第4話 活動限界

 無色のマナだった優が、シアと同じ純白のマナを身にまとう。マナが融合したようにも見えるあり得ない現象の異様さに、マエダはすぐに気が付いた。


「なんだ、そりゃあ……?」


 疑問を隠さず言葉にしたマエダに、優は透明なナイフを〈創造〉しながら答える。透明とは言っても、今は武器全体をシアのマナが覆っており、人の目にもはっきりと輪郭が見える状態になっていた。


「これが、シアさんの権能だ」

「……〈物語〉っつったか?」

「ああ。分かりやすく言えば、めちゃくちゃ強くなる」


 詳細こそ言わないものの、優がマエダに律儀に返答して見せたのは、義理があるからだ。


 マエダは、何だかんだと言いながら優とシアが会話をする時間を与えてくれた。たとえそれがマエダ本人の傲慢さの表れだったとしても、優としては貰った恩義には報いておきたかった。遠慮も後腐れもなく、心置きなく魔人を殺せるように。


「強くなる……? はんっ、分かりやすくていいなぁ、あぁん!?」


 優に向けて拳を振り下ろしたマエダ。殴りつけるというよりは、叩き潰すと表現した方が良い攻撃の軌道だ。しかし、マエダの意識は、優が左右上下、どこに回避するのかに向けられている。回避先に〈魔弾〉を撃つ、もしくは、武器を〈創造〉して攻撃するためだ。


 身体能力も魔力も優より上回っているマエダは、セオリー通り手数で押し切る算段だった。が、マエダの算段は早くも計算外を示す。


 優がマエダの拳を回避せず、受け止める姿勢を見せたからだ。


 ――良いな! やってみやがれ!


 愉快そうに笑ったマエダの拳が、優に叩きつけられる。


「……っ!」


 直上から行なわれた、速度と質量を兼ね備えた強力な一撃。しかし、優にも、シアにも、焦りはない。魔法戦において、疑念こそが最大の敵だからだ。出来ないかもしれない。そんな弱気は、魔法の効果を減衰させる。そのため、訓練学校では日々、学生たちに成功体験を積み重ねさせ、自信を着けさせる。


 だからこそ、優もシアも、自分なら、あるいは優なら大丈夫だと信じて疑わない。それでもわずかに残る疑念は、お互いへの信頼を持って打ち消す。


 ――自分1人では無理でも、2人なら。


 そうして2人分の強力なマナ――イメージ――が込められた〈身体強化〉によって強化された優の身体は、


「……ふぅ」


 片膝こそついてしまったものの、見事、マエダの一撃を受け止めて見せた。


「まじか――」

「ふぅっ!」


 まさか、本当に“人間”が魔人の拳を受け止められるとは思っていなかったマエダ。わずかに生まれた虚を突いて、優が素早くナイフを振るう。すると、先ほどまで皮膚しか裂くことが出来なかった優のナイフが、マエダの右前腕部を深々と抉る。


「グッ……!?」


 久々に感じる、強烈な痛み。さらに、腱を切られたことで力が入らなくなった右腕。再びマエダに生じた隙を、優は見逃さない。


 ――ナイフじゃ有効打には浅い。なら……!


 素早くマエダの懐に入り込み、ナイフに変えて新しく武器を〈創造〉する。白いマナによって浮かび上がるシルエットは、細い棒。先端は尖った刃物になっており、一見すると槍だろう。しかし、槍の上半分には布が巻きついており、太くなっている。


 ――力を借ります、クレアさん! ……ついでに、ノア!


