第2話 〈曙(あけぼの)〉
優とシアが立ち去ったことを確認して、天は改めて女子高生の魔人アスハに目を向ける。
「魔力は私よりちょっと高いくらい。周囲100mに敵の反応無し。けど、多分、魔法的な感覚をごまかす権能が働いてる。注意して、春樹くん」
隣に並ぶ春樹に、伝えるべき情報を手短に伝えた天。手元に黄金色の槍を創り出し、先端をアスハに向けた。
「天人の権能……?」
天に
「うん。森で私とシアちゃんが言ってたやつ。あれ多分、権能だ」
「まじか……」
天の言葉を、にわかには信じられない春樹。なぜなら、魔人を隠すようにして権能を使用していたのだとすると、魔人の側に天人が付いているということになる。
天人は、基本的に人類に対して友好的か中立。悪くても無関心。その立場を貫いて来ていた。しかし、もし、魔人側に天人の協力者が居るのだとすれば、それは明らかな敵対行為。人と神の在り方を定める世界人神条約違反になる。
「何考えてるんだよ、日本の天人さんは……」
呆れ半分、困惑半分で言って、春樹は頭を抱える。
「さぁ? 天人がみんな、シアちゃんみたいだったら良かったんだけど。残念ながらモノ……先輩……みたいな人の方が多いと思うから」
モノに対してギリギリ「先輩」という付けることに成功した天。まだ自分が冷静であることを客観的に分析して、小さく息を吐く。そんな天に、アスハが声をかけた。
「君、名前は? アスハはアスハ。
特に構えることもなく。しかし、これといった隙を見せないアスハによる問いかけを、天はその場で槍を振るって両断する。
「答える義理、なくない?」
「あっは、確かに! けど、ソラちゃんって呼んじゃうね? その髪、おしゃれだね。自毛?」
アスハが視線で示したのは、金髪と黒髪がまじりあう天の髪だ。これといって他意のないアスハの素朴な疑問に、しかし、天は少しだけ顔をしかめる。
実は第三校に入学当初、天の髪は「黒髪に金髪が混じる」程度の割合だった。しかし、最近……具体的には夏休みを過ぎたあたりから、少しずつ金髪の割合が増えて来ていた。そして、時を同じくして、感情に歯止めが利き辛くなっている。
その事実に気付いた時から、天は自分が“何か”に侵食されているような、そんな気がしていたのだった。
「……それについても、答える義理、無いよね?」
「うわー、
「頼んでない……しっ!」
このままでは
「良いねぇ♪ アスハ、拳で語るのも好き!」
天による槍の突撃を、真正面から迎え撃つアスハ。〈身体強化〉によって身体能力が向上していようが、天は身長150㎝弱と小柄。しかもやせ型ということで、攻撃自体に重みを出せるタイプではない。対するアスハは高身長で、凹凸のある体つきをしている。魔人になったことで身体能力も向上しており、さらに〈身体強化〉を使えば、
「ほいっと♪」
「くっ……」
天の小さく軽い身体など、簡単にはじき返すことが出来てしまう。しかも、迎撃そのものが、攻撃になるほどの威力を持っていた。
槍を斧で弾かれただけにもかかわらず、地面を滑るようにして飛んでいく天の身体。瞬時に空中で身体を反転させた天は、槍を地面に突き刺すことで吹き飛ぶ威力を減衰させる。
「――――!」
天が作り出した隙を突こうとアスハの死角に回り込んでいた春樹。彼が気迫を込めて、しかしながら気配を悟られないよう無言で振り下ろした両刃の剣が、アスハを捉える。
しかし、切り裂いたのは制服の肩口だけだ。その下にある柔らかそうな色白の肌は、一切傷ついていない。
「くそっ」
「残念だけど、見えてたよ、ハルキくん? それと、大事なお知らせ。君じゃ、アスハの敵になれない」
「うぐっ!?」
まさか剣が肌で跳ね返されるとは思っていなかった春樹が見せた隙をついて、アスハが左腕を振るう。幸いだったのは、身に着けていたプロテクターにアスハの攻撃が当たったことだろう。春樹は大きく吹き飛ばされ、全身を打撲するだけで済んだのだった。
ここで戦闘が一息つく、ことはない。数の利を押し付けていかなければ、魔人には勝てない。
――〈
内心で魔法名を呟いた天が、アスハの周囲に黄金色のマナによる爆発の種を創り出す。
〈散撃〉は空中のとある一点にマナを凝集させ、一気に全方位に放出、爆発させる魔法だ。威力もさることながら隠密性に優れる、使い勝手の良い魔法といえる。反面、高い空間認知とマナの扱いが求められる魔法でもあった。
〈創造〉を解除して、とりあえず4か所、アスハの周囲に〈散撃〉の種を仕込む天。対するアスハも、魔人というよりは魔獣としての性質として周囲に漏れ出てしまうマナによって、天の〈散撃〉を悟る。
もし天が戦っている相手が魔獣ならば。あるいは、知能の低い魔人ならば、逃げるか防御するかの2択になる。しかし、アスハは魔人になってなお、限りなく人間に近い形を保っていられるほどの知性を有していた。
「〈魔弾〉、〈魔弾〉っと」
凝集しようとしていた天のマナに濃密な間の塊である〈魔弾〉を命中させ、マナを拡散。〈散撃〉を不発に終わらせる。
ただし前後左右。アスハを取り囲むように発生した4つの〈散撃〉の種を潰す作業にはどうしても意識と思考が割かれる。わずかに生まれたその隙をついたのは、春樹だ。
全長1.25mの、刀身が細い剣を両手に持ち、再びアスハに接近。
「っらぁ!」
「だから効かない……つっ!?」
夏休み明けから
が、肉を割くことはない。数ミリほど食い込んだところで、刃は止まってしまった。
「むっ、ハルキくん! さては最初、手加減してたなーっ!?」
「のわっ!?」
自身に向けて斧を振り下ろして来たアスハの攻撃を、春樹は後方に飛び退くことで回避する。しかし、春樹が地面に足を着いた時には目の前にアスハが居て、
「“敵”なら、殺さないとね」
引き絞られたアスハの小さな拳が、春樹の腹部を狙う。向上した身体能力に、さらに〈身体強化〉で上乗せされる魔人の拳。例えそれが女子高生のものだったとしても、拳銃にも勝るとも劣らない威力を発揮する。直撃すれば吹き飛んで内臓を損傷。最悪、腹部の肉が吹き飛ぶ。どちらにしても致命傷だ。
そんなアスハの攻撃は、
「〈
彼女の背後で囁かれた天の声と、天がアスハの脇腹に深々と突き刺した黄金色の槍によって中断される。
「あぐっ!?」
短い絶叫を上げたアスハの身体が、横方向に吹き飛んでいく。
死を覚悟していた春樹からすれば、目が点だ。目の前を一瞬、黄金色の光が通り過ぎていったかと思えば、魔人ともども居なくなっている。
「……はっ!?」
呆けている場合ではない。そう改めて周囲を見てみれば、脇腹に黄金色の槍が突き刺さった状態でうずくまるアスハの姿と、遠くで地面に槍を突き刺した状態で膝をつく天の姿があった。
「天、大丈夫か!?」
「もち。春樹くんこそ、大丈夫?」
「お、おう。なんとかな」
間に合ったこと。そして、新作の魔法がうまくいったことに、天はほっと息を吐く。
敵として見ていなかった春樹からの有効打。それによって揺れた、アスハの思考。戦闘に慣れているからこそ瞬時に春樹を脅威として認め、アスハが春樹の排除に集中した。瞬間、自分への注意が逸れたことを天は見逃さなかった。
足元に、陸上のスタート台にも似た傾斜のある薄い板を〈創造〉。そうして創り出した板の下で、小さくとも強力な〈
どうしても人間の運動能力には限界がある。どうにかして、敵に瞬時に接近する方法はないか。模索する中、過去の文献や映像を見ていた天が見つけたのが、爆発の勢いで自分を飛ばす〈人間カタパルト〉なる頭のおかしな魔法だ。結局、その魔法の開発者は実験のさなか、射出された瞬間に意識を失って地面に叩きつけられて死亡している。
が、その魔法を実用レベルに改良するのが“魔法の申し子”こと神代天だ。自分が意識を失わないギリギリは、直感が教えてくれる。加えて天であれば、同時に6つまでの魔法が使用できる。
――爆発に耐えられるように〈身体強化〉は必須。足場と槍で〈創造〉が2つ。それから〈爆砕〉……。
例え威力調整のために〈爆砕〉に魔法1つ分くらいの注意を割いたとしても、行ける。そんな判断のもと、文化祭あたりから練習し始めた魔法。
それこそが〈
夜を切り裂く最初の朝日をイメージして、天が命名した魔法だった。
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