第4話 3カフェ
時刻はたそがれ時。
シアとの待ち合わせ時間より少し早く3カフェに着いた優は、カウンターでコーヒーを注文していた。
第三校には3カフェを入れて、4つの食堂がある。そのすべてが敷地中央にある3階建ての教務棟にあって、1階には小鉢や出来合いの料理が乗った皿を自由に取って勘定する定食屋方式。2階にグラム売りのバイキング方式とレストラン方式のもの。3階にテイクアウト方式の食堂がある。学生それぞれが好みに合わせて、利用する場所を選ぶことが出来るようになっていた。
弁当やサンドイッチといった軽食のテイクアウトをメインにする3カフェだが、店内飲食も可能だ。特にテラス席は人気で、天候が良ければ多くの学生や教職員、研究者たちが利用している。
しかし、今日は魔獣が校内まで侵入したこともあって店内にいる人はまばら。学生たちの胃袋を支える食堂が閉まることは滅多にないが、ひょっとすると開いてないかもという優の懸念は懸念していた。
カウンターで淹れたてのコーヒーを受け取りながら、その心配が杞憂に終わったことに安堵する優。
シアが来るまで折角なら人気のテラス席でも利用してみようかと、店内奥へ。スマホ片手にコーヒーを飲んでいる学生を見ると、どうしても気後れしそうになる。彼らも同級生の可能性が高いのだが、なんとなく年上に見えるから不思議だ。
L字に折れた先。一面だけガラス張りになっていて、店内からテラスとその先の景色が見える位置に来た時、優はテラスに先客がいることを確認した。
人気の高い席だ。そこに人がいることは不思議ではない。しかし、夕日を見ながら1人頬杖を突き、まさしくたそがれているように見えるその人の後ろ姿がやけに絵になっていたため、思わず足を止めてしまう。セーラー服のような黒い服が、その美しい銀髪を映えさせている。
コーヒーの香りが鼻をつき、我に返る優。一瞬彼女の邪魔をしないよう、店内で待とうかと少し迷ったが、ここで引き下がるとなんとなく格好悪く思えた。ちょっとした意地と、どんな人物だろうという好奇心もあって、テラス席を目指すことにする。
やがて優が小さく息を吐いてドアを開けると、案の定、雨上がりの湿った生暖かい空気が頬を撫でた。
テラスにいくつかある席のうち、先客は出入り口から一番遠い場所にいる。背後でガチャと音がしてドアが閉まり、彼女は優の方をチラと見た。
肩のあたりで短く切りそろえられた銀髪は雨上がりの夕焼けに照らされ、オレンジ色に染まっている。邪魔だったのか前髪は細いピンでとめられ、その下にある整った目鼻立ちがよくわかる。
髪と同じ色をした長いまつげの下には紺碧の瞳が、優の黒い瞳と交錯する。時間にして数秒。気のせいか、彼女の瞳の奥できらりと好奇心が揺れた気がした。
天人だ。彼女に見惚れることになった優は、そう直感する。こんな人間がそうそういても困る。となると、9期生ではない。かつ今、学校にいる上級生といえば3年生か、教職員だろうか。
そんなことを考えながら手近な席に着き、コーヒーに口を付ける。店員によって椅子や机が手入れされており、雨が降っていたにもかかわらずそれらは乾いていた。
テラスからは遠く沈みゆく西日と、それに照らされる山の稜線が見える。このオレンジ色の自然豊かな景色が“3(sun)カフェ”の由来にもなっている。
少し下を見下ろせばもうそこは学校の敷地で、駐車場と、慰霊碑の立つ小高い丘――通称、『緑の丘』が見えた。
在学中、授業や任務で死んでいった学生たちを偲ぶために建てられた慰霊碑。今日死んでいった北村や相原たちの名前も、じきに刻まれることになるだろう。優はそっとコーヒーを置いて目を閉じ、彼らの安眠を願って黙とうすることにする。
静けさと湿った土のにおいを感じながら祈ること1分ほど。黙とうを終え、眼を開いた優に、
「君は、優しいんだね」
声が聞こえた。このテラスにいたのは銀髪の先輩だけ。そう思って彼女がいた方を見る優だが、もうそこには誰もいない。
「それに、“良い子”なんだ?」
今度は耳元で聞こえた、ささやくような甘い声。何事かと振り返っても、誰もいない。すぐにテラス全体を見渡してみても、やはり人影はなかった。
ここは3階だ。魔法無しで飛び降りるには無謀な高さ。魔法を使ったなら少なからず発光現象があるはずだが、それも見られなかった。残す可能性は彼女が店内に行ったというものだけ。
そう思って店内方向を振り返ったそこには、
「お待たせしてすみません、優さん。……どうかしましたか?」
優を見つけてテラス席に来たシアが、飲み物が乗ったトレーを手に驚いている姿しかなかった。
「シアさん、銀色の髪をした女の人、見ませんでしたか? 多分シアさんと同じで、天人だと思うんですが」
「いえ、見ませんでした。お知り合いの方ですか?」
「いや……」
シアがとぼけているようには見えない。白昼夢にしてははっきりと姿も、声も聞こえた気がする。何ならいい匂いだってした。
「シアさんは、幽霊って信じますか?」
あまりにも不可解な現象に優がそう聞きたくなるのも、仕方ないだろう。
「ゆ、幽霊ですか?! そんなもの、いません! もし、いても、それは死んだ人のマナが一時的に形を成したものだと聞きました。いえ、絶対ににそうです!」
優の真面目腐った問いに目を白黒させながら必死になって否定するシア。先ほど会った神秘的な天人とのギャップが可笑しい。あるいはそれもシアという1人の少女の魅力なのかもしれない。
いずれにしても優はシアのおかげで、落ち着くことが出来た。
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