第12話 天人の力

 魔獣の放った〈魔弾〉が優とシアのすぐそばを通過し、近くに生えている木に当たって爆発する、その直前で。

 どす黒いマナの塊は、真っ白な光の粒子に姿を変え消滅する。


 シアが想像したのは対象――魔獣を死の【運命】へ誘うことだ。そして、彼女の純白のマナはそのイメージを具現化する。森に広がった白いマナを浴びた魔獣が次々に、その体からいくつもの白い光を生み出しては、砂になって死んでいく。森から上空に向けて、数えきれない数の白いマナが、てんを目指して消える。その美しい光景に、三校生たちは時を忘れて見入ることになった。


「かみ、ろ、うううううううう」


 優たちが相手にしていた魔獣も体の端から黒い砂になって消えていく。人を模していた魔獣の腕が消え、足が消えはじめ、それでも。まるで執念でもあるかのように、優をめがけてノソノソと歩く。が、すぐに足首から先が無くなって倒れてしまった。

 歩けなくなったことがわかると、今度は倒れている優と、彼のそばにいるシアをめがけて〈魔弾〉を放つ。大きさは先ほど使ったものと比べるとはるかに小さい、ソフトボールぐらいだ。それでも、備え無しで直撃すれば大怪我になる。

 しかし、その攻撃も届かない。離れていたからこそ、魔獣の動きを見ていた者たちがいた。


「この程度なら」


 無事、権能が発動したようだと判断した三船美鈴みふねみすずが射線上に割って入り、〈創造〉した分厚く丸い盾で受けきる。なおも〈魔弾〉を放とうとマナを凝集させていた魔獣だったが、


「せめてこれぐらい!」


 その場にいたもう1人の三校生、木野きのみどりが手にした若草色のバールのようなものを振り下ろし、それがとどめとなる。どこか暖かみのある白いマナの光に包まれながら、その魔獣も黒い砂になって絶命するのだった。




 仰向けに倒れたまま動かない優。すぐに彼の上から退いたシアは、傍らに膝をつく。

 全身を打ちつけた彼の身体から聞こえた致命的な音を、抱きしめられていたシアの耳も捉えていた。頭も打っている。むやみに動かすこともできない。


「優さん……」


 どうしていいのかわからず、呼びかけることしか出来ないシア。

 しかし、優から返ってくるのはヒューヒューと異音を含んだ呼吸音だけだ。命があることを示すその呼吸音も、地面を打ちつける雨音で聞こえなくなるほど弱々しい。


「……ひとまず、〈探査〉するね」


 今いる場所は外地だ。まだ魔獣がいるかもしれない以上、優先順位というものがある。優から役目を引き継いだ木野は使命感を持って、周囲に若草色のマナを広げる。そして、先ほどまで森に無数にいた魔獣の反応が1つもなくなっていることに驚くことになる。


「うそ?! 魔獣が1体もいないよ……?!」

「これが天人の力……」


 三船も明らかに静寂を取り戻した森から魔獣がいなくなったことを察する。人間には無い、天人の神秘的かつ圧倒的な力を前に、三船も木野も畏敬いけいの念を抱かされる。また、雨に打たれ、ぬかるんだ地面にへたり込んだまま1人の少年を見つめている天人の少女。その姿は名画のように神々しく感じられ、ただの“人”でしかない自分たちが軽々しく踏み込んではいけないような気分だった。

 そうして三船と木野が黙って見つめる先でシアは、


「優さん……。優さん! 目を開けてください! 諦めないで……っ」


 最後の言葉はあるいは、自分に向けた言葉かもしれない。懇願するように言って、力なく垂れた優の手を握る。

 思い出すのは先週、魔獣を前に死を受け入れようとしていた自分の手を取ってくれた優の姿だ。あの時のように、彼の温かな手を取ることで、運命が変わる気がした。

 しかし、握った途端、その手の冷たさにシアは驚く。雨と失血が今も、優から温もりを奪っていく。死にゆく彼を前に、シアの頭が真っ白になる。それでいて、心は重く、暗い。


「また、私のせいで……」


 言葉だけで自分自身を押しつぶすことすら出来そうな重みのある呟きが、涙と一緒にあふれ出る。

 天人である自分シアはどんな影響を周囲に与えるのかわからない。だからこれまでも、何かを強く願ったことなどなかった。全ては啓示のせい。そう言い訳をして、両親の死すらも受け入れ、あるいは仕方がないと妥協して生きてきた。

 天人である自分は、人間が当然のように抱く想いや願いを持ってはならないと思っていた。しかし、今。


「死なないでください……っ!」


 気付けばそんな言葉がシアの口から出ていた。それは優とセルを組むことになった時と同じで、自然に出てしまったものだ。自分が思わず口にした言葉を自覚した時、シアはようやく自分が押し殺してきた想いや願いを自覚する。

 シアは、誰かと心の底から信頼し合える関係を結びたかった。啓示が及ぼす影響を、ともに乗り越えていきたかった。運命的な出会いをたくさんして、そうして手にした日常で、人々と一緒に甘いスイーツが食べたかった。ショッピングだってしたい。恋愛だってしてみたい。友人が、仲間が、ずっとずっと欲しかった。


 ――でも、もう遅いです。


 不覚をさらした自分をかばって死ぬことになる優。彼を失った世界で――優を殺してしまった世界で、どうして自分だけが願いを叶えられるのか。誰が祝福してくれるというのか。誰よりシア自身が、自分を許せない。


 ――いっそこのまま、私も優さんと死ぬべきなのでは……。


 それが天人としての責任の取り方ではないだろうか。真っ暗な思考の淵に立ち、今にも身を投げそうなシアの脳内に、ふと。


『詩愛ちゃんはもう少し、我がままになっていいのよ?』

『そうだ。詩愛は詩愛なんだからな。天人だなんて、関係ない』


 そんな声が聞こえる。その声は、シアが誰よりも言葉を交わし、愛情を注いでもらった2人の声だ。知識だけが豊富で、礼儀も作法も知らないシアに根気強く“人”として生きる道を示してくれた、その声は、


「おじいちゃん、おばあちゃん……?」


 もう2度と会えない、シアの両親の声だった。

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