第4話 シアという少女
犬の魔獣が放った〈魔弾〉をどうにか耐え凌いだ優たち。
「ギリギリ、でした……」
祈るような体勢でシアが呟く。彼女の“想い”がこもった〈創造〉でギリギリ。自分が創った盾ではとても耐えられなかっただろうと、優は冷や汗をぬぐう。
「でも、俺たちの勝ちです」
むしろそうでなくては困るというのが、優の本音だった。この〈魔弾〉に耐えられるかどうかが最大の山場で、自分たちはそれを乗り越えた。あとは――。
「優、どういうことだ……?」
状況が全く分からない春樹が優に尋ねる。彼からすれば、まだ魔獣の脅威は去っていないように見える。そしてそれは、子供たちも同じだ。
突如、大きな衝撃が〈防壁〉を襲う。魔獣の攻撃だ。何度目かの攻撃を受けて、〈防壁〉が一部壊れてしまう。そこから見えた魔獣の異形に、子供たちが怯える。
そこからさらにもう2発の攻撃を受けて、ドーム状の盾は完全に役目を終えた。
『グルルゥ♪』
こちらを見下ろす犬の魔獣。体に色々付属品がつき、体が3回りほど大きい。股間辺りに足も1本増えていた。
シアを見つめるその顔と、腹にあるもう1つの口からは生臭いよだれが滴っている。もう魔獣の気分次第で、自分たちは食べられてしまう。どう見ても、危機的状況だろうと、春樹は唇をかみしめる。
しかし、状況を知っている優とシアは違う。魔獣越しに見上げた空。雨の止んだ曇天に、小さな人影が見えたことで2人は確信した。
――間に合った!
「俺が〈探査〉をするので、シアさんはできれば小さい〈魔弾〉を」
魔獣の背中という死角をつくことが出来ている。ここから背中を確認することはできないが、上空にいる人影に反応していないことから、そこが魔獣の死角になっていることは予想できた。
あとは、魔獣の気を引きながら、魔法的な感覚をごまかすだけだ。ついでに優としては、魔獣の油断も誘いたかった。
「〈探査〉」「〈魔弾〉」
優とシア。それぞれが魔法を使用し、魔獣の気を引く。もともと魔獣は、シアという極上の餌を前に、明らかに油断しているようだった。結果。無防備にご馳走に食らいつこうとした魔獣の首を――
「――よくやった」
言って、上空から降ってきた特派員――
その姿はまるで、あの時――小学校の頃、優と天が魔獣に襲われた時と同じだ。窮地に
小学校の頃は涙で見えなかった英雄が敵を倒すその姿を、特派員の見習いになった今だからこそ。改めて、見ることができたような気がする優だった。
もう手が届く場所に夢がある。憧れた人々との具体的な距離が分かるようになったからこそ、優は自分の非力を呪う。シアが居なければ、全員が生き残ることなど到底できなかった。自分がしたことと言えば、せいぜい、状況の判断と作戦の提案だけだ。
――もっと強くならないとな。
少なくとも自分1人でも、誰かを守れるくらいには。そう、優は拳を握りしめた。
魔獣に有効打となるかどうか。それはひとえに、経験の差によるものが大きい。そう優とシアに語るのは進藤だ。彼は今、春樹と子供たち3人の容態を確認していた。
教員でもある進藤が春樹の手当てをしながら行なう
「自分が振るった武器が、魔獣に対してどのような効果を発揮するのか、どのような傷を負わせられるのか。そうした“結果”を想像して、マナに込められるかどうか。それが魔獣討伐では重要になる」
そのイメージを構築するには何度も魔獣と戦い、勝利する必要があった。成功体験を積み上げることで魔獣と自身の魔法を知り、想像力を鍛える。
「特派員は、そうした魔獣討伐を想像する力を培った人々であるとも言えるだろうな」
そうした経験と自信の違いが、シアと進藤の魔法の違いだ。シアが全力でマナを込めた魔法をもってしても有効打を与えられなかった魔物が、より少ないマナで創られた進藤の刀によって討伐できた理由だった。
それら進藤によって語られた魔獣討伐の基礎。本来はもう少し先。本格的に魔獣と交戦する夏休み前あたりの授業で語られる内容だったという。
「魔獣と交戦し、生き残って、イメージを掴んだ。そういう意味で、お前たちは他の同級生より何歩も特派員に近づいたと言える」
進藤が気を失ったらしい春樹を担ぎながら説明する。魔獣の危機は去ったとはいえ、失血も激しい。急いで治療する必要があるという判断だった。
「不測の事態によく対応したな」
進藤からお褒めの言葉を頂いた優としては頑張った甲斐があるというもの。とはいえ、ほぼ全てがシアの手柄ではあるとも優は思っていた。
シアもシアで、進藤の言葉を素直に受け取ることが出来ない。
「いえ……。わたしの啓示のせいで、下野さんやジョンさんが犠牲に……。それに神代さんも」
この状況を作ったのは自分だ。ひょっとするとさっきの状況を切り抜けたことすらも【運命】の影響かもしれない。
自分で危機を演出して、他人を巻き込みながら最後は結局、自分で解決してしまう。なんというマッチポンプだろうか。せめてその過程で出た犠牲に天人として、責任を負う必要がある。
そうしてまた、下を向こうとするシアに、
「大丈夫です」
「……え?」
優は自信を持って答える。
「天の所に行った魔獣が最初に戦ったイノシシの魔獣と同じか少し強いぐらいなら、少なくとも天は間違いなく、大丈夫です」