 創り出した“白い旗”を、バットのように振り回してマエダの右脇腹に叩き込む優。直撃する寸前でマエダは脇腹に緩衝材となる板を〈創造〉するも、優が振るった旗があっけなく打ち砕く。


 二食前エントランスに響く、ガラスが割れるような乾いた音。続いて、重く、湿った音が優の耳朶じだを打つ。


 旗が直撃したマエダの巨体は二食前エントランスからはじき出され、コンビニ前にある階段前広場まで吹き飛ばされるのだった。


 ――左打ちじゃなかったら致命傷を与えられたはずなんだが……。


 優は右利きだ。対面するマエダの右脇腹を打ち据えるには、野球で言うところの“左打ち”をしなければならなかった。とは言え、隙は一瞬。マエダの左側に移動できる時間も無かった。こればかりは仕方ないと、割り切ることにする。


 優としてはこのまま追撃を、と行きたいところだが、


「シアさん、あとどれくらい持ちますか?」


 まずは〈物語〉が、あとどれくらいの時間効力を持つのかを確認しておくにする。見た目こそ地味なものの、〈物語〉の権能には膨大なマナを要する。時間をかければ、初任務の時のように、シアが魔力切れで倒れる可能性がある。魔人と距離がある今、優としては〈物語〉の弱点とも呼ぶべき時間制限について話しておきたかった。


 優の言葉を受け、祈りの姿勢から立ち上がったシア。


「この感じだと、あと2分ほどです」


 見栄を張らず、むしろ少し短めに残り時間を明かす。ゲームのように魔力が数値として現れない以上、マナの残量は体感として語ることしか出来ない。ここで見栄を張って時間を多めに言ってしまうと、魔人との戦闘中に〈物語〉の効力が切れる可能性がある。先ほどのように魔人の攻撃を受け止めようとした瞬間に効力が切れれば、待っているのは最悪の未来だった。


「……すみません、優さん。思っていた以上に、短いみたいです」


 きゅっと唇を噛みしめ、優に謝罪するシア。マエダと出会った時。そして、色々と興奮してしまったせいで、マナを浪費してしまっていた。しかも、〈物語〉の権能はシアが思い描く場面の幕引き……戦闘が終わるまで、解除することができない。


 つまり、あと2分ほどで決着をつけなければ優は権能の力を受けられなくなり、シアも魔力切れで気を失うということだった。


 ――3分じゃなくて、2分か……。


 ヒーローに、活躍できる制限時間があるのは常だ。特に、国民的人気を誇るヒーローの多くは3分という制限時間で戦うことが多い。それよりも短い時間で、敵を倒すことを求められている。


 それでも優は、笑ってみせる。守りたい存在……シアが安心できるように。自分が敵を倒せると、信じてもらえるように。


「了解です!」


 優は二食前エントランスを飛び出し、マエダへと肉薄する。手にする武器は、先ほど同様、優がこれまでの人生で見てきた中で最も威力があったクレアの旗だ。長さ2mほどあるその旗は、取り回しがしやすい屋外でこそ本領を発揮する。


 クレアとの戦いで、旗の扱い方は覚えている。何せ、ひと撫でで肉を抉られ、骨を折られた、優にとっては因縁深い武器だからだ。同時に、人工天人クレアが見せてくれた「人々の希望を担う」という覚悟を形にした武器であり、大切な義弟ノアを守るための武器でもある。


 天のように、戦闘中に相手を観察し、模倣するなどという器用なことは優には出来ない。しかし――。


『武器はやっぱりいくつも使えた方が良い。特に私たち無色のマナは、それが文字通り“最大の武器”になるんだから』


 大規模討伐任務。赤猿や黄猿たちとの戦いの中でモノに言われて以来、優は様々な武器を使う練習を重ねてきた。イメージがしやすい、印象深い人や武器に関しては、特に。その点、自身を1か月近く手負いにしてくれたクレアの旗は、優にとって否が応でもイメージがしやすい武器だった。


「行くぞ、魔人!」

「シアから貰った借り物の力で、調子に乗んなよ、ユウ!」


 優が横なぎにした旗を、マエダが〈創造〉した1.5mほどもある巨大な剣で受け止める。


 超重量の金属がぶつかり合う、鈍い音。鍔迫つばぜり合うのは白と黒。両者万全であれば、体重も力も勝るマエダが優を圧倒しただろう。しかし、今のマエダは優の攻撃を受けて、身体の内部に損傷を負っている。そのため、両者の力がどうにか拮抗している状態だった。


