 「誰かいますか?」


 声をかけてみた、その時。

 ドタドタと何かの足音のようなものが聞こえた。

 が、すぐに静かになる。


 (あまり大きくない……換気口か、3階から入って来た小型の魔獣か)


 音から得られる情報から、ある程度の予測を立てる優。

 思い出すのは午前の失態。西方がケガを負ってしまった。

 なお、彼の右腕の傷は拠点に置いておいた救命セットの消毒液と包帯を使って、手当てを済ませていた。


 3階まであるこの家の大きさだと、優の〈探査〉では力不足。適材適所だと割り切って、


 「シアさん、お願いします」

 「はい。――やっ」


 時間をかけて走査していく純白のマナ。

 やがて息を吐いたシアは、首を振って何もいないことを示す。


 音に驚いて逃げたか、隠れてしまったか。

 ひとまず音が2階部分から聞こえたことを3人で共有し、土足で踏み込む。

 左手に洗面所とバスルーム、右手に階段、奥に一部屋ある様子。


 奥の部屋からと行きたいところだが、上階から何かが下りてきた場合、逃げ道が無くなってしまう。


 「ひとまず2階から行こう」


 最近まで人が住んでいたのだろう。埃はほとんど溜まっておらず、生活感がある。


 上階の物音に耳を澄ませながら慎重に階段を上る3人はやがて、階段の最上部に突き当る。右手にリビングと思われる部屋と、後方にはさらに上階に続く階段があった。


 西方に上階を見張ってもらい、シアには下階を。

 そうして優は広いリビングに足を踏み入れる。


 優が今いる場所は、部屋の中央部。

 左――家の玄関があった方――にアイランドキッチンとダイニング、右手にソファやテレビが置かれたリビング。

 キッチンの向こう側にバルコニーがあり、向かいに立ち並ぶ家々が見えた。


 ふと優の目に入ったのは、ソファの前に置かれた座卓の上にあるお菓子の袋。

 食べかけの状態で放置されている。

 壁を背にゆっくりと移動し、試しに触ってみればパリッと乾いた音がした。


 (湿気ていない……)


 やはり、つい今しがたまで、誰かがいたということ。魔人の食性について詳しくない優。彼らも娯楽を貪ることがあるのかもしれないと、警戒を怠らないよう心掛ける。


 あらためて、注意深く部屋を見渡す。

 シアの〈探査〉に引っかからない場所と言えば、リビングにある押し入れか、ダイニングにある物入れ、キッチンにある戸棚などだろうか。


 一度階段に戻り、シアたちに状況を説明。

 西方を階段と2階全体が見渡せる位置に置き、優とシアで隠れられそうな場所の扉を開けていく。


 物入れは、空振り。缶詰めやお菓子と言った物持ちの良い食べ物がいくつか残っている程度。賞味期限などが切れていないことも確認した。

 続いて背後、キッチンの下の戸棚も空振り念のために上の食器棚も調べてみたが、これといって何もない。ただ、まだ空けられて間もない缶詰や水につけられた食器がシンクには置いてあった。

 バルコニーに続く窓のカギは開いている。ここから逃げた可能性も視野に入れつつ、残すリビングの押し入れを調べる。


 「誰か、いますか?」


 優が聞いてみても、反応は無い。

 後ろにいるシアと目でタイミングを示し合わせて、引き戸の扉を勢いよくスライドさせる。

 同時に後退、いつでも戦闘できるように――


 「ひっ……!」


 短い悲鳴のような音が聞こえたのは、その時だった。

 しかし、薄暗い押し入れには誰もいないように見える。

 しばらく経っても動きは無い。


 「〈探査〉」


 優がごくごく小さい範囲の〈探査〉で調べてみれば、その押し入れは少し奥まっているようだった。

 そして、リビングから死角になるその場所に、魔力の低い生物の反応がある。


 「どうでしたか、優さん」


 緊張の面持ちで聞いてくるシアに優が頷いて返し、小型のライトを点灯。

 そのまま押し入れの奥を照らしてみれば、


 「……っ!」


 震える手で包丁を握りしめた小さな女の子が、優を見上げていた。

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