第5話 特別養子縁組
豪華な夕食を終え、買ってきたケーキを女性陣が切り分けている間。優はリビングでくつろぎながら、浩二にクリスマスプレゼント――
「果歩ちゃんはな。特別養子縁組で我が家に迎えようと思っているんだ」
「特別養子縁組……?」
コーヒー片手にどこかで似たようなことを聞いたなとソファにもたれかかった優は。
「ケーキ、どうやって分けますか?」
「何言ってるのシアちゃん。5人だから5等分でしょ。私に任せて!」
「え、どうやって……」
そんなシアと天の会話で、シアが里親について話していたことを思い出した。
「里親じゃないのか……?」
素朴な疑問をぶつけた優に、浩二が苦笑しながら答える。
「まぁ、大体一緒だ。大きな違いと言えば、法的に親子関係が認められているか、いないかだろうな」
児童福祉の面はもちろん、もしも養親が死亡した場合の財産分与の仕方も異なる。
浩二と聡美が果歩に対して組もうとしている関係は、養子縁組。つまり、戸籍もきちんと神代家に移動し、優と天の妹になるということだった。
対して、シアを含めた天人に用意されているものは里親制度に該当するものだ。戸籍上の親子関係はなく、死後の財産分与なども受けられない。
――だからシアさんは、実家を離れてアパートに住んでいたのか……。
優は、夏休みの時に語っていたシアの過去を思い出す。
シアは、養父母である
両親だけでなく、形に残る財産も、何もかもを失ったシア。だからこそ、心に残ったもの……両親からの言葉や「
「果歩ちゃんが、俺たちの家族になるのか。……だからさっき、父さんは天に『今は』って言ったんだな?」
「そうだ。今はトライアル……お試し期間と言ったところだな。何度か果歩ちゃんに神代家に来てもらって、あの子がうちに馴染めるのか。それを確かめているところだ」
それこそが、果歩が神代家に居る最大の理由と言える。魔獣の出現によって、それ以前よりも多くの孤児が生まれるようになった。それに伴って、身寄りのない子供たちを預かる児童養護施設が増えたと同時に、里親周りの法整備も進められた。
その点、現在は、改編の日以前よりも格段に、養子を迎えやすくなっている。そうして受け入れのハードルを下げることで、可能な限り“親”が居る環境で子供が暮らせる環境作りを日本政府は現在進行形で進めていた。
「その分、行政による監視を厳しくしたり、定期的なカウンセリングを行なったりするのか……」
養子縁組について軽くまとめたサイトを携帯で見ながら浩二の話を聞いていた優だったが、ふと気になったことがあった。
「講習を受けるって書いてあるんだが?」
優が着目したのは、里親となるための条件だ。講習や面談など、最低でも半年はかかるとサイトには書いてある。
果歩が正式に孤児となったのは、今年の夏。優たちが初任務を終えた8月の下旬のことだ。現在は12月の下旬。浩二と聡美が里親の資格を得るには、期間が足りないように思ったのだ。
まさか法の抜け穴でも使ったのか。そんな優のじっとりとした目線を、浩二は豪快に笑い飛ばす。
「安心しろ息子よ。俺たちはとっくの昔に、審査をパスしてる。お前たちが中学に上がったくらいだったか?」
「そんなに前なのか!?」
自分の知らぬ間に、両親がかなり早い段階で里親になる権利を得ていたことを知った優。思わず出てしまった大きな声に、キッチンに居た女性陣が何事かと色めく。彼女たちに何でもないと身振り手振りで応えつつ、優は父に理由を尋ねた。
「なんでなんだ?」
声を潜めて行なわれた問いに、少しだけためらうような素振りを見せる浩二。しかし、もう話しても良い時機だろうと妻・聡美について語ることにした。
「優、天が生まれた時のこと、知ってるか?」
「……ああ。確か、かなり早産だったんだよな?」
天が生まれた当時、優はまだ1歳にも満たない。自然、語る内容は、両親から伝え聞いた話になる。
「そうだ。その理由が、聡美さんに子宮のガンが見つかったからだ」
子宮のガン。そう聞いて優が真っ先に思い浮かべるのは、テレビでよく見かける
「聡美さんが天を身ごもった時に分かってな。それなりに進行してたらしくて、母体の安全のためにも、お医者さんには下ろすことを勧められた。けど、な……」
「母さん、生むって?」
確認した優に、浩二が苦笑して頷く。
「そこからは、聡美さんの身体と天の成長。その兼ね合いだった」
しかし、出産予定日よりも3か月早かった3月の下旬。聡美の容態が急変し、破水した。
「そこからは、優に教えた通りだな。天は奇跡的に命をつないで、聡美さんもガンを克服した。その代わりに、聡美さんはもう、子供が生めなくなった」
「なるほど、な……。だから俺たちに、弟・妹が出来なかったのか」
今でも優や天が引くくらいに仲が良い浩二と聡美。ずっと新しい兄弟姉妹が出来なかったことが疑問だった優だが、これでようやく納得がいった。
「でも、お前たちの手がかからなくると、な……。父さんたち、我慢できなくなっちゃった♪」
「おい」
片目をつむり、舌を出してテヘペロをする父に、優が呆れる。
「お盆休み。聞けば、優たちが孤児の女の子を助けたって言ってただろ? それなら優と天とも顔見知りだろうし、拒否感も少ない」
「なるほど。だから果歩ちゃんなのか……」
偶然ではなく、浩二と聡美が外山果歩を選んだ。そして、養護施設側――第三校附属の養護施設も、積極的に孤児のあっせんを進めていた。だからこそ、果歩は今、こうして神代家で、指についたホイップクリームを嬉しそうに舐めることが出来ていたのだった。
「これまでも何度か、うちに来たことがあるんだぞ?」
「……果歩ちゃん。『ただいま』って言ってたもんな」
やや緊張気味であったものの、果歩が口にした「ただいま」という言葉。それこそ、果歩が神代家に何度か足を運んだことがあること。何より、神代家をどう思っているのかを表しているような気がする優だった。
「ついでに、今日は監査の人が居ない初めての宿泊になる」
「え、果歩ちゃんも泊まるのか?」
浩二の口から飛び出した新たな事実に、優は何度目とも分からない驚きを見せる。
現在は、養親とその家の雰囲気に慣れる期間である果歩。ここから少しずつ期間を延ばしていき、本人の意思と法定代理人の許諾を得られれば、最終的には成人するまで神代家に住むことになる。今日はその第一歩となる日でもあった。
「天の部屋にはシアさんが泊まるんだろ?」
優の家は3LDK。家族4人で、もう既に部屋は埋まってしまっている。シアを迎え入れることができるのは、天が同室を許可したからに他ならない。
そうして、もう既に手一杯な部屋のどこに果歩を迎え入れるのか。まさか自分の部屋か、と、リビングで寝ることを覚悟する優の頭を、浩二がガサツに撫でた。
「心配するな! 俺と聡美さんと一緒に寝てもらう」
「あ、そうか。そうだよな……」
「とはいえ、果歩ちゃんを迎えたとして、あの子の部屋も必要になる。出来れば天の部屋を貸してあげたいんだが……」
困り顔でリビングを見た父に続いて、優もキッチンの方を見てみる。
「果歩ちゃん! 今わざとホイップクリーム、指に漬けましたね!?」
「違うもーん! たまたまだもーん!」
「あらあら、このままじゃ優くんのクリームが無くなってしまうわ?」
と、仲良さげなシア、果歩、聡美から一歩引いたところで、天が飲み物の準備をしている。もとより子供を苦手としている天。しかも任務のこと、そしてシアとの時間を取られたというちょっとした嫉妬心もあり、果歩への印象は正直、よろしくない。
かといって、強く当たるのも大人げない。結果、天は果歩とどう接していいのか、分からないでいた。
「天、珍しく困ってるな?」
なんでもそつなくこなす妹の弱った姿に、優が頬を緩めながら言う。けれども浩二は、親としての知見から、優の言葉をやんわりと否定した。
「そうか? 昔から、天は優よりも不器用だろ?」
「は? 天が、俺より不器用? 絶対にそんなわけ無い。自分で言うのもなんだが」
「そうか……? まぁ、そうかもな!」
「どっちだよ……」
豪快に笑う父に息を吐いた優は、それでも、家族ならではの気の置けないやり取りに表情を和らげる。そうして笑い合う親子に、飲み物の準備を終えた天から指示が飛んだ。
「兄さん! お父さん! そこで暇してるなら、これ運んで!」
都合6つあるカップを、3人で運ぼうと言う。
「「はいはい」」
声をそろえた優と浩二が、配膳を手伝うためにソファから立ち上がるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます