第一幕・後編……「初任務に向けて」

第9話 銀髪の天人

 そらの報告を受けてやってきた教員たちと共に第三校へと引き返した優たち。

 第三校、教務棟の裏手にある保健センター。死と隣り合わせで活躍する学生たちを支えるために、その内部は保健室というよりは小さな病院と言って良い。

 外地演習の日など、生傷が想定される日であれば、【治癒】や【再生】を司る天人が派遣されるため、ある程度の重傷もたちどころに治ってしまう。


 しかし、死んでしまった人――心肺停止や脳死状態の人などを蘇生する魔法は確認されていない。

 一方で、一度息を吹き返せば、権能による治療もできる。そこには励起・安定・鎮静というマナの3状態が関わっているとされるが、今は置いておく。




 わずかな可能性。それでも、懸命に救命処置を行なった優。

 今は夏休み。授業があるわけでも、特別な日というわけでもない。

 実際、保健センターには倒れていた女性を治すことの出来る天人の職員はいなかった。

 しかし、治療できるはいた。


 彼女と常駐する医師の協力を得る形で、女性は一命を取り止める。

 魔人が生きたまま長く食べるために、内蔵を傷つけていなかったことも大きな要因としてある。

 様々な幸運が重なる形で、女性は一命を取り止めた。




 吉報に、心の底から安堵した優。


 その一方で。


 天という援軍、傷の度合い、治療した天人の存在など。

 多くの偶然によって女性の命が助かったことを、彼は理解していた。

 そこに自分——『神代優』の存在はどれだけ意味があっただろう?

 むしろ、本当に意味などあったのだろうか? 救命処置など、特派員でなくとも出来る。そして肝心の魔人との戦闘では手も足も出なかった。


 (今、俺が特派員になったとして、果たして何ができる?)


 彼の中に目指すべき具体的な目標はある。例えば冷静に物事を見て、全てをそつなくこなす天。

 特派員にとって最も大切な気配りや人間関係の構築が得意な春樹。

 曖昧な啓示のせいで全てを自分のせいだと背負い込み、それゆえに努力を続けるシア。


 彼ら彼女らこそが、優の具体的な目標だ。

 しかし、その先。

 「どのような特派員になるのか」という部分が曖昧であることに優は気付く。


 (卑屈になっている時間はない、か。早いうちに、少なくともこの夏の間には、どんな特派員になりたいのか。明確にしよう)


 こうして、魔人との対面は彼に、夏休みの宿題をもたらした。




 翌日の8月3日。


 冷房の効いた図書館。

 数十万とも言われる蔵書数を誇る大きなその建物は地上2階と地下1階からなる。

 中央には吹き抜けと階段、各所に椅子が置かれ、どこでも本が読めるようになっている。

 パソコンやタブレット端末も使用でき、学生が雑談しながら研究・勉強できる自習室もあった。


 朝、優と天は2階にあるその自習室で、ある人物に会い、魔人の話を聞くことになっていた。

 全面ガラス張りの出入り口から入ると、図書館にしては賑やかな声が聞こえてくる。

 カーペットタイルの上を行くこと少し。


 見えてきたのは壁際のテラス席。そこだけ穴が開いたように、静かな場所。

 優が足の長い椅子に座るの背中に話しかける。


 「モノ先輩」

 「お、来たね。神代天ちゃんに、お兄さんの優クン。昨日ぶり」


 振り向いた美女は黒ぶち眼鏡をかけていた。

 白色照明を受けて白銀に輝く銀髪、身長は天より少し高い程度であるものの、凹凸のある肢体は見る男性たちを魅了する。前髪が邪魔にならないようピンでとめ、その奥にある瞳は淡い青にも緑にも見える、サンゴ礁広がる海のよう。

 自身の美を理解し、限られた人物しか着こなすことが出来ない真っ白なセーラー服を着た彼女は天人。

 第三校の7期生で昨日、保健センターで女性の救命に協力した人物だった。


 「ひとまず、2人とも座って、座って」


 そう言って両サイドの空いている席を勧めて笑うモノ。

 シアとはまた違った雰囲気を持つ絶世の美女の笑顔。

 同性の天はまだしも、優は隣に座る動きがぎこちなくなる。


 「優クン緊張してるの? 可愛い」

 「からかわないでください……」


 モノが天とも軽く挨拶を交わしたところで、優が話を切り出した。


 「今回は先輩のご提案通り魔人? についての話と、できれば俺と同じ無色の先輩の話も聞きたいです」


 先日の対人実技試験の時。優はモノが無色のマナを持つ数少ない天人だと知った。

 対戦相手に敗北し、倒れたシアを助けた彼女。

 後に試験の安全確保を彼女が担っていたことを知ったが、その姿は優にとって間違いなく、“格好良い”と言えるものだった。


 「私の事、知ってくれてるんだ? 私も“いい子”の君に、興味あるなぁ?」

 「……?」


 【断罪】【公正】【不正】の3つを司るモノ。その権能の一環で、その人の目を見るだけでその人の善性・悪性がわかる。

 はじめて優に会った時、彼からは純粋な善性が感じられた。それは彼が後ろめたく思っている事柄が限りなくゼロに近いことを示している。

 ここまで秘密の無い人間はそうそういない。自身の犯した罪を悪と思わない根っからの悪人か、馬鹿か。

 優の人となりを知りたいとモノは思っていた。


 ――だから今回、手を打った。


 優が助けた女性の傷を、権能を使用してまで助け、彼らに接触したのも、そのため。


 (彼女に出すよう言った任務。それが終わった時、空っぽで無色透明の君は、どんな色に染まるかな?)




 そうして興味があると言いながらあやしく笑うモノに対して、


 「先輩? 魔人の話、ですよね?」


 と、こちらもにっこり笑った天が会話の流れの修正を試みる。

 彼女もなんとなく、モノがただの良い人では無いことを感じ取っていた。


 「あれ、いてるの、天ちゃん?」

 「魔人の話、しましょう。じゃなきゃ帰ろ、兄さん。やっぱりこの人、怪しい」

 「おい、天。俺たちは教えてもらう立場だ」

 「いいの、いいの。私が若い2人を大人げなくからかい過ぎただけ」


 天人は子供の姿から成長することはあっても、ある時を境に見た目が変わらなくなる。受肉する前、天界と呼ばれる場所で過ごした時間も考えると、見た目と精神が異なることはよくあった。


 なお、モノは生まれて60年ほど。第三校にいる天人の中では最も長くいる人物ということになる。


 「それじゃあ天ちゃんの言う通り、まずは魔人のお話」


 そう言ってモノは手にしていた本を開いた。

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