第3話 “魔女狩り”

 「ここが優さんと天さんのご実家……」


 そう言ってさっと室内に目を向けるシア。リビングとダイニング、キッチンが一緒になった部屋。食卓や椅子は木目調の家具で統一され、なんとなく温もりのある空間になっていた。


 「小4の頃に引っ越してきたので、思い入れ自体は少ないんですけどね」


 もともと近くのもう少し田舎に住んでいた神代家。しかし、当時の家の近くで魔獣が出現する騒ぎがあった。それを機に、引っ越しを考えていた両親がこの新築分譲マンションに移住することを決めたのだった。以前の家とそう離れておらず、転校などをしなくて良かったことも両親の中では大きかった。


 「そう言えばシアさん、これ知ってましたか?」


 ニュース番組を指しながら聞く。口下手な彼なりの沈黙を生まないための努力。同時に、ここ最近よく耳にするようになった懸念事項の情報共有もしておきたかった。

 優の確認にシアがテレビに目を向ける。そこにはテロップと共にこんなことが取り上げられていた。


 「えぇっと……『魔力至上主義者の過激派によるテロ』ですか?」

 「はい。先々月あたりからですね。逮捕者も何人か出ています」


 優が見つめる先。差し込まれた映像には特警によって押さえつけられながら叫んでいる女の姿が映し出されている。

 魔力至上主義。魔力の多寡でその人の価値を決める考え方。マナは改編の日、神々によってもたらされたとされる。そのため、マナの量が神に愛されているか否かを表しているのだと彼らは叫ぶ。


 「お友達から少しだけ聞きました。私が天人だから気を付けて、と……。確か、魔力が高い人間に信者が多いんですよね?」

 「そうです。だから一般の特警が制圧するのも一苦労みたいです」


 特派員に置き換えるなら、周囲に人が居る市街地での魔人との戦闘だろう。加えて、世論もあるためになるべく“殺し”は無し。つまり、相手は全力で戦えるのにこちらは手加減をしなければならず、その相手も多くの場合“格上”。その難易度は計り知れないと、優は考えている。

 外に魔獣や魔人という敵を抱えながらも、人々は一致団結しない。ニュースに集中する優もシアも、その事実をまざまざと見せつけられている気分だった。

 2人とも食い入るようにニュースを見ていたため、テレビの音だけが響く。そこに天が着替えを済ませて来た。ノースリーブのカットソーにベージュのショートパンツ。外出時はそこに薄手のカーディガンを羽織るつもりだった。


 「え、何この空気」


 言いながらも視線を2人と同じ方向――テレビに向ける。


 「最近多いよね、この手のニュース」

 「そうだな。特に最近は魔力が高いだろう女の人が襲われているらしい。天も、シアさんも。気を付けてくださいね」


 番組ではそれを“魔女狩り”と評してセンセーショナルに伝えている。魔力持ちや天人には美人が多い。そして、天もシアも、少なくとも優から見れば圧倒的な美人。彼女たちがいつ狙われてもおかしくなかった。


 「ふふん、今回は私の事心配してくれるんだ?」

 「大切な家族だから当然だ。と言うよりいつもちゃんと気にかけてる」

 「え、それはちょっとキモイ……」


 どっちなんだとぼやきつつ、席を立った優は天の分のお茶を入れる。

 そんな2人の気の置けないやり取りはまさしく家族としての長年の付き合いがにじむもので、天涯てんがい孤独の身であるシアとしては羨ましい限り。いつか誰かと。それこそ、この2人とも。いつかは冗談を言える中になるのだろうか。


 ――いや、するのだ。


 そうシアはかぶりを振る。かつては自分に言い訳をして羨むだけだったその関係も、今は自ら手を伸ばせば届くかもしれない。そんな期待に変わったのだ。そのために大切なのは、勇気を出して自分から動くこと。


 「あ、あの!」

 「急にどうしたの、シアさん?」

 「その、良ければお2人のお部屋に行ってみたいです。なんて……」


 言ってはみたものの、厚かましかっただろうかと後悔が押し寄せる。それは恥じらいとなって表れ、シアは耳の先まで赤くなる。

 案の定続いた沈黙。


 「あ、やっぱり冗談で――」

 「良いですよ。俺なんかの部屋でよければ」

 「ごめん、ちょっと意外過ぎて黙っちゃった。うん、私もいいよ。――じゃあ早速、兄さんの部屋から行ってみよう!」


 そう言って立ち上がった天に手を引かれたシアが立ち上がる。


 「あと、思春期男子の部屋に行きたいとか絶対言っちゃだめだからね。特にその感じでは、絶対」

 「えっと……? あっ」


 思い出されるのは初任務の前にあった、アプリでの春樹とのやり取り。捉えようによっては誘っているように聞こえる。


 「ま、兄さんには大丈夫だろうけど」

 「どうしてですか?」

 「ん、ちょっとね。それよりほら、定番のエッチな本……いや、むしろエッチなフォルダ探そ?」


 好奇心にあふれた目で兄の部屋へ侵入し、ノートパソコンを立ち上げる。パソコンのパスワードなど、家族の、それも天の前では無力だった。


 「ここが優さんの部屋……」


 その横でまじまじと部屋を観察するシア。大きさは4畳半ほど。パソコンが置いてある勉強机の他にベッドや本棚、タンスが主なインテリアだった。


 「天、俺のプライベートを無力化するのやめてくれ」

 「兄さん、この特別に鍵のかかったフォルダには何が入ってるの?」

 「……秘密だ。それに、もし何かあったとしても中学3年の俺の奴で――」

 「あ、開いた! やっぱり生年月日と出席番号かー」

 「まじで誰も得しないからやめてくれ!」


 焦る優を横目にどれどれー、とフォルダ内に収められた画像や動画を見ていく天。そんな兄妹の様子をはらはらと見つつも、シアの視界はしっかりとパソコンの画面を見ている。そこには――。


 「私? と言うより家族写真?」

 「わっ、小さい頃の優さんと天さん! 可愛いですね」

 「なんで鍵フォルダなんかに入れてるの? ややこしい……」


 思春期男子たるもの、検索履歴やフォルダは徹底的に管理する。


 『危なかった』


 そう心の中で優は呟いていた。

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