「どうしてそう、言い切れるんですか?」
「だって――」
魔力持ちであるかどうかに関わらず、天は間違いなく、天才と呼ばれる人種だと優は思っている。すべてをそつなく、つつがなくこなす。ずっと一緒に生きてきて、彼女が苦労しているところを優は見たことがない。
たとえ陰で努力しているのだとしても、それを見せない、思わせない天の振る舞いを優は格好いいと思うし、憧れている。だからこそ、優は天を誰よりも。
「――信じてますから」
他方、恥ずかしげもなく信じていると言った優の言葉を、シアとしては素直に受け取るわけにはいかない。
「『信じる』って……そんなの、願望じゃないですか……!」
信じる。シアにとってそれは責任を放棄し、ただ己の願望を押し付ける行為と同義だ。そして、シアはそれが嫌いだった。いや、人間である優には許されるかもしれない。それでも、天人である自分がそうするわけにはいかない。
「信じるなんて、そんな無責任なこと。私は出来ません」
暗い表情のまま、言葉に少し怒りをにじませたシア。
彼女の言葉に、優は戦闘中ですらほとんど変えなかった表情を、意外そうなものに変えた。
「え……? 魔獣と戦っている時、シアさんもずっと、俺を信じてくれていたじゃないですか」
シアも自分を信じてくれていたのではないかと、確認する。
「そんなはずありません! 私がいつ、どこで、どのようにそんな無責任なことを?!」
「えっと、冗談、ですよね?」
シア本人は自覚していないようだと、優は本気で驚く。いやしかし、と優は首を振る。シアは天人であり、神様だ。あるいはこれも、自分――神代優という
「自分1人でも魔獣を倒すことが出来たのに、終始、俺に作戦立案を任せてくれました。それに文句も疑問も挟まず、従ってくれました」
戦闘を振り返り、指折りシアの動きを説明する。
「結果、1体目の魔獣を倒してくれましたし、魔獣の攻撃をしのぎ切るだけの盾も作ってくれました……。それって、俺を信じてくれたからじゃないんですか?」
これを信頼と呼ばずして、なんというのか。優を利用した、という見方もできるが、この状況で強者のシアが弱者である優を利用する意味はほとんどない。むしろ、優に利用されに来た形だ。
となると、“元”神である天人として、シアは優の人間性、あるいは実力を試しているのだと優は本気で考えていた。
「私が、優さんを、信じて……?」
そんな優の説明をシアは何度も反芻して、自身も先の戦闘を思い返し――。
「……あっ。あぁぁぁ……っ!」
なるほど、信頼、あるいはもっとひどい、依存と言われるような状態にあったのだと自覚し、赤面する。
多くの決定を優に一任し、自分は彼の指示に従うだけ。それらは全て、シア自身が心のどこかで、責任ある死を望んでいたことも意味していた。
――私はなんて無責任なことを!
しかもそれを自覚せず、あまつさえ命の恩人ともいえる彼に怒りをぶつけてしまった。顔が、耳が、全身が熱くなっていることを自覚しながら、シアはその場にしゃがみ込んでしまう。
「~~~~~っ!」
穴があったら入りたい、とはこのことだとシアは顔を覆う。恥ずかしさで人は死んでしまえるのではないかと思えるほどだった。
「言っておくが、今回犠牲者はいない。恐らくこいつが一番の怪我人だ」
学生2人のやり取りを静かに見守っていた進藤がそこで口開き、今回の魔獣襲撃による犠牲が無いことを補足する。こいつとは、背中に担いだ春樹をさしていた。
ジョンも下野も天も。もうすでに犠牲になったのだと思い込んで、1人で絶望していたのだ。
『
『きちんと自分というものを見て欲しんだがな』
両親から呆れられたことを思い出しながら、
「恥ずかしい! み、見ないでくださいぃ……」
耳まで赤くしながら顔を手で覆うシアのその様を見て、ようやく優は彼女の人となりが見えてきた気がした。
角度によって濃紺に見える碧色の目に黒髪。細く通った鼻は高すぎず、日本人好みする顔立ちをしている。マナの色も含めて神秘的な雰囲気もバッチリだ。魔法を使えば軽く人間を凌駕し、権能を使えば奇跡に近い現象を起こすことが出来る。
しかし、その実。責任感が強く、思い込みが激しいタイプなのだろう。
気を張っているのかと思えば、外地という危険な場所で簡単に騙され、子供にせがまれ。挙句の果てに騙した当人たちとトランプをしてしまうようなお人好し。あるいは楽天家。それがシアという天人なのだ。
「天人って、もっと超越的な人たちだと思っていたんですが……」
恐らく彼女に、自分が思うような深遠な考えなどないのだろうと優は苦笑した。
「……そろそろ行くぞ」
進藤の言葉で、優は自分が油断していたのだと気づく。それはシアも同じだ。
まだ近くに他の魔獣がいるため、子供たちもひとまず内地に運ぶ必要がある。気持ちを切り替えた2人は〈身体強化〉を使用して、マイクとマットを優が、ケリーをシアがそれぞれ抱える。
「遅れるなよ」
そう言って駆け出した進藤の後を追うこと数十秒。優たちは境界線を飛び越え、どうにか無事、内地にたどり着いたのだった。
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