第3話 天人
改編の日に受肉した神々を『人間』と区別する際の呼び方。
遺伝子的にも人間と何ら変わりない彼ら彼女ら。しかし、その生態は少し異なる。
例えば漏れなく眉目秀麗で、保有するマナの量が人間の10倍近くあったり、それぞれが啓示と呼ばれる存在理由のようなものを持っていたり。
その啓示に基づいていれば、限定的に自分以外のマナを操ることもできる。それこそ、人間が「奇跡」と、そう呼ぶような現象を〈権能〉の魔法として、天人は引き起こすことが出来た。
そんな天人の1人であるシア。
彼女が司る啓示は【運命】と【物語】の2つ。
天人は少なくとも2つ以上啓示を持つとされ、その数が少ない程、権能が強力になるとされる。
その代償というわけでもないが、天人がそこにいるだけで、啓示を示すような出来事がよく起きるとも言われている。
シアの持つ【運命】であれば、運命的だと人々が思うような出会いや出来事が。【物語】であれば彼女が選んだ“主人公”に様々な困難や試練が降りかかる。他にも【死】を司る天人の周りでは死にまつわる出来事が。
しかし、啓示同士は干渉し合い、与える影響を相殺させるとも言われている。そのため一般的に、啓示を多く持つほど、〈権能〉の魔法と周囲に与える影響が弱まっていくとされていた。
改編の日に天人が現れて10年ほど。彼らにもきちんと人権がある以上、研究は慎重に行なわれていた。
「コホン。それじゃあ、改めまして……」
そう言ったシアが
「「優(さん)、天(さん)、仮免許取得、おめでとう(ございます)!」」
手を叩いて、2人を祝う。
公共の場所でなければクラッカーなどの鳴り物があっただろう勢いだった。
「ありがとう、春樹。シアさんもありがとうございます」
「2人とも、ありがとう!」
祝いの言葉に、そう言って少し照れた様子を見せた優。
天も、これまた完璧な笑顔で祝辞を受け取る。
「俺とシアさんは来週ぐらいになりそうだ」
「頑張って追試、突破しますね」
その顔は少し切羽詰まったもの。
先々週に行なわれた仮免許取得をかけた試験。
その最後。
対人実技試験で負けてしまったシアと春樹は、補習と追試を経て仮免許を取得することになった。
出遅れてしまったこと。また、追試でまたも落ちるようなことがあれば、退学も見えてくる。
その焦りや緊張感が、シアと春樹の表情に見て取れた。
けれども、優からしてみればそれは杞憂と言うべきもの。
「春樹とシアさんなら大丈夫だろ。むしろ、俺が2人に離されないよう、特訓しておかないとダメな立場だしな」
2人が努力家で、尊敬できる人物だと知っているし、信頼もしている。
むしろ、マナの保有量――魔力が9期生最低レベルの自分に向ける不安の方がはるかに大きかった。
マナは手足の筋肉同様、使えば使うほど流ちょうに扱うことが出来、また、魔力も高くなる。
入学以来、折を見て魔法を使用して魔力を高めてきたが、それでも、一般人より少し高い程度の魔力しかない。
「その点、やっぱり天はすごいな。自慢の妹だ」
天は人間でありながら
眉目秀麗な人々が多いところも似ていて、違いと言えば啓示と〈権能〉の有無くらいだった。
「ふふん、それはそうだよ?」
兄の称賛を当然のように受け取る妹。
春樹も、そして、まだ付き合いが短いシアですらも、見慣れつつある光景だ。
「出たな、優のシスコン」
「
「大切で大好きな家族だからな。当然だ」
魔法を含め何事もそつなくこなす天才肌の天。
当然、見えない努力をしているはずだが、それを表に出すことは決してない。
優はそんな妹を誰よりも尊敬し、家族として愛していた。
そうして妹を誇る優をそっと見つめたのはシア。
シアと彼らとの出会いは5月の雨が降りしきる森の中だった。
『魔法実技Ⅰ』に授業で行なわれた外地演習。
優たちのように、安全な内地で暮らしてきた学生が外地の雰囲気に慣れるために行なわれる、探索作業のようなもの。
当時、自身の啓示の内容もあって何事にも受け身で、悲観的だったシア。
突然の魔獣の襲撃にも抵抗すること無く、死を待つだけだった。
そうして暗闇で死の運命を受け入れようとしていた彼女の手を引いたのが優と春樹。
自身の啓示は、運命は変えられるものだと。あるいは、自分が納得できるものでなければならないとシアに気付かせてくれた2人。
また、同じクラスでもある天はシアにとって大切な友達だ。
彼らと関わる中で、シアは初めてのワガママ――願いを持ち、生きることに積極的になった。
生きる目的、生きる意味を与えてくれた彼らに報いるべく。
そして、1人の人として、人々を守り、導くことの出来る存在になることが出来るように。
シアは懸命に努力していた。
ふと、どこかでキュルルっと可愛いく腹の虫が鳴く。
近くには計量方式のバイキングと調理場があって、食堂内には冒涜的なにおいが充満している。
昼食前の身体が反応してしまうのはある意味、仕方ないことだろう。
「――そろそろ昼飯にしよう。オレ、腹減ったわ」
荷物を椅子に置きながら言って、席を立つ春樹。
「私も! 今日は何にしよう……?」
すかさず天も彼に続く。
優も席を立とうとしたところで、うつむいたまま固まるシアを怪訝な顔で見つめる。
「シアさ――」
と、そこで濡れるような黒髪からのぞく彼女の白い耳の先が赤くなっていることに気付いた。
(なるほど……。さすが春樹)
「――……俺も、何にしようか?」
最初の時といい、分別のある幼馴染を尊敬しながら、先に席を立った2人に倣う優だった。
……………………
※外地演習に関しては後ほど、春樹とシアが改めて掘り下げます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます