第4話 勝ちの目

 ペイントボールを使用した模擬戦の場合、優のような魔力が少ない人物でも、天人や魔力持ちに勝てる可能性がそれなりにある。

 例えばこれが、魔獣や魔人との戦いであったなら。殺すか、殺されるか。そんな戦いになる。この場合、魔力が低い人間は圧倒的に不利だ。魔法を使える回数・威力・時間の違い、身体能力の違い。どれもが劣ってしまううえ、考え方すらも違う。触手の魔人に至っては人型ですらなかった。

 では人同士の殺し合いではどうか。これも同じ理由で、魔力が高い方が有利。特に魔力持ちは単純計算で10倍近い差がある。戦い続けることが出来る時間も、手数も、同じだけ差があると言って良い。


「――〈領域〉」


 模擬戦開始直後、首里が使用したのは〈領域〉の魔法。一定範囲内を己のマナで満たし、自身以外の魔法の使用を大きく制限する、そんな魔法だった。

 膨大なマナを必要とするため、現実的に使いこなすことが出来るのは魔力が高い人物に限られる。限られた人物しか使えない、そんな理由もあって「王者の戦い方」とも呼ばれるもの。


 模擬戦だと、瀬戸にその固定概念を覆されたのだったかしら――。


 刹那の思考。優の動きと己の紅いマナが広がる様を見ながら、模擬戦を振り返る首里。彼女の対戦相手だった春樹は、一般人が〈領域〉を使わないという常識を逆手にとって、一発逆転を狙った策を練った。結局は首里の勝利に終わったものの、以来、首里は〈領域〉による慢心を首里は捨てていた。

 〈領域〉は己のマナを放出し漂わせる作業が完了するまで3~5秒ほどかかる。そのため、通常は〈領域〉を使用する前に術者の集中力を削ぐ行動――それこそ攻撃を仕掛けることが一般的だった。しかし、


「うそっ、はやっ!」


 外で成り行きを見守る天ですら驚く、首里の圧倒的な〈領域〉の完成速度。1秒ほどで、紅いもやのように見えるマナで満たされた、半径3mほどの空間が出来上がる。

 小学校6年生ごろから魔力持ちに目覚めて以降、〈領域〉を磨いて来た首里。魔力が高くなり、至上主義者の中で自分が上に立つ者になった。ゆえに、弱い人を守る者――「王者」の象徴として、首里は〈領域〉を磨いて来た。そうして積み上げてきた3年以上の研磨の証と絶対的自信が、その魔法の完成速度だった。


「〈領域〉! さすが魔力持ちだな!」

「いけいけ、アカネちゃん!」


 横で応援する首里の両親をチラと見やって、天は口をゆがめる。〈領域〉の強みは魔法の使用制限だけではない。空間内のマナの動きを察知できる点も強みとして上げられる。それはつまり、見えないことが強みである無色のマナが、完全に察知されることになる。

 奇襲性と隠密性。無色である最大のメリット2つが完全に消されてしまった。


「やっぱり〈領域〉、使いますよね……」

「終わりよ、神代」


 〈領域〉を使って開始1秒で圧倒的優位に立った首里が、目の前に迫る優に告げる。〈創造〉で武器は創れず、春樹が行なったように自らも〈領域〉を使って奇襲することも警戒済み。優に使うことが出来る魔法は〈身体強化〉をはじめとした体内のマナ操作のみ。

 ここからは唯一、魔法を自由に使える“領域の主”たる首里がじっくりと範囲内のゆうを討つだけだった。


 ここまで、4秒。


 優は〈領域〉が完成してもなお、首里に向かって全力で駆ける。〈領域〉の維持にはかなりの集中力が必要だ。身の危険を感じさせて、少しでも首里の集中力を削ぐ。それが優の狙いだった。

 そうして近づいてくる優に対し、首里は〈創造〉を使用する。〈魔弾〉の使用は間に合わないと判断してのことだった。

 両方の手に刃渡り80㎝ほどの両刃の片手剣を創り出し、迎撃する首里。いつも使用している傘と同じ長さであるため、攻撃範囲リーチの把握もしやすい。加えて、自身の腕の長さを加えれば、優の腕の長さより長い。

 その紅剣こうけんを、姿勢を低くして無防備に駆けてくる優に振り下ろす。左右に逃げられないよう首の左右にあるペイントボールをめがけて。その瞬間も、首里に油断は無い。加速したコンマゼロ秒の世界で、考えを巡らせる。


 足を止めて回避――はもうできない。急制動しようにも、土で足が滑ってしまうでしょう。姿勢を低くすれば避けることもできるけれど、さすがに体勢は崩すはず。そこを、討つ。


 どこまでも冷静に、優の動きを見ながら剣を振り下ろす。

 そうして正面から振り下ろされる剣を、優は姿勢を高くしてことにする。

 肉を切らせて骨を断つ作戦にも見えるが、そうではない。もとより優は、首里を信じてこの勝負に乗っている。その信頼は首里がペイントボールを用意したことでほぼ確信に変わっていた。


 ――首里は自分とだと。


 迫りくる刃を両方の腕で受ける姿勢を見せた優に、


「なっ?!」


 寸前まで氷のような表情だった首里が、その顔を驚愕に染める。しかし、剣を引くにはもう遅い。鋭い斬撃が優の両腕を切り裂く、その直前で首里が手にしていた剣が消え失せた。首里が〈創造〉を解除したのだ。しかも、意図的に。

 結果、残されたのは無防備に剣を振り下ろした体勢で立ち尽くす少女ひとり。


 ここまで、6秒。


「すみません」


 優が首里の左手首にあったペイントボールを破壊しようと右腕を伸ばす。


「――っ! まだ!」


 負けるわけにはいかない! 負けたくない!


 すぐに思考を切り替えた首里は左手を引いて、伸びてくる優の右腕に自身の右腕を伸ばす。が、その動きをきちんと見切っていた優が空いていた左手で首里の右手首を掴む。


 パンッと乾いた音を立てて、ペイントボールが弾けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る