第8話 希求
〈探査〉で得た情報を優に伝える
「――だってあの人、もう死んでるから」
返って来たマナの反応から見て、彼女は死んでいる。
すぐに適切な救命処置を施せば、あるいは生命活動を再開することもあるかもしれない。
それでも、現状、そんなことをしている余裕は無い。
それならば、死のリスクを負って低い可能性を追い求めるより、生きている人が生きたまま帰ることが出来るようにすべき。
天は優のように、理想を追い求めることなどできない。
「それでも――」
「無視してんじゃねぇ!」
天による至極現実的で、冷酷な判断に食い下がろうとした優が言い終える前に、魔人が兄妹めがけて〈魔弾〉を飛ばす。
魔獣や魔人も内包するマナの量は一般人よりもはるかに多い。
当然、彼らが使う魔法も強力なものなのだが――。
「よっ」
〈身体強化〉で全身を薄く黄金色に輝かせる天が、左手の甲に〈創造〉した半球のような丸い盾。
それを、しなやかな膝の屈伸と腕の曲げ伸ばしも使いながら、受け流すように振り上げる。
まるで蝶や小鳥を空へ帰すように、黒い塊を上空へと導いた。
しかし、一瞬、振り上げられた黄金の盾が彼女の正面左側に死角を作る。
すかさず魔人は手にしていた曲刀を投擲。
ちょうど天の左脇腹付近。
天の見えない場所から迫る凶刃だったが、彼女を切り裂くことは無い。
隣にいる優が、それを許さない。
「――っ」
なけなしのマナで50㎝ほどの片手剣を創り、迎撃。
黒い曲刀をすんでのところで弾き返した。
「天、危ないだろ……」
「それは兄さんの魔力が、でしょ?」
先の〈探査〉で優の魔力も把握している。
そして、兄であればこれぐらいやってのける。そんな信頼による連携だった。
「おいおい、マジかよ……」
そう言った魔人の目は天を見ている。
通常、正面から受ければ爆発する〈魔弾〉。
魔人は、そうして悪くなるはずの視界を利用して優と天、2人に攻撃するつもりだった。
しかし、天は爆発しないように慎重に力を分散させながら、受け流すように対処して見せた。
その妙技に、さしもの魔人も舌を巻く。
「お返しに……こうっ」
そう言って天は木々の頭を越える、高さ5mほどの〈探査〉を使用する。
そうして範囲内の空間を把握し、脳内で反芻。体外に放出したマナをそこに凝集させていく。
同時に小さな〈魔弾〉を3発、魔人めがけて飛ばす。
そうして飛んでくる小さな黄金色のビー玉が高密度のマナで出来ていて、強力なことを知っている魔人。
無理に受けるのではなく軽い身のこなしで右へ、左へ回避する。
と、常に漏出する彼のマナが頭上に迫る魔法を感知する。
「おっと!」
言って後ろへ跳べば、目の前に〈創造〉された1mほどの槍が降ってきた。
人間であれば完全な死角からの攻撃に、しかし、彼は完璧に対応する。
「おいおい、同時に魔法を5つか。それに、さっきの受け流したり、離れた場所に〈創造〉したり……化け物かよ?」
人の並列思考能力からみて、通常、魔法の同時使用は3つ、多くとも4つが限界とされている中。
目の前の少女は〈探査〉と〈魔弾〉を3つ、さらに上空に槍の〈創造〉と魔法を5つ使った。
9期生が誇る“魔法の申し子”の面目躍如といったところか。
「じゃあ、こう」
今度は水晶大の、少し大きな〈魔弾〉を5つ用意。それらをタイミング、軌道をずらしながら炸裂させる。
魔人が避けるたびに地面で爆ぜ、衝撃で湿った土が舞う。
3つ避けたところで、さすがに全ては避け切れないと判断した魔人は、ドーム状の黒い盾を〈創造〉。
人によっては〈防壁〉や〈シェルター〉と呼ぶその魔法で、残りの2発から身を守った。
「――で? お前の兄貴は何してる?」
〈創造〉を解除した魔人の目線の先には天しかいない。
無色のマナの優位性は、魔法が目に見えないというその隠密性にある。
しかし、魔人にはそれが通用しない。
ゆえに先ほど魔人の死角を狙った天の攻撃同様、奇襲の効果は薄いのだが……。
「兄さんなら、ほら」
そう言って天が示した先には。
「大丈夫、大丈夫だ……!」
優が倒れていた女性の止血と救命処置をしていた。
「ハッ! 何してるかと思えば、無駄な努力かよ。警戒して損した」
「それには私も同意。ほんと、諦めの悪い……」
ここからであれば第三校の保健センターが一番近い治療施設だろうが、間に合う保証はない。
魔力も低下し、体も重いはず。
それでもなお、懸命に見ず知らずの命を救おうとする優。
その姿に、天は温もりのある一瞥を向ける。
そして――。
「まあでも、可能性はある、かも?」
「あん? ああ、お前が俺を秒殺してあいつを運ぶって話か?」
今すぐに医療施設に運び、“特別な治療”を受けられるのであれば、可能性はあるだろうと言う天。
「残念だが、そう簡単に――」
「そうじゃなくて、もっと簡単に。あなたはもうすぐここからいなくなる。言ったでしょ? 私、寄り道したの」
「そりゃどういう……」
そう言った天の言葉の意味を知るより早く。
「こっちだ! 〈探査〉があったのは!」
「おい! 誰かいるか?! 生きているか?!」
「ケガ人はどこですかー?!」
第三校がある方角から複数人の声がする。
ここに来るときに天が相談しておいたのだ。
近くの森に、重症人がいるかも、と。
(まあ、ケガ人は兄さんの予定だったけど)
自分たちはまだ学生――子供だ。
なんでもできるという
戦闘中に使用した〈探査〉。
それは空間を把握し、魔人の頭上に〈創造〉するためと、もう1つ。
自分たちの居場所を彼らに伝えるためだった。
「なるほどな。こりゃあ一杯食わされたわけだ?」
「このまま先生たちに殺されてくれてもいいよ? 正規の特派員だし、それこそ秒殺かも」
「ハッ、冗談。じゃあな、化け物」
そう言って魔人が声のした方向とは反対へと駆け出すと同時。
助けに来た教員たちの1人が使った〈探査〉の青いマナが、優と天を通り抜けた。
…………………
※ここで前編が折り返しです。今後に期待できそうなら、評価や応援を頂けると幸いです!
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