第4話 崩れ去る平和

 天が行なう〈探査〉に違和感を覚えた優。

 試しに自身も〈探査〉を使って小屋の周囲を調べてみると、自分たちが3体の魔獣に包囲されていることを知った。


「魔獣だ! すぐに〈身体強化〉を!」


 1体の魔獣が、小屋をめがけて突進してきている。そして、その経路上には下野しものとジョン、マイクの3人が居た。彼らは優の正面にいる。学生2人は自分で対処するはず。そう判断した優は真正面に居たマイクに飛びかかり、魔獣の突進の経路上から彼を外した。


 直後、木を砕く音と猛烈な衝撃が小屋を襲った。


 優の心臓がけたたましく鳴り、感覚を加速させる。視覚以外は不要と本能が察知し、音の消えた世界で景色がスローモーションになる。目の前には飛び散る木片と、表情を驚愕に染める同級生たち、そして、大きなイノシシが見えた。


 ――ギリギリ間に合った!


 胸元にマイクを抱えたまま優は空中で身をひるがえし、背中にマナを集中させる。そのままに小屋の壁に激突、薄い木の壁を、飛びついた勢いそのままに破壊して小屋の外へ飛び出した。


「ぐっ」「うわっ?!」


 優が肺から空気を漏らし、何が起きているのか分からないマイクが悲鳴を上げる。

 宙に浮いた状態の優の目に、一瞬だけだが小屋全体が見えた。イノシシのような魔獣の突進を受け、破壊される小屋。舞い散る木クズ。春樹とシアが、そばにいたケリーとマットをそれぞれ庇っていた。


 ――ナイス、2人とも!


 咄嗟に子供を庇った春樹とシアに内心で親指を立てつつ、優は右肩から着地して、地面を転がりながら受け身を取る。マイクを片手で抱えたまま地面を転がり、タイミングを見て、勢いと片腕を使って立ちあがった。


「〈探査〉」


 すぐに〈探査〉を使用して春樹と他の学生たち、魔獣の位置を確認する。4人が小屋の下敷きになっているようだ。

 先ほど見た状況から考えて、春樹とシア、マットとケリーだろう。


 小屋を破壊した魔獣は、2人の人間のマナ反応と座標を重ねながら、内地方向へ駆けている。消去法的に、ジョンと下野か。そして、周囲にいた残り2体の魔獣がゆっくりと小屋に向かっていた。


「な、何が起きたんだよ……?」


 一瞬の出来事に何があったか分かっていない様子のマイクが、混乱を吐き出す。時を同じくして、新雪のように白いマナが小屋の方から広がって来た。春樹のマナが黄緑色であること考えると、シアの〈探査〉だろうと推測する優。

 しかし、どれだけ待っても春樹のマナが見えてこない。


 ――何かあったと見るべきだな。


 優は思考を止めず、自分達全員が生き残る道筋を考え始めた。魔獣の反応が近づいている以上、倒壊した小屋から子供を救出して逃げることはもうできない。しかし、マイクだけなら抱えて逃げることが出来る。


 ――いや、今俺が考えるべきは、全員が生きて帰る方法か。


 魔獣が迫っているとはいえ、絶望するにはまだ早いと優は己を鼓舞する。そんな彼の耳に、


「兄ちゃんたちは?!」


 兄弟の安否を尋ねてくるマイクの声が聞こえた。

 マイクの弟、マットとケリーの2人は春樹とシアが身を挺して守ったことを確認した。

 しかし、兄のジョンと、ジョンの友人の下野については、魔獣と位置を重ねていることから、最悪に近い状態――魔獣に食べられている途中だと推測できる。今、その事実を伝えてパニックになられても困るし、彼らが生きている可能性もある。


「さっきの衝撃ではぐれたみたいだ。後で合流しよう」


 優はひとまず希望的観測を告げ、小屋に向けて駆ける。全員が生き残るという最善の未来を掴むための鍵は、絶大な力を持つ天人シアの協力を取り付けられるかどうかにかかっているだろうと考える。が、同時に。ジャージ姿でトランプに興じていた暢気な天人を頼ることに対して、優が不安を抱かないわけなかった。




 同じ頃、シアはマットを抱いた状態で、運よく壁と屋根の残骸でできた空間に収まっていた。

 外から見れば、瓦礫でできた三角頭のテントのように見えるだろう。胸元に抱いたマットは、ショックのせいか気を失っている。


「はぁ……」


 使用した〈探査〉で、もう逃げられないのだと悟ったシアは絶望の中、迂闊だったと、静かに後悔していた。

 自分たち天人は、そこにいるだけで多くの影響を与えてしまう。しかも、自身が持つ啓示は【運命】と【物語】。その2つしかないという言い方をするべきだろう。啓示の内容がそのまま、周囲のマナに影響して、特定の状況を作り出す可能性が高いはずだった。


「これも、【運命】ですか……? それとも……」


 【物語】の方はシア自身、ほとんどわかっていなかった。せいぜい、権能の内容がなんとなくわかる程度だ。

  一方で【運命】は、シアの周囲では自分を含めた誰かの運命を変えるような事象が発生すると知っていた。わかりやすいものは運命的な人・物との出会い。誰かを好きになったり、将来や夢が決まったり。その人の人生が変わる瞬間を数え切れないほどシアは見てきた。そうして変わっていく彼ら彼女らの熱量に憧れている自分にも、シアは薄々気が付いている。

 しかし、自分が人の輪に加われば、啓示の影響が大きくなる可能性もある。それを恐れ、シアはこれまで特定の誰かと深く付き合わないように気を付けてきた。いわゆる友達付き合いなども、ずっと我慢してきたのだった。


 とはいえ、特派員になるには信頼関係が不可欠だ。これまでよりもう一歩だけ、近づいてみよう。そう思って、くじで決まった男子学生2人と一緒に、初めて外地に出た今日、魔獣が現れたのだ。


『確かにここは外地だけど、学校のすぐそばに魔獣がいるわけないでしょ』

『俺たち今まで、魔獣に遭ったことないしな』


 ジョンと下野が話していたがことが本当なら、10年以上、一度も魔獣が出たことが無かったこの場所に突然、それも、複数体魔獣が現れた。明らかな異常事態であり、十中八九、自身の啓示が関係しているとシアは確信していた。

 先ほど行なった〈探査〉にはもう、ジョンと下野の反応は無かった。


 自分のせいで、お2人は魔獣に――。


「シアさん、マットは無事か?」


 自責に沈むシアを、春樹の声がすくい上げた。


「春樹さん、でしたか? はい。気を失っていますが……って、血が!」


 春樹もてっきり無事だと思っていたシアが紺色の瞳を見開く。天井に開いた穴かられ入る光に照らされた春樹の頭からは、おびただしい量の血が流れ出ていた。

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