第10話 ここにある奇跡(いま)を大切に

 本人としては不本意だが、モノに送り出される形で天とシア、春樹のもとに駆けつけた優。


「天! シアさん! 春樹!」


 目指す先には大切な仲間が居る。謝らなければ。駆け出した瞬間、優は確かにそう思っていた。

 しかし、今。改めて地に足のついた心で大切な友人3人が揃っている現実を見たときに、優がしたいと思ったこと。それは――。


「なに、兄さ……じゃなかった。どなたです――んむ?!」

「ふあっ?!」「うおっ?!」


 ――3人が本当にここに居るのかを確認するための、抱擁だった。優の腕でまとめられる形になった天、シア、春樹がそれぞれ驚きの声を漏らす。


「良かった……っ。全員無事で、本当に!」


 左手にシア、右手に天、正面に春樹。3人がきちんと触れられること――現実ここに居ることを、優はきちんと確認する。


 ――これは、夢じゃない。夢じゃ、ないんだな。


 大切な物を何も失わない現実もあるのだと、優は腕の中にある3つの温もりを噛み締める。

 そうして任務中であれば絶対に見せない感情を爆発させる優の姿に、春樹も改めて表情を和らげる。


「遅過ぎだ、優。でも、そうだな……。改めて、お疲れさん!」

「今回の任務、春樹が居たから、俺、安心できた。落ち着いて居られた。ノアとも上手くやれた。……本当に、ありがとうな!」


 任務が終わっても言えていなかった感謝をきちんと言葉にする優につられて、春樹も抱擁を返す。結果、間に挟まれたのは天とシアだ。


「兄さん! 春樹くんも! めちゃくちゃ恥ずいって! シアちゃんなんかパニックになってるって!」

「あ、あの、えっと! え?! あぅ……」


 抗議する天と、あたふたするシア。それでも2人とも、強引に優と春樹の腕を振り払おうとはしない。


「悪い、天、シアさん。後で謝る。だからもう少しだけ、こうさせて欲しい」


 背中に回された優の腕の力が強くなったことに、天も苦笑するしかない。同時に、やはり神代優は――兄はこうでなくちゃと思うのだ。


「……まったく。仕方ない兄さんだなぁ」


 手のかかる兄の我がままに、妹として、付き合ってあげることにした。

 やがて、満足した優が3人を解放する。そして、自分を見る仲間に、優は今度こそきちんと頭を下げた。


「悪かった。俺、疑心暗鬼だった」

「ほんとだよ。大好きな妹を見て、『なんだ、天か』だけって。びっくりして、人違いかと思ったもん」

「……悪い」


 腕を組んでぷりぷりとお冠の天に、優は頭が上がらない。


「シアさんも。すみませんでした。情けない所を見せてしまいました……」

「い、いえっ。……こほん。優さんが情けないのは知っています」


 自分に頭を下げた優に対して、シアはつんとした顔で冷たい言葉を返す。シアとしては、これぐらいの怒りは正当なものだと主張したいところだ。が、シアの冷たい態度は同時に、


 ――一瞬、さっきのハグでごまかされそうになっていました……っ。


 突然の優の抱擁に舞い上がって何もかもを許そうとした自分へのいましめでもあった。


「言われたい放題だな、優」


 春樹のからかいにも、優は返す言葉が無い。今回は疑いようなく、全て自分の落ち度だと反省しきりの優。だからこそ、自分に現実を見せてくれたシアにはお詫びとは別に、言わなければならないことがあった。

 頭を上げた優は、少しだけ頬を染めながらそっぽを向いているシアをまっすぐに見る。そして、感謝の言葉を口にした。


「それから、ありがとうございました。おかげで、目が覚めました」


 そんな優の姿を、紺色の瞳でちらりと見たシア。不器用な笑顔も、恥も外聞も捨てて素直に感情を言葉にする姿も、シアをまっすぐに見てくれる黒い瞳も。どれもこれもが、シアの知っている“主人公”――神代優という少年だった。


「あ、シアちゃん。絶対許しちゃダメだから。ここで許すと、兄さん、またすぐ同じことする」

「いや待て、天。それは無い。もう絶対に、格好悪いなんて言わせない」

「ぷっ。いっつもそう言って、結局、また私に言わせるくせに」

「そんなこと……ある、な」


 兄妹が言い合っている。そのやり取りは、シアがよく知るものだ。


「自分でエンジンかけれないなんて、まだまだだなー、兄さんは」

「やめてやってくれ、天。今の優にそれ以上は致命傷だ」

「そうやってすぐ春樹くんは兄さんを甘やかす。良いの! “憧れ”を大切にできない人なんて、格好悪い以外の何物でもないんだから」


 途中、春樹と言う緩衝材を挟みながらも繰り出される天の口撃こうげきに、目に見えて優が弱っていく。この流れも、今やシアにとってはなじみ深い光景だ。

 途中、少しのイレギュラーはあったものの、自分シアたちは市街地周辺の警備という楽な任務だったとシアは思っている。そんな自分たちとは違って、優と春樹は間違いなく、死地に赴いていた。自分の手が届かない場所で、いつ、誰が欠けていてもおかしくなかった。

 しかし、終わってみればどうだろうか。


「ほら、シアちゃんも言ってやって! 自分を大切にしない人は、格好良くないって」

「さすがの優も、今、シアさんに何か言われたらきつそうだな」


 シアが大好きな……愛していると言って良い“今”が、ここにある。いくつもの悲惨な未来があった中で、かけがえのない人たちがここに居る。まさに奇跡だと、シアは思う。

 しかし、奇跡をただ待っていたわけではない。日々鍛錬を重ね、学び、笑い、何気ない想いを紡ぐ。奇跡を掴み取る可能性を少しでも高めるための日常を重ねてきた。

 そんな、奇跡へと続く何気ない日々をこそ、シアは【物語】と呼びたい。何も、強大で凶悪な敵を打ち倒すことが“主人公”の役割ではないのだから。


「……シアさん?」

「ぷふっ……。優さん、あの日と同じ顔をしています!」


 すがるように自分を見てくる優の頼りない姿が、夕暮れのテラス席で見せた彼の顔と重なる。任務中と日常の優のギャップがやっぱり可笑しくて、思わず笑ってしまうシア。笑われてしまったと、さらに落ち込む優に、シアは自分もまだ言えていなかった大切な言葉を口にする。


「お帰りなさい、優さん!」


 シアにとってその言葉は、困難という非日常を乗り越えるための日常を、神代優という“主人公”と共に歩む決意表明だ。それは同時に、これからも迫りくるだろう理不尽な運命を共に乗り越えたいと思うシアの、切なる願いでもあった。




―――――――――――


※これにて【奇跡】の章は完結です。大規模討伐任務全体の結末については、次章の頭でご紹介しますね。ここまでの感想や★評価などがもしありましたら、よろしくお願いします。執筆の参考と励みにさせて頂きます。

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