第76話 翦草除根(せんそうじょこん)

 突然だが、消防士の任務は大まかに言うならば4つに分かれている。


 まずは消火。

 そのまま、燃えている火を消すことだ。

 火を消すのも、単に水をかけるだけでなく、ケースバイケースに応じて、様々な方法があるのだが、それについてはまた後日。


 消火こそ消防士の仕事の原点といっても過言ではないな。


 次に救命。 

 文字通り命を救うことで、これは人命のみでなく、動物の命も含まれる。

 時々、排水管に落ちた子猫を助けたり、側溝に落ちた犬を助けたりするのもこの仕事の一環だ。  

 

 ちなみに、前世で死ぬ直前に僕が所属していた『レスキュー隊』とはこの救命に特化した部隊を指す。


 救急

 救急車に乗って病人や怪我人を搬送するというのが、一番仕事をイメージしやすいだろうか。

 救命救急士の国家資格を持つ責任者を中心に、三人一組で救急の現場に臨場する。

 

 最も人の生死に触れる仕事でもある。


 そして、防災や防火だ。

 要するに、いったん火事や災害が起きても、大事にしないように備えることだ。

 だから、災害や火災の原因を調査したり、防災設備や消防設備、火を使う場所の点検などもしたりする。

 ここで、災害や火災のおそれがあれば指導するのは当然のことだ。



 そして今、僕の目の前には、うず高く積み上げられた木箱によって雑然とした通路、あちこちに投げ捨てられた可燃ゴミの数々が写っている。


 けしからん!


 そこからは、僕の消防士としてのスイッチが入ってしまったようだ。

 街の顔役を呼び出し、とくとくと災害や火災の恐怖を語る。


 するとその話を聞いていた街の人々が興味を示してやってくる。

 そこで僕は、それらの人々にも改善すべき点を指導する。


 だが、そこで「ここに箱を積んでおくと便利だ」だの「昔からこんなふうに荷物を置いていた」だのといった意見も出てくるので、災害や火災が発生した場合の弊害をきっちり説明して改善させる。


 そんなことを繰り返していたら、あっという間に時間が過ぎ去っていたわけだ。


「痛い……」

「反省する」


 僕には同様の前科がある。


 数年前、両親に連れられて辺境伯領の領都フレイムの視察をした時にも、あまりの無秩序さにブチ切れてその場で父上を説得し、改善を約束させた経緯がある。


 それを、専属メイド(予定)として間近で見ていたブランは覚えていたのだろう。


 あの時も、防災や防火の重要性を理解しない父上に洗脳まがいの交渉をしてまで、領都の環境を整えてもらったのだ。


 おかげで現在の領都フレイムは、僕の防災・防火プランに基づいて改善され、国内でも有数の安全な都市に生まれ変わったと自負しているのだが。


「いやいや嬢ちゃん、儂らはすごくためになったぞい」


 街の顔役である狸族の【グスタフ】さんが、僕をフォローしてくれるが、ブランは許してくれない。


「それはいい事。でも、それは今日やるべきではない。予定を勝手に変えていい理由にはならない」

「ふむぅ……」


 グスタフさん、ありがとう。

 でも、僕が悪い以上、ブランの正論には勝てないよ。


「それじゃ、また後日話を聞かせてくれるのかな?」

「……はい、それならば」

「私達は冒険者。依頼があればそれを受ける」


 ブランがそう続けたことで、グスタフさんが呵々大笑する。


「ハッハッハ!そりゃあそうだ。お人好しのアル君と現実的な嬢ちゃんか。なかなかいいコンビじゃないか」

「そうですね、僕もそう思います。僕が至らない点を助けてもらってばかりです」


 僕が即答すると、ブランは顔を背ける。


「…………いきなり褒めるのはズルい」


 彼女は何やら呟いているが、よく聞こえない。


「ともかく、今日は感謝するぞい。また後日、依頼を出すので受けてくれい」

「はい、よろしくおねがいしますね」


 僕はそう答えると、グスタフさんと握手をする。

 彼の手は、長い間、武器を振るってきたかのようにゴツゴツしていた。


「おう、小僧。また来いや」

「いい話を教えてもらったから、サービスするからおいでなさい」

「また教えてくれな」

「兄ちゃん、またな」


 短い間だったけれど、意見を戦わせたときに仲良くなった街の人々から声をかけられる。

 こんな出会いも悪くないなと思っていると、ブランから声をかけられる。


「人を惹きつけるのはアルの良いところ」 

「ありがとう」


 僕が『南伯の無能』や『赤の怯弱』と呼ばれていることを知っているブランは、こうしてことあるごとに僕を褒めてくれる。


「ブランにそう言ってもらえるのが一番嬉しいよ」


 そう言って僕がブランのアタマを撫でようとすると、ブランは大げさに身を引く。


「手を洗った?」

「全部魔術でやったから大丈夫」

「なら許す」


 ブランが素直にアタマを出して来るので、優しく撫でる。 

 ブランの尻尾が大きく振れているので喜んでくれているのだろう。


「さっき話してた人から聞いたんだけど、この先に美味しい食堂があるみたい。お昼を食べてから街の外に出ようよ」

「アルのおごり?」

「うん、迷惑かけたからね」


 こうして僕の冒険者として最初の依頼は終了したのだった。


「でも、時間を守らなかったのはダメだから」

「心から反省します……」


 

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