第16話 長嶋宅にて

 長嶋宅を探索していた優たちは、押し入れに隠れていた女の子を発見した。


 体育座りで包丁を手に震えるその子供は幼稚園の年長か、小学校低学年ぐらい。その顔は少し衰弱しているように見える。


 ――が、生きている。


 ここに来て“死”ばかりを目にしてきた優にとって、彼女はまさしく希望の光に見えた。

 〈探査〉で人であることも確認済み。膝をついて目線を合わせ、彼女が安心できるように言葉をかける。


 「大丈夫だ。俺たちは特派員。君を助けに来た」


 しかし、女の子が警戒を解く様子はない。

 どうしたものかと考えて、優は制服と仮免取得のプレートを示して見せる。


 「見てくれ、これが証拠で――」

 「こ、来ないで……」


 消え入りそうな声で言った彼女は首を振り、包丁を掲げる。


 「ほら、鍵も預かってる」


 玄関のカギを示してみても、小さな子供にはその理屈が通じていない様子。

 自分が信頼できる存在――ヒーローであれば、彼女の震えを止められるのだろうか。

 ここは一度、強引に取り押さえて見せて、敵意が無いことを示すべきか。


 そんな考えに首を振る優。

 魔法があるとはいえ、人を傷つけ、殺すには包丁1つあればいい。パニックになった彼女がその凶器を振り回すだけで、自分や背後にいるシア、西方を危険にさらしてしまう。

 何より“格好良い”ヒーローはそんなことしないだろう。


 どうしたい? 自分に聞いてみる。

 震える小さな女の子を助けたい。

 自分の知るヒーローならば、と、優の意識が切り替わる。


 デリカシーが無いと少し前、天にたしなめられたことを思い出す。

 そんな自分でも、相手を思い遣ろうとすることはできるはずだ。


 無人の家。それに長嶋一夜の言葉。

 きっと、かつて自分に「守る」と言った少女の両親か、あるいは保護者が帰って来ない。

 ともすればその両方が、いなくなったのだ。


『自分のせいで』

『自分が悪い』


 背後でリビングを警戒している責任感の強すぎる天人と同じように。

 幼い彼女はそう考えてしまっているのではないだろうか。


 誰かを巻き込むことを、失うことを恐れているのではないか。


 かつて魔獣に襲われ、怯えていた優と天を助けてくれた格好良い特派員。

 彼らは何と言って自分を安心させてくれたか。

 たくさんの言葉も、目に見える証拠も必要ない。


 「よく、頑張ったな」


 そう言って、微笑む。

 それだけで、良かったのだ。


 そんな優に、女の子が目を潤ませる。

 今まで無表情で、何を考えているのか分からなかった目の前の少年。

 彼が何者なのか。自分を襲い、食べに来た魔人ではないのか。さらいに来たのではないか。

 そんな女の子の疑念に満ちた目は、優が見せた短い言葉と、一生懸命に浮かべる不器用な笑顔によってかき消された。


 力が抜けたその手から包丁が離れ、乾いた音を立てて床に落ちる。

 誰もケガをしないよう、慎重にそれを押し入れの隅に押しやる優。

 そして、片膝立ちのまま、焦らず、ゆっくりと。

 女の子との距離を詰め、我慢の雫をたたえるその瞳と見つめ合う。


 「怖かったよな」

 「……うん」


 そして手を伸ばす。

 びくりと身体をこわばらせた彼女の頭を優しくなでる。

 安心できるように、何度も、何度も。

 昔、よく、泣いていた天にそうしてあげたように。


 「1人で辛かったよな。寂しかったよな」

 「うん……。ゔん……」

 「でも。もう、大丈夫だ」


 何度だって言い聞かせる。


 「俺が、俺たちが守るから」

 「でも、でも……っ」


 優の腕の中で首を振る女の子。

 自分のせいで、誰かがまたいなくなる。死んでしまう。

 そう考えているのだろうと優は推測する。


 だから。


 「大丈夫、任せてくれ」


 精一杯の虚勢を張る。

 優自身も、外地という場所は未だに怖い。最初は緊張で誰よりもガチガチだった。

 自分が誰かの役に立つのか。人々の期待に応えられているのか。誇ってもらえるような人物なのか。

 不安で、不安で仕方ない。


 でも、今、彼女が欲しているのは、心の拠り所だ。

 弱気で臆病で頼りない神代優ではなく、強気で、どこまでも頼りになる特派員としての神代優だ。


 (俺1人だけなら頼り無いかもだが、今は――)


 「俺の仲間も、みんな、みんな、強い。すごい奴らばっかりなんだ」


 天も春樹も、シアも。西方も、常坂も。その誰をも、優は自分以上に信頼できる。

 だから、目一杯、嘘をつく。


 「俺たちは死なない。いなくなったりもしない。だから――」


 有言実行。

 死にたくない。強く在りたい。そんな自分の願望を、事実のように嘘をついて。

 それでも、そうでありたいという思いを込めて、言うのだ。


 「俺たちに君を、守らせて欲しい」


 1人ではなく、みんなで。

 そんな覚悟が込められた、特派員の言葉に。


 「ゔ、ぅぅ……、うわぁぁぁ」


 ついに女の子が必死にせき止めていた想いが、音を立てて決壊する。

 両膝をついた優の胸に顔をうずめ、小さな胸に抱え込んでいたものを吐き出す。


 結局、女の子が懸命にこらえていた全てを吐き出しきって顔を上げるそのときまで。

 優はその震える小さな体に寄り添い続けた。




 しばらくして、泣き止んですっきりしたのか、


 「ありがとう、お兄ちゃん!」


 童女はそう言って、優に初めて笑顔を見せた。

 優の誰何に外山果歩そとやまかほと答えた彼女は、今年で6歳になると話す。


 どうして1人なのか。

 名字の違う彼女が、どうしてここ、長嶋宅にいるのか。

 それら多くの疑問を聞くためにも、まずは探索を続けて安全を確認しなければならない。


 優のズボンをぎゅっと握りしめる果歩には申し訳ないが、


 「シアさん。果歩ちゃんをよろしくお願いします」


 戦力的に、そばにいて一番安全だと言えるシアに果歩を預ける。

 お兄ちゃんじゃないの? と不安そうな目で自分を見る彼女に罪悪感を覚えつつも、安全を考えるのであれば仕方ない判断だった。


 果歩が無事なこととシアの〈探査〉でおおよその安全が確認できている。

 戦闘ではなく物品の捜索がメインであれば、優や西方だけで十分だった。


 そうして10分ほどかけて1、3階の残った部分を探索したのち、リビングに戻った優と西方が目にしたのは、


 「シアお姉ちゃん大好き!」

 「私も果歩ちゃん、大好きですよ!」

 「えへへ~」


 ソファですっかり打ち解けた様子の童女と少女だった。


……………………


※ここで第二幕の折り返し。以降はこれまでの優が感じていた違和感の正体が徐々に明らかになっていきます。


※ここまでご覧頂いてありがとうございます!

 私のモチベーション維持と作品の品質向上のために、

 よろしければ「★評価」や感想をいただけると幸いです。

 それらを栄養補給源にして、執筆を続けていけたらと思います。

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