 そして、力が拮抗しているのであれば、数が多い方が優勢となる。


「やぁっ!」


 気迫のこもった声と共に、シアが振り下ろした薙刀なぎなたがマエダのすねを打ち据える。権能にほぼすべての集中力を割いているため、銃の〈創造〉と〈魔弾〉は使えないシア。特にマナの消費が激しい〈魔弾〉は、使うべきではないと分かっている。


 だからと言って優1人が戦っている状態を良しとするシアでもない。好機があれば、こうして援護に入る。シアは、優と“一緒に”戦いたいのだ。


「イッテェなぁ、おいっ!」


 防衛本能で、反射的にシアに向けて〈魔弾〉を撃とうとしたマエダ。しかし、シアの焦ったような顔を見て、とっさに〈魔弾〉の射出方向を変える。結局、黒い〈魔弾〉がシアを捉えることはなく、地面に当たったマナの塊は広場のタイルを数枚吹き飛ばすだけに終わった。


 ――くそっ、やり辛ぇ……!


 シアの顔を見るたびに、マエダの中になぜか、傷つけたくないという感情が芽生える。


『トシくん』


 マエダ自身も知らない光景が脳裏をかすめ、シアを攻撃することを否とする。マエダの知らない人物が、知らない名前を呼んでいるだけなのだ。にもかかわらず、妙にマエダの心がざわつく。


 ――これもシアの権能なのか……!?


 シアの権能を知らないマエダにとっては、自身の不調がシアの権能のせいだと思える。ただし、マエダがシアへの攻撃を忌避する本当の理由は別にある。しかも、この場でその理由を知らないのは、マエダだけだ。優とシアはとある事情で、マエダが攻撃をためらう理由に何となく見当がついていた。


「はっ、ふっ……ふぅっ!」


 息を吐きながら、混乱するマエダに何度も旗を叩きつける優。マエダも優の攻撃をことごとく受けきっているものの、脇腹の修復が出来るほどの精神的余裕は無い。さらに、追い打ちをかけるように、


「えいっ、やぁっ!」


 シアによる薙刀なぎなたの攻撃が、マエダを襲う。


 両手に〈創造〉した武器でどうにか対処するマエダだが、シアの攻撃をさばく左手は利き手とは逆。力が入り辛い。しかも、マエダが思っていた以上に、シアの攻撃には威力があった。それこそ、最初に出会った時は段違いだと断言できるほどに。


 ――ユウが居るだけでこんなに変わるのかよ、シア……!


 少しずつ、少しずつ、押され始めるマエダ。そして、ついに拮抗が崩れる、その時が来た。


「はぁっ!!!」

「ぐぁっ!」


 積もり積もったシアへの苦手意識と畏怖により、マエダが左手に持っていた大剣がシアの薙刀なぎなたによって弾き飛ばされる。すぐに〈創造〉を、と、集中しようとするマエダだが、


「ここか」


 勝負どころと見た優がひときわ力を込めて、マエダを薙ぎ払おうと旗を押す。


 マエダが応戦するには、片手の力では足りない。両手で剣を持ち、どうにか優と拮抗する。こうなると、シアは自由にマエダを攻撃できるようになり――。


「せいっ!」

「が、あ……」


 振り上げられた薙刀が、マエダのあごを打ち据える。


 脳が激しく揺さぶられ、刹那の間、マエダは脳震盪のうしんとうに襲われる。気を失ったことで魔法は解除され、優の旗を受け止めていた黒い大剣が消失する。


 そうして隙だらけになったマエダの左脇腹に、今度こそ。


「はぁぁぁっ!」


 優が全力で振るう旗が叩きつけられた。


 勢いよく弾き飛ばされ、広場の壁に激突するマエダの身体。


「かはっ」


 肺から空気が漏れ、全身が硬直する。衝撃によって意識が戻ったマエダが目にしたもの。それは、目の前で長さ80㎝ほどの剣を腰に構える優の姿で――。


「どうか、安らかにご家族のもとへ」


 振るわれた白い西洋剣が、丸太のようなマエダの首に届いた。